8限目 5月/生徒総会臨時招集

 書記が二人がかりで投票用紙を開き開票作業を行っている。やがて互いに頷き合い結果を議長の建部たてべ生徒会長に報告すると、建部の顔が曇った。

 建部が書記の二人を呼び何事かを告げると、二人は再び投票用紙を集計し始めた。そして再び頷き合うと建部に向かって首を横に振った。建部の顔が強張る。


「…投票の結果を発表します。賛成の議決権24個、反対の議決権…46個。従って本議案は賛否いずれも3分の2以上の議決権を得るに至りませんでした」


 反対派は3分の2以上に僅か一人分足りない。賛成派がかろうじて踏みとどまったのだ。土壇場に来てガモさんと秋朝あきともの4議決権が効いた。

 建部の苦々しい表情がだんだんに赤くなってくる。


「前代未聞です。議案を決議する能力のない生徒協議会など大変問題です。私は生徒会長としてその責を問うべく、本生徒協議会を、」


 ――あっ、


 喜びを噛み締めている場合ではない。建部は禁断の生徒協議会解散を宣言しようとしている。言わせてはいけない!


「しっ、質問!」


 解散の宣言を遮られて息を飲んだ建部が、ぎろりと僕を見た。いまだかつて見たことのない顔だ。普段が取り澄ましたような(憎たらしい)顔なので、ある意味ガモさんのそれよりコワイ。


 ベキッ


 建部の右手に固く握られていた扇子が机に押さえつけられ折れた。


「なに? 質問って」

「え、あああ、えーと」


 何を言うか考えてない。咄嗟にとにかく遮ろうとしただけだから。


「責を問うべく、ってさぁ、何の責任? 意見が伯仲してるだけじゃん。それがそんなに悪いことなわけ?」


 秋朝が繋いでくれた。


「生徒協議会は議案を決議する機関です。決議できなければ意味がない。能力がないと判断せざるを得ない。だから解…」

「ヘンな圧力がかかってるからさ、自由に意見が言えないし判断できないんじゃないの?」

「ヘンな圧力? ははっ、わかってるじゃないか。キミらみたいな不良がヘンな圧力かけてるから正常に決議ができないんだ」


「あん?」腰を浮かせかけた秋朝を制して、ガモさんがゆっくりと立ち上がった。


「まぁそう言われりゃあ100%の否定はできねぇけど、俺たち以上にもっと陰険な圧力がかかってると思うけどな。だからよ、それもこれもひっくるめてさ、全校生徒に意見聞けばいいじゃん」

「だから、生徒協議会を解…」


 僕は建部を遮った。


「解散して全校生徒信任投票をするって言いたいんだろ? でも、時間かかるし二度手間でまどろっこしいじゃん。このまま決議を流して生徒総会を臨時招集しようぜ。そこで議論して全校生徒が投票して決めればいいじゃん。同じだろ。よっぽど手間がかかんない」


 持ち直した僕が言い募る。


「でも議会の責任が」

「建部さ、生徒協議会を解散してみんなの内申書に傷をつけたいわけ? オマエが言ったんだぜ。そもそもさ、協議会の議長をしてるオマエの内申が一番傷つくんじゃねぇの、普通に考えれば。なのにそれを気にしてないってことは、もしかしてオマエだけ傷つかない確信があるとか? …ってことは、建部、オマエ、まさか先生と密約とか…」


 僕は多分に調子に乗ってる。さっき建部にいたぶられた意趣返しをしているようで自分に幻滅した。建部は(憎たらしいが)そこまであくどいヤツじゃないことは知っている。


「ふざけんなよ、僕は先生とツルんでなんかいない。ただ僕は…この伝統ある生徒会の仕組みを守りたいだけだ」

「ごめん、オレが調子に乗って言い過ぎた。けどさ、生徒総会ってさ、もともとは難しい問題をみんなで解決するためにあるんじゃないの? 予算とか生徒役員の承認とか決まりきったことを決めるだけじゃなくてさ。ただそうちょくちょくは開けないから、代議員が生徒協議会をするんだろ? ってことは生徒協議会なんて補佐機関みたいなもんじゃん」


 そもそも生徒総会は生徒協議会の上部機関だ。僕は間違ったことは言ってない。若干、形式論的だけど。


「それはそうだけど」

「だから生徒協議会で決められなかったからって恥じゃない。問題がそれくらい難しいってことさ。な、生徒総会を招集しようぜ、建部生徒会長。それで誰も傷つかないですっきりするじゃん」


 建部が下唇を噛み口をへの字にして小さく頷いた。100%納得したわけではなさそうだが、どこかに妥協点を見出したのだろう。


「でも、生徒総会を臨時で招集したなんて、戦後初めてだよ」


 まだぶつぶつ言う。


「戦後の生徒会史に建部会長の名が刻まれるじゃん」

「それがいいのか、悪いのか…」


 代議員たちから拍手が沸き起こった。見るとそれは反対派だけにとどまらない人数の拍手だった。

 代議員たちはホッとしているのだ。もう代議員だけで決めるには荷が重い議案、いや問題になっているのだと僕は実感した。


 ――えらいことになっちまった。


 先生、学校を相手にまわした大勝負だ。面白いけど、怖い。


 拍手の向こうに、古戸ふると先生が会場を出ていく後ろ姿が見えた。

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