卒 業 3月/新章へ
生徒会室に入ると、
「合格したって? おめでとう、建部」
僕はそう言いながら建部の弁当からウィンナーを摘まみ口に放り込んだ。
「ありがとう。おかげさまで」
建部は文句も言わずににやけた顔で軽く頭を下げた。建部は狙っていた学区外にある超難関進学校への推薦に合格したのだ。
「内申書に傷はつかなかったみたいだな」
「それどころか感謝状を貰ったじゃない。野嶋くんたちのおかげだよ、まぁ結果論だけど」
「結果良ければだろ? 戦後の生徒会史に建部会長の名が刻まれたじゃん。良いこととしてさ」
「まあね。結果的には良かったけど、今までで最高に肝を冷やしました。あの時は」
「ロックンロール、最高! だろ?」
「たまにはね。でも僕はクラッシックの方が好きだけどね」
「ははは、もうお前を邪魔するヤツはいないさ。じゃあな、達者で暮らせ!」
「野嶋くんは明日が合格発表でしょう? 勝利を祈ってるよ」
建部は胸ポケットから扇子を出すとパッと開いた。
「ありがとよぉ」
僕は右手を上げながら生徒会室を後にした。
ガモさんは京都の工務店に就職が決まっていた。将来は宮大工になりたいのだそうだ。テレビで神社仏閣や城郭を修繕する宮大工の特殊技能に感動したらしい。神仏や城郭に反応するとは、先祖、蒲生家の血が騒いだのだろうか。
明日は運命の合格発表日だった。人生を通して考えれば運命なんていうのは大袈裟かもしれないが、しかしそれは正しく僕にとっては運命の日だったのだ。
翌日、10時の発表に間に合うよう僕は北高に向かっていた。多くの生徒に混ざって、少なくない数の親も同じ方向に向かって歩いている。北高くらいの進学校になると、親子一丸となって頑張ってきたのだから、ということなのだろうか。少し不安になる。
僕の母なんて僕が家を出るときに「どこ行くの?学校休みでしょ」なんてのたまっていた。
校門を入ると立派な前庭がありその奥に校舎が見える。さらにその奥にある校舎との間の中庭に、合格発表は掲示されているはずだ。
胸が高鳴る。中学受験の時はダメ元だったのでドキドキもしなかったが、今度は違う。ガモさんたちの面倒を見ながら自分の勉強も手を抜かずにやった。結構大変だったんだ、これが。
でも環境のせいにはしない。ガモさんたちとの日々は最高に楽しかった。そこに後悔は全くない。
ガモさんたちをガッカリさせないためにも、彼らに負い目を感じさせないためにも、僕は合格していなきゃならない。
胸が高鳴る。
合格掲示板前は混んでいた。親と思しき大人もいるので大盛況なのだ。
僕の受験番号は2ケタだから左の方だろう。他人の間をすり抜けながら左に移動する。受験票を取り出し番号を確認、そして掲示板を見上げた。
――あ、あった。
あった、あった、あった! 合格した! しかし喜びを抑え込み、僕はクールに掲示板を後にした。そう、殺し屋がニヒルな笑みを浮かべるような顔をして。実際に見たことないけど。
クールにしていたら本当に気持ちが落ち着いてきた。もう胸の高まりもない。それでようやく周りの景色が見えてきた。
それで気がついた。反対側、掲示板の右側に異様な雰囲気が感じられたのだ。掲示板前は生徒や親でごった返してるのに、そこだけが円く空いているというか…。
なんだろうと思い僕は反対側に移動した。いつもならこういう野次馬的な行動は取らないが、なにか感じるものがあったのかもしれない。
近づいてみてすぐにわかった。
TPOまる無視の異様な風体をした女子生徒が掲示板を見据えているのだ。その周りが円く空いている。
引き摺り丈のスカート。ライトブラウンのかまちんカット。芯を抜いた薄っぺらいカバン。踵を踏み潰したローファー。
「秋朝!」
剣呑な表情で秋朝が振り向いた。あろうことか薄く化粧までしている。
「なにしてんだよ、こんなとこで」
「なにって」
秋朝がニヤリと笑った。怖カワイイとはこのことだ。
「合格発表見に来たに決まってんだろ」
「そんな恰好でか。で、誰の?」
「舐められちゃいかんと思って」
「こんな学校で舐めるとか舐められるとかねぇよ。で、誰の代わりだよ」
「代わり? なに言ってんだよ、あたしのに決まってんじゃん」
またニヤリと笑らわれたが、よく理解できない。
「はぁ?! だって秋朝はもう私立に合格して…」
「あれはスベリ止めだ。ギリギリでやっぱここ受けようって決めたんだよ。ヨコちゃんに相談したら、受かるかどうかはかなり微妙だけど受験する資格はあるって言われたからな」
「ま、まじでか。…そ、それ、で?」
「受かった」
「げっ! まじでか? まじかよ! チョーやべぇヤツだなオマエ! まじか…」
「生まれて初めて死ぬほど勉強してここまで来たんだ。もともとこんな良い子ばっかのトコは不慣れなんだからよ、あとは野嶋が責任もってあたしの面倒を見ろよな」
「なんでオレが責任持つんだよ」
「はぁ? 野嶋が『オレと同じ高校入ったら付き合ってもいい』って言ったんだろ。忘れたとは言わせねぇからな」
言った。ただ、付き合ってもいいとは言ってない。考えてもいいと言ったはずだ。
いや、もうそんなのどうでもいいか。
僕も秋朝は嫌いじゃない。友達でいた方が良いのか、それ以上の関係になれるのか、高校生活も平凡には過ごせそうにない。
――吐いた唾は飲むなよ、か。秋朝、がんばったなぁ。
「わかった。でもそういう恰好はもうダメだからな。むしろバカにされっぞ」
「そうか、そうだな、承知した」
「あぁーあー、安心してビックリしたらハラが猛烈に減ってきた。何か食いに行こう。さ、帰ろうぜ」
「いいけど、合格者はなんか書類貰うんだぞ、職員室で」
「え、そうなの?」
「そうだよ。なんだよ、頼りねぇなぁ。ついてこい」
「…はい」
――なんだよ、うかうかしてたらすぐに追い越されそうじゃん、オレ。
「ぼうっとしてないで、早く来い、のーちゃん」
《了》
生徒会ラプソディー 乃々沢亮 @ettsugu361
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