6限目 5月/生徒協議会

 ガモさんが提案したアンケートは実施されることなく、『ロックを演奏するバンドの文化祭出演可否について』の議案は正式に生徒協議会へ提出された。

 ただ、通常提出される議案には執行委員に共有する見解があるのだが、この議案に関しては執行委員の間で見解が分かれたままだ。

 つまり生徒会長と副会長はロックバンドの文化祭出演には否定的で、僕ら委員会長8名は肯定的であった。


 生徒協議会の議題にのぼったのは良かったと思うが、僕はその後の成り行きには悲観的であった。

 味方は2クラス4学級長と8委員会長の10人(内、兼務2名)で議決権は12個だけ。生徒協議会は3分の2の議決権で議案が可決するので、勝つにはあと35人の議決権が必要となる。絶望的な数字だ。


 しかし、あにはからんや、議論は白熱した。


 吹奏楽でロックナンバーを演奏していいのかどうかという、のような問題提起に、生徒協議会にオブザーバーとして参加していた古戸ふると先生が笑顔で迂闊にも即答してしまったのだ。

 

「そりゃぁ、いいだろ、ぜんぜん問題ない」


 この軽率な発言が発端だった。ちなみに古戸先生は吹奏楽部の顧問である。

  

「吹奏楽でロックナンバーを演奏していいのなら、なぜバンドが演奏してはいけないんですか? 明確な理由があれば教えてください」


 すかさず秋朝あきともが挙手して立ち上がり、古戸先生に質問を投げつける。

 代議員たちがざわつき、古戸先生は言葉に詰まった。


 理由は明確だ。吹奏楽を演奏する生徒は普通の生徒で、奏でる楽器も吹奏楽器だからだ。

 一方、バンドを組むような生徒は普通ではないし、ギターやベースは破廉恥で品がなく非行を助長する楽器と思われている。

 これが先生たちや大人の本音だ。

 しかし、そうはっきりとは言えない。それを言えば生徒を差別していることになるし、楽器に善悪の判断を持ち込むことになる。古戸先生が言葉に詰まるのも当然だ。


「吹奏楽をやる人は良くて、バンドを組む人は悪いってことですか?」

「それは差別じゃないんですか」

「良い楽器と悪い楽器の区別があるんですか」


 生徒というのは先生の失言を決して逃さないし、屁理屈が達者だ。代議員たちが口々にヤジを飛ばした。


「不規則発言はしないでください。それに古戸先生は本協議会の立会人です。発言は助言であり公式なものではありませんし、また質問に答える立場にもありません」


 議長である建部生徒会長が助け舟を出した。古戸先生がほっとしたように曖昧な笑みを顔に貼り付け頷いている。

 僕は手を上げ指名を待たずに立ち上がった。


「助言でも公式じゃなくてもいいですが、音楽に詳しい古戸先生が言ったという事実は残ります。僕はロックの曲が大人に悪い印象を持たれているのだと思っていましたが、それだけじゃなく、ロックを演奏する人、演奏する楽器までが悪いと思われているのだと初めて知りました」


「野嶋委員会長、古戸先生の発言は非公式です。それに関する議論を本協議会で行うのは相応しくありません」


 建部に制止されたが僕は続けた。


「僕には四つ上の兄がいますが、兄が中学一年の時の英語の教科書にビートルズが載ってました。兄は私立中学でしたから教科書は六省堂のニューキングだったのですが、僕も見せてもらったのを覚えてます。英語なのでまだ読めませんでしたが、ビートルズの結成からスターになるまでのことが書いてあると兄に教えてもらいました。ビートルズの悪口が書いてあったわけではないです」


 僕はこの発言を準備していた。何回もひとりで練習してそらんじていた。

 どうせロックバンドの文化祭出演は否決されるだろうが、せめて一矢報いたいと思っていたのだ。

 でも、言っているうちに胸が熱くなってきた。悔しくなってきた。先生たちは端っからバンドを組むようなヤツは信用してないんだ。話も聞かず臭いと思ったものには強権的に蓋をしようとしているんだ。


「教科書に載るということは、ビートルズは教育的にも認められたということです。教科書は文部省が検定するので国が認めたということです。ロックは認められているしロックをする人も認められているのに、なんで新中しんちゅうでは認められないんでしょう。みんなはどう思う?」


 ――そうだ! そうだ!


 拍手が巻き起こった。

 熱い拍手、そうでもない拍手、そして拍手しない手も、ある。

 激情がほとばしってしまった。


「僕は思います。先生達はロックを認めてないんじゃない、僕らを信じてないんだ」

 

 僕はそう言い放って背中がヒヤリとするのを感じた。

 準備はしていたが、最後のひと言は僕にも予想外のセリフであった。

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