3限目 4月/学級長と委員会長に俺はなる

「マジ、ムカつく」

 

 秋朝あきとも恭子がビタンと手のひらで机を叩いた。

 放課後の教室には僕とガモさんと秋朝しかいない。


 ガモさんと秋朝がムカついているのは、おそらく文化祭にロックバンドが出られないということ自体ではない。出られない理由を自分たちのせいにされていることだ。

 確かに彼らは品行が良いとは言えない。が、学校内で問題を起こすことはなかった。せいぜいが先生に反抗的な態度を取ったり、時に悪態をいたりする程度であった。

 他の生徒たちに暴力や威圧的態度で迫るようなことも決してない。ガモさんと秋朝が弱い者いじめを極度に嫌うからだ。


 ――力の弱いヤツをいじめるようなヤローは、本当はビビりで卑怯モンだ。


 とガモさんは言っていた。その思想が不良たちの統制を保っている。

 僕は彼らを全面的に肯定するつもりはないけれど、この点については感心している。僕だって弱い者いじめをする側になるかもしれない心の弱さをどこかに持っている。


 ただ、二人がムカつくにはまだ早いと僕は思った。ウチの文化祭にロックバンドが出られないと決まったわけじゃないし、そもそもまだ正式な議題にも上がってないのだ。出場不可という話も、その不可の理由も建部とヨコちゃんの内輪話に過ぎない。

 このまま黙っていればロックバンド出場の可否は議題にも上がらないかもしれない。議題にあがれば生徒たちから賛同を得られる可能性はあるし、反対されてもそれはそれで納得がいくだろう。少なくとも今みたいに悶々とムカついているよりは、はるかにマシだ。


「生徒協議会に提案してみるって手もあるね」


 モガさんと秋朝の頭の上に同時に『?』が浮かぶ。


「なにそれ?」

「文化祭とか体育祭みたいな大きな行事は生徒会も参加してやってるから、提案があれば生徒協議会でその話し合いをするわけ」

「いつからそうなった?」

「いつからって、もう何十年も前からじゃないの? ウチの学校古いし生徒会が他の学校よりしてるらしいから」

「それで生徒の提案が通るって? ウソだろ」

「文化祭で有志が吹奏楽のアンサンブルで出場できたり、美術のグループ展をひらいたり、体育祭で騎馬戦が紅白戦からクラスごとのトーナメント戦になったのも生徒からの要望で決まったらしいよ。美術部だよな、秋朝は。知らなかった?」


 秋朝の眉間に皺が寄り、細く整えられた眉が片方だけ上がった。

 秋朝は美術部の幽霊部員だ。


「おちょくってんの? もしかして」


 秋朝が椅子から腰を浮かせるのと同時に、僕は逃げる態勢をとる。一連のお約束だ。だがガモさんはそんなことは無視して視線を中空にさまよわせている。


「ふぅーん、そんなこと出来んだ」


 新田にったというのはその名のとおり、比較的新しく田んぼが開墾された地域だった(新しくといっても江戸時代くらいだと思うが)。その新進性の土地柄のせいか、幕末から明治維新にかけての倒幕や自由民権運動の志が根付いた土地であったらしく、新田中学はその志を継ぐ学校なのだそうだ。僕が新田中学に入学したとき、じいちゃんがそう熱く語っていた。じいちゃんは新田中の五期生だ。

 生徒会がしているのもその影響らしい。(いわゆる生徒の自治を尊重している点で特徴的だったのだが、それについてはまた後ほど。)


「で、その生徒協議会に出るにはどうすればいい?」


 僕と秋朝は睨み合いを止めガモさんを見る。秋朝はその視線をまた僕に戻した。


「生徒協議会に出なくても議題を提案すればいいんだ。提案は学級会でできる」

「でも決めるのは生徒協議会なんだろ。提案するだけじゃ希望は叶わない」

「そう、だけど…。生徒協議会に出るには代議員にならなきゃならない。代議員は学級長か風紀委員会とかの委員会長がなるって決まってるから」


 生徒協議会は3学年30クラスの学級長(男女2名)60名と各委員会の委員会長8名、それに生徒会長と副会長を加えた最大70名で構成される。なお。学級長と委員会長の兼任は認めれている。生徒協議会は月に一回の定例協議会と必要に応じて生徒会長が招集する臨時協議会があった。


「じゃあ俺、学級長に立候補するワ。体育委員にも立候補して、体育委員会で委員会長になる。秋朝は?」

「あたしも学級長と整備委員に立候補する」

「へ? 学級長と委員会長になろうとしてるの?」

「兼任していいってんだろ? 一人で二人分の賛成票が入る」


 ――やっぱ頭の回転、速ぇな。


 僕はなぜだか嬉しくなった。確かにウチの生徒会規則では学級長が委員会長を兼務した場合、議決権を二個持てることになっている。そんな細かいルールをガモさんは知っていたのだろうか。いや、単純にそう思っただけなのだろうとは思うが。


「他のやつらにも言ってみようか。生徒協議会に出て、文化祭でロックを聴こうぜってさ」


 ――おもしろい!


 僕はそう思ってしまった。

 不良たちが正式な場に躍り出て学校を動かす。正にロックンロールじゃないかと胸を躍らせたのだ。そう、軽々にも。

 僕の意識の中では僕は不良たちの構成員ではなかった。彼らの支援者程度の意識しかなかったのだが。


「じゃあオレは風紀委員。風紀委員会長に立候補するワ。さすがにガマさんたちじゃ風紀委員長にはなれないだろう?」


 悪ノリした。いま考えればこの狂詩曲のはじまりの、最初のタクトを振ったのは僕だったのかもしれない。

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