2限目 4月/シェキナベイベー

 クラス替えといってもクラスのほとんどが顔馴染みか顔見知りだった。そしてそのほとんどが良い子、悪い子、普通の子に分類するなら悪い子側に振り子が振れた生徒たちだ。むろん男女問わず。

 いわゆる番長は蒲生がもう秀龍ひでたつ、通称ガモさん。あの蒲生氏郷がもううじさとの末裔らしいが真偽のほどは定かではない。ただ険のある表情をしながらもその顔は整っていて、どこか品があり錦絵の歌舞伎役者のようだった。末裔だと言われればそうかもと思うような顔立だ。

 一方、女番長スケバン秋朝あきとも恭子きょうこだった。細身で身長が高くいつも片足に体重を乗せて腕組みをし、あたかも辺りを睥睨しているかのように見えた。長めのかまちんカット(可愛らしい一面もある)で、髪はライトブラウンだったがいわく地毛らしい。


 僕の教室での席は中央の後ろから二列目。横向きに座ることを暗黙裡に許されていた。なぜなら後ろの席がガモさんでその隣が秋朝だからだ。つまり二人の勉強の面倒をみろというわけだ。

 二人の学力は想像どおり最底辺にあった。しかし教えていてわかった。二人とも恐ろしく飲み込みが早く頭の回転も速い。もし同じ時間だけ勉強したら、いずれ追い抜かれるかもしれないという焦りさえ感じる。ポテンシャルが極めて高い。実は相当に頭が良いのだと思う。後日談だが、二人とも卒業文集では詩のような随想のような胸にグッと迫る名文を書いていて、ゴーストライターの存在を疑うほどに驚かされたのを覚えている。


 新学期が、僕としては相当な違和感を覚えつつも、学校としては順調に滑り出したことに先生たち、特に横川生活指導兼学年主任(通称ヨコちゃん)はホッとしているようだった。

 ヨコちゃんは顔も身体も全体に丸く、笑うと目尻が下がりまるで稚児のようなのだが、怒ると目が線のように細くなって阿修羅のごとくなる。

 さらにヨコちゃんのお兄さんは警察庁の公安らしいなんて噂もあって、恐いだけならまだしもそこはかとない不気味さが見え隠れしているため、不良たちでさえヨコちゃんにはおいそれと反抗が出来ないほどだ。

 ちなみに「頼むネ」と僕に耳打ちしたのはこの横川先生である。


 平穏にスタートした新学期だったが、火の粉は思わぬところから飛んできた。


 ――二中では文化祭にロックバンドの参加が認められたらしい。


 そんな噂が聞こえ始めたのだ。

 市内には二つの中学校があった。ウチの新田にった中学校と新田第二中学校だ。明治時代の末には前身が開校していたという古い歴史を持つ新田中は、戦後に開校した第二中を何事につけリードしてきた学校である。


「まじでか? ウチはどうなのよ」


 ガモさんがちょっと吊り上がった大きな目を見開く。


「ウチはダメだって」


 僕は生徒会の会長に噂の真偽を確かめに行っていた。建部たてべ清和きよかず生徒会長は体育以外なら何でもできるという妙に大人びた有能官吏のような男子で、いつも扇子を胸ポケットに挿していた。

 その建部が右手で扇子をもてあそびながら言う。


 ――二中の文化祭で有志のロックバンドが演奏するのは本当だよ。でもウチはダメだよ。だってが絶対に大騒ぎして、文化祭を滅茶苦茶にする危険性が高いだろ? 一応、僕も先生方にお伺いを立ててみたけどやっぱりダメだって。そりゃそうだよ。


 僕個人としては文化祭でロックバンドが演奏しようがしまいがどっちでもいい。建部のそのモノの言いようが少し癪に障ったが、内申書を気にして先生の伝書鳩のようになっている建部に何を言っても仕方ない、と思い黙って帰ってきた。


「なんでよ? なんでウチはダメなんだよ」

 

 ガモさんが背凭れから背を起こした。


「ヨコちゃんもダメって言ったらしいよ」

「誰に?」

「建部に」

「建部って…あぁ、あの七三の生徒会長か」


 再び背凭れに背を預け、ガモさんがさもつまらなそうに唇を尖らせた。

 

「ロックバンドなんて許したら、どうせ俺らが暴れてなんかするって思ってんだろうな、ムカつく」


 ムカつくと言いながら、ガモさんは自嘲気味だ。見開かれていた歌舞伎役者のような目が半眼になり、僕には寂しそうに見えた。

 不良たちの大半が文化祭には興味がない。教室は各クラスや各部活の展示会場、体育館のステージは吹奏楽部、演劇部、合唱部だけの正にひのき舞台だ。

 とても申し訳ない言い方だが、興味のない者には文化祭というのは退屈なだけだ。

 

 ロックは上品な音楽ではない。中学校の教育には馴染まない。先生たちはそう思う。大人たちはそう思うだろう。

 でも、時代は変わっているのだ。中学生の多くはロックを聴きニューミュージックを聴いている。それは悪か? 隠れてしなきゃいけないことか?


 のちに新人類と評された世代の僕らに、じわじわと反抗心が湧き上がってきていた。

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