#10 宇宙からのメッセージ(1)
ゴールデンウイークの中日、明日から楽しい五連休という五月二日の夜。消灯時間を十五分ほど過ぎた薄暗い寮一階のランドリールームの前で、すみかは足を組んで気だるげに立っていた。
服装は、瑠以がどこで調達してきたのか、謎のアルファベットが大量にプリントされたモノクロのド派手なジャージ上下にスニーカー、目には百均で買ってきたバサバサしたつけまつげを二枚重ね、さらに黒縁の伊達メガネをかけ、フードを被り、口元は黒いマスクで隠している。寮に侵入した部外者と疑われても文句は言えない気がする。
寮の部屋からは、灯りと人の笑い声、アップテンポなポップミュージックが漏れ聞こえてくる。今夜は大人しくしていろという方が無理だろう。
そんな楽しい夜に、どうしてすみかがこんな格好でいるのかというと、すべては瑠以のお願いのせいだった。
リトレーニング室から教室に戻ったすみかは、「詳しい話はお昼休みに」という瑠以のせいで午前の授業中、ずっともやもやする羽目になった。
不良って何? 髪型をリーゼントにしろとでも言うのだろうか。
昼休み、ヨガクラブから少し離れた中庭のベンチですみかと瑠以は昼食を食べていた。ロボット研究部のウサギ型がロボットが「クローバー、クローバー」としゃべりながら、すみかの足下を駆け抜けていった。
塩辛チーズサンドを食べながら、瑠以は
「すみかには、
と言った。すみかはちょうど、指に刺さった、ささくれだったベンチの木の破片をどうにかとろうともがいている最中で、一瞬聞き間違いかと耳を疑った。
「今、潜入って言った?」
「そう。安全チームのメンバーとしてラウンドチェックに参加し、屋上に人を近づけないようにしてほしいんだ」
「でも、私、メンバーじゃないよ?」
「そこは大丈夫。すみかにはこの人のふりをしてもらう」
瑠以は、隠し撮りの構図の画像を数枚見せてきた。年齢相応のあどけなさとどこか冷めた目つきのギャップが目を引くショートカットの女子が写っている。最後の画像では、路地裏でタバコを吸っていた。
「うちのクラスの星野杏南って子。彼女、ほとんど学校に来てないらしいんだ。中等部からの内部進学生なんだけど、問題を起こして春から第三寮に移ってきてる。でも寮にもあまり帰ってきてないみたい。そういう子に安全チームを押しつけるなんて、C組、結構ワルよのぅ」
ぐふふ、と変な声を出して、瑠以は写真を指で撫でた。
「つまり瑠以が言いたいのは、第三寮の安全チームに、星野さんの顔を知っている人はいないから、私がニセ星野さんになってもバレないってこと?」
「ご名答」
パチパチと瑠以が拍手をした。
「そんな回りくどいことしなくても、安全チームの子に、代わりに一度だけラウンドに参加させてって頼めばいいんじゃない?」
奇妙な申し出ではあるが、面倒なことを代わりにやるのだ。拒否する人などいないだろう、とすみかは単純に思った。だが、瑠以は首を横にふった。
「安全チームって実は、夏休みに七日間あるボランティアが全部免除になるらしいんだ。ただし、見回りを一回でも欠席すると駄目だから、代わってくれる人を見つけるのは難しいと思う」
だから、すみかが星野杏南になりきらなくてはいけないのだと瑠以は力説した。だが、すみかにはもう一つ気になることがあった。
「私、この前、安全チームの先輩たちに顔見られてるけど」
すると瑠以は、
「大丈夫、大丈夫。帽子と眼鏡で顔は隠せるし、歩くときに適当に肩を揺らしとけばオッケーっしょ」
と軽く言った。
「他人事だと思って……!」
そういうわけで、すみか、もといニセ星野杏南は、集合場所のランドリールーム前に待機しているのだ。
集合時間までまだ五分以上あり、安全チームのメンバーはまだ誰も来ていなかった。早く来たのは、瑠以と考えた作戦の一つだった。無駄に話しかけられるのを防ぐためだ。
予想した通り、人が集まり、点呼をとるリーダーらしき上級生は「C組の星野さん?」と軽く確認しただけで、それに対してすみかの方も無言で首を縦にふるだけでよかった。この前、部屋に来た二年生もいたが、特に怪しまれることもなかった。
今日は部屋の中までは入らず、寮の中の清掃は行き届いているか、通行を妨げる物はないか等を確認するラウンドだと説明があり、一人一台タブレット端末が配られた。これで、共有メモに気づいたことを入力したり、現場の写真を撮ったりするらしい。
「二人一組で回るから、ペアを作って」
リーダーが言うなり、A組とB組の一年生の女子生徒は目配せをしてペアをさっさと作ってしまった。B組の生徒は、あまり話したことはないが一応クラスメイトなので少しショックだ。まあ、変装と演技がうまくいっているという証拠なのだけど。
しかたなく残った生徒を見る。
軽く会釈を返された。小柄なメガネの男子生徒だ。どこかで見たような気もするが、D組に知り合いはいないので多分気のせいだろう。
杏南に扮したすみかは会釈を返さず、先に歩き出した。
「さっさと終わらせちゃおう」
ふり返らずに冷たく言う。
眠たいわけでもないのに、まぶたが異常に重い。つけまつげってこんなに重いのか。意外な発見に驚きながら、すみかは肩を横に揺らし、エレベーターを目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます