第3話 【熱血】を犠牲にした最強冒険者、転生する
「――――と、それから紆余曲折あってダンジョンを攻略したあなたは、クリア報酬を使って無事転生することに成功しました。めでたしめでたし」
「いや、まだ転生は成功してないはずなんだが!」
昔話風に紙芝居で俺の過去を語る自称女神に対して、羞恥心が入り混じった渾身のツッコミを入れる。
「じ、自分の半生を第三者の視点で語られると少々気恥ずかしいな……」
「女神の前で裸になること以上に恥ずかしいことがこの世にあるんですか?」
「これは不可抗力だ!」
相変らず、自称女神は感情の起伏を感じられない平坦ボイスで俺のことを罵倒してくる。しかし存外悪い気分でもないのが悔しいところだ。
「まぁ、それは置いといて。どうしてあなたは転生を選んだのですか? あなたの目的は未踏である【アプロ】のダンジョンを攻略して世界一の冒険者になること、いやモテることではなかったのですか?」
「!?」
彼女の最後の一言に、俺の心臓がドクンと飛び跳ねる。誰にも言ったことのない隠れた欲望。それを当たり前のように見抜く慧眼。
「それも女神だから分かるということか……?」
「そうですね、女神パワーってやつです。四十歳まで童貞を拗らせると、人間は転生を選ぶんですね」
「……なるほど。どうやら本当のようですね、女神様」
もはや疑う余地がないだろう。俺が四十を過ぎても童貞を拗らせているなど、天地がひっくり返っても他人に言いふらすはずがない。しかしそれを知っているとなると、人知や魔法を超えた力、もしくは目の肥えた超絶ビッチくらいなものだ。それも今までの会話や彼女の出で立ちを見れば、それが前者であることは容易に想像がつく。
「では女神アプロ様、改めてお願いします。どうか私を若い肉体で転生させていただきたい!」
「普通に嫌ですけど?」
「なんでぇ!?」
予想外の反応に思わず声が裏返ってしまった。
転生をさせてもらえない? 一体俺の何がいけないんだ。童貞か? 童貞であることがそんなにも罪なことだというのか!?
「だってあなた無宗教じゃないですか。確かに私は女神ですけど、あなたにとっての神様ではないようですし? どうして私があなたの願いを叶えなきゃいけないんですか? 私のことを都合のいい女だと思ってるってことですか?」
め、めんどくさぁ……
要するに俺はアプロ教を信仰していないから、転生の儀を執り行ってもらうことは出来ないと。そんな理不尽があっていいのだろうか。人間より遥かに格上の存在である女神がそんな私情に満ち溢れていいのだろうか! 腕を組んでツンとしている姿はものすごく可愛いが!
「め、女神様。そこを何とかお願いします。最早多くの女性からモテたいなどと贅沢は言いません」
しかし俺も譲ることは出来ない。ここで引いては、今までの人生を否定されることと同義だ。たった一人でいい。一人でいいから自分に性愛を向けてくれる女性に出会いたいんだ!
「……」
「――――はぁ、ここまで童貞を拗らせると、もはや狂気ですね。分かりました。あなたの熱意に免じて、というよりちょっときついので、さっさと転生しちゃってください」
「か、感謝いたします女神様!」
「あっ、その前に二つほど質問があります。まぁ個人的な興味も含まれるのですが」
「えぇ、俺に答えられる範囲であれば全身全霊でお答えします」
「いえ、そんなに畏まらなくて結構です。女神ちょっと引いちゃいます」
ここで機嫌を損なわれたら堪らない。とりあえず女神様の要求は全て受け入れる形で話を続ける。
「では一つ目、そもそもどうして転生をしようと決意したのですか? 恥ずかしくてあまり口にしたくありませんが、あなたは、そのぉ、ダンジョンを踏破することが、異性にモテることに直結するとお考えだったのではないのですか?」
ぷぷっ、という小馬鹿にしたような笑い声が聞こえた気がしたが、今の俺にはそれすら川のせせらぎのように感じてしまう心の余裕がある。
「そうですね……ここまで見透かされておいて、今更自分を偽るような愚行はやめましょう」
俺は裸でそう言った。
今までモテるために『いい冒険者』を演じてきた俺にとって、こうやって本心を打ち明けられる相手が目の前にいるという事実が、こうも胸躍らせるものだとは思いもしなかった。
「確かに俺の推算では、アプロのダンジョンを攻略すれば間違いなく異性から性愛を向けられると思っていたのです。誰も踏破したことのないダンジョンですよ? そんなのモテるに決まっているじゃないですか」
「ふむふむ」
「しかしダンジョンをやっとの思いでクリアし、ボス部屋の先に進んだ俺は、衝撃的な現実を目の当たりにしてしまったのです!」
「むふむふ。あっ、今『ふむふむ』を逆から言ってみたんですけど、気付きました?」
言葉を辿るように、あの時の光景が脳内にフラッシュバックする。しかしその苦しみ以上に、今は自分を解放したいという気持ちが上回る。
「視線の先には一つの鏡があったのです。俺はその鏡がダンジョンを攻略した自分の雄姿を収めるためのものだと思ったのです。しかし、俺は鏡を見て気付いてしまったのです」
「というと?」
「俺が、自分自身が疎ましいと感じていた、むさ苦しい冒険者よりも、遥かにむさ苦しい外見をしていたという事実に……」
「な、なんと声をかけたらいいのやら……」
俺は四つん這いになって、涙と共に拳を地面にたたきつける。
悔しかった。ただただ悔しかった。初めてアプロのダンジョンを攻略した冒険者が、こんなにもむさ苦しくて、男の中の漢のような冒険者だったことが!
熊のように大きな体、綺麗に刈り上げた赤毛の短髪。そして自身が得意とする炎魔法によって煤だらけになった己の顔。なによりショード・バーンという如何にも暑苦しい名前。
なぜ自分がこうも男々しいことに今まで気付かなかったのか。自分に群がる男冒険者たちに感じていたのは、無意識下における同族嫌悪だったのだと、その時になって気付いた。
恐らくあれは「お前が一番むさ苦しいことに気付け」という、リトルショードによる警告だったのだろう。
「つまり要約すると、四十年という長い年月をかけて、その末に分かったことは『俺は生まれながらにしてモテない側の人間だった』ということでよろしいですか?」
「ぐはぁぁあああ!!!!」
「あら、クリーンヒットのようですね。さすが私」
バーン、と俺の胸を女神さまの指鉄砲が打ち抜くが、今の一撃は魔法で身体にトンネルを開通されるよりも激しい一撃だった。
「じゃあ次ですね。二つ目の質問、というよりも確認したいことがあります」
「はっ、全身全霊で確認させていただきます」
「ですから、そんなに畏まらないでください」
女神さまが、両手を叩いて強制的に俺の悲劇の物語をシャットダウンする。
「ショードさん、あなたは鏡に映る自分の姿にショックを受け、ダンジョン報酬である『
「はい、間違いありません」
熱血――――俺の冒険者としての二つ名でもある言葉。
ダンジョン報酬である天秤の使用法は、自然と頭の中に浮かんだのだ。
『自分の持っている何かを代償にして、それと同価値の物を使用者に与える』という効果があると分かった俺は、ふとフロードのことを思い出した。
今なら分かる。あいつがあれほど異性にモテていた理由、それは『クール』であること。自分が極めて男々しい存在であることを把握できた俺にとって、この結論が導かれるのに、そう時間は掛からなかった。
「しかし分かっていますね? いくら何でもあなたが四十年という長い年月をかけて培った【熱血】だけでは、来世と交換するには足りないんです。よって不足分はあなたが来世で獲得するであろう【熱血】を前借りする形で、転生の儀を執り行います」
「えぇ、それも承知の上です」
そう、この転生において一番重要なのは『熱血の前借り』という、耳にしただけで眩暈がしそうな摩訶不思議なシステムだ。しかしこれを利用することで、俺は来世で熱血を獲得することができない、つまり必然的に【クール】にならざるを得ないわけだ! 転生もできて、否応なく来世では【クール】に生きることとなる。まさに一石二鳥だ。
「分かりました。それでは一応あなたの来世について説明しますね。まぁ年齢はとりあえず十七歳くらいで、二百年後に転生させますね。それとあなたの得意な炎系統の魔法も来世では使えなくなります。まぁ、代わりに来世のあなたに合った魔法をプレゼントするのでご容赦ください。ここまでで質問はありますか?」
「いえ、大丈夫です!」
俺は拳を胸の前で強く握る。
俺の本当の人生はこれから始まるんだ! 長く曲がりくねった道だったが、ようやくスタートラインに立てたんだ。ハーレムなんて贅沢は言わない。俺にありったけの性愛をぶつけてくれる、そんな女性に出会うんだ!
「では、いきますね」
「はい!」
女神さまが両手を掲げ、これまで感情の読み取れなかった端麗な顔に力が入る。
「んー! 女神パワー!!」
彼女の掛け声に呼応するように、眩い光が俺の全身を包み込んでいく。
「うぉぉおおおお!!!!! 行ってきまぁあぁぁあす!!!!!!」
「最後まで暑苦しぃ……」
そうして俺、ショード・バーンは、第二の人生を始めるのだった。
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