第2話 世界一のダンジョン攻略すればモテるだろ。
冒険者の頂点に君臨する特級冒険者として、常に最前線で戦っていた俺の生まれは、その業績とは反して至って普通のものだった。
辺鄙な村に生まれ、百姓の親に愛情を注がれて、すくすくと育ったのが俺―――ショード・バーンである。
当時のショード・バーン少年は純粋無垢で、性に関することなんて全く興味がなかった。鼻水を垂らし、村の仲間と自然を駆け回り、獣を狩って、夜はぐっすりと眠る。
そんな生活が続いていたある日、俺が十歳のときだ。村が魔物の大群に襲われ、誰もが生を諦めようとした。
「もう平気だ。俺が来たからには、誰一人として死なせはしない」
しかし、偶然通りかかった冒険者を名乗る男が、魔物の大群を一人で押し退けてみせたのだ。
その後、村では冒険者に感謝の意を込めて宴会が行われた。村の男たちは酒を飲み、その冒険者をとにかく称えた。子供たちは男が語る冒険譚に胸躍らせ、その瞳には憧憬の念がキラキラと輝いていた。
しかし、俺だけはその輪に入ることが無かった。彼を称えるわけでもなく、冒険譚に胸躍らせることもなかった。
その代わりに―――
「はぁ、本当に素敵な方……」
「私、今晩誘っちゃおうかしら」
「駄目よ! 私が先に誘おうと思っていたんだから」
「じゃあ、みんなで一緒にっていうのはどう?」
村の女性たちの、いつもと違う様子に目が離せなかった。
獣を狩るような肉食獣の瞳。赤く上気した頬。ピンク色の吐息。当時は子供だったが故に、彼女たちが何を言っているのか、全く理解が出来なかった。
「お、おほっ」
しかしショード・バーン少年の奥底に眠る男が目覚め、股間の辺りが胸躍ったのだ。ギュンッてなった。
「どうしたのショード?」
「な、なんでもないでそ!」
ただただ羨ましいと思った。村を助けてくれたはずの冒険者の男を、恨めしいとすら思ってしまった。
そこからの俺の生活は一変した。あの冒険者のように強くなりたい。そしてあんな風に女性からモテたい。性的にモテたい。エッチなことがしてみたい。
「な、なぁ。ど、どうすればあんたみたいにモテるんだ?」
「ん? どうだろうな。やっぱり強い男はかっこいいよな」
「強い男……」
その情熱を胸に抱き、俺は14歳で村を飛び出した。
元々冒険者としての才能があった俺は、メキメキと実力を伸ばしていき、25歳になったときには、冒険者ギルドが定めたランク制度の頂点である【特級】の称号を手に入れた。
莫大な財産も、有り余る名声も手に入れた。しかし、俺が最も欲しいものだけは、どうしても手に入らなかった。
モテるために実力を磨き、人柄を演じ、たくさんの人間に手を差し伸べてきた。しかし、現実は思い通りに動いてくれなかった。
「もう平気だぞ! 俺が来たからには死なせたりしない!」
「ショードさん!」
「ショードさんが助けに来てくれたわ!」
わざと危機的な状況まで放置し、ここぞというタイミングで登場したりもした。
他にもありとあらゆる手を使ったが、俺が異性から性愛を向けられることは終ぞ無かった。
あくまで冒険者として称賛され、感謝されるだけ。強くなっても、異性として興味を抱かれることは無かった。
―――だから俺は決めたのだ。誰も踏破したことのないダンジョンを攻略することを。
「流石に世界一のダンジョンを攻略すればモテるだろ。クソがッ」
ダンジョン都市【アプロ】に屹立する塔型ダンジョンは、世界で最も攻略難易度が高いとされており、ダンジョン踏破者はゼロ。
そんなダンジョンを攻略することは、冒険者にとって誉れであり、加えて世界一の冒険者であることを証明するための実績でもあった。
「流石【熱血】のショードだ。まだこの街に来て二年くらいしか経ってないってのに、もうダンジョンの半分以上も攻略してやがるぜ。しかもたった一人で」
「本当に憧れるぜ……筋骨隆々の肉体に、燃え盛るような赤髪。一度でいいからあの巨躯に抱かれてみてぇ」
アプロにやってきてから数年。それなりの知名度は獲得したものの、注目されるのは、むさ苦しい男冒険者たちばかり。来る日も来る日も、汗臭い禿げだるま共が濁流のように押し寄せてくるのだ。
「ははっ、いつも応援サンキューな! クソg―――おっと、なんでもないぜ!」
あまりにも思い通りにならない現実に打ちのめされて、『クソがっ』というのが口癖になっていたが、それでも人前では何とか我慢した。
心の中で疎ましく感じていても、決して表情には出さなかった。いつだって誰に対しても爽やかに微笑む、それがショード・バーンという人間なのだから。
しかし、その度に俺が村で見た光景は偽物だったのかと疑いたくなった。村の女性たちに剥き出しの欲望をぶつけられていた、あの冒険者に憧れて鍛錬した日々は無駄だったのかと、心が折れそうになる。
だが、それが妄想ではないことを教えてくれる存在が、この街にはいたのだ。
「お疲れ様です、ショードさん。今日もダンジョンに行かれるんですか?」
「お、おぅ! フロードか。今日こそダンジョンを踏破してやるつもりさ!」
フロード・グレス――――身長は俺よりも遥かに小さく、体つきも全体的に華奢な青年。少し力を加えればポキンと折れてしまいそうな細い体に、目が隠れそうなほど黒くて長い髪の毛が、彼に謎めいた印象を与える。
しかしその実力は折り紙付きであった。俺がこの街に拠点を移してから約一年後、ふらっとやってきたこの男は、凄まじい勢いでダンジョンを攻略。冒険者ランクも一級でありながら、実力だけでいえば特級冒険者と比べても遜色がないほどだ。
そしてこの男は、前世で俺が唯一認めたライバルでもあるのだ。
「ねぇ、フロード様ぁ。私の相手してくれるんじゃないのぉ?」
「はぁ? ウチが最初に約束したんだし! 勝手に横入りするんじゃねぇし!」
恨めしいことに、彼の周りには常に十人以上の女性が、飢えた肉食獣の様に纏わりついていた。皮肉なことに、最も嫌悪感を抱くライバルのおかげで、村で見た光景が現実であったことを認めることが出来たのだ。
だというのに……
「俺はショードさんと話しているんだ。君たちに構っている暇はない」
迫る女性たちを冷たい一言で一蹴。何と贅沢な! なんと傲慢な! どうせ一人や二人ぞんざいに扱ったところで、替えなどいくらでもいる、というアピールなのだろう。
「あ、相変わらずの人気だな! フロード君」
「いえ、ショードさんに比べたら大したことないですよ」
「―――ッ!! このっ、くそヤリチンど腐れ野郎が……」
「何か言いましたか?」
「いやぁ、君は相変わらず面白い男だなぁ。ははっ」
「そ、そうですかね。ショードさんにそう言われるとなんか嬉しいです」
そう言ってフロードは顔をほんのりと赤らめて、照れた様子で頭を掻く。そんな彼の意外な一面に、周りの女性たちももう一段階テンションを上げる。
俺を見下すこの態度! 俺に比べたら大したことないだと? こんな雄々しい禿げだるま共に囲まれた状況のどこに優位性が存在するんだ! このクソッタレが!
―――氷属性を得意とするフロード・グレス。
扱う魔法や、身体の大きさこそ全く違うが、爽やかな部分や、冒険者としての実力があるところ。何より顔が整っているという点で、そう違いはないはずなのだ!
「俺は絶対に、絶対に諦めんぞ……」
夢見た光景に想いを馳せて、俺は今日もダンジョンを攻略するのであった。
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