第4話 『王女の計画』


「攫う? 何故? 俺が?」


 シーナの斜め上すぎる発言に、ルキは思考が追いつかない。この王女様の発言は、毎回突飛すぎるのではないか。ルキは、思考力、主に推察力に優れた人間であるが、シーナの思考はルキにも予想できない奇天烈なものが大半である。


「理由は私がこのまま旅に出るからです」

「全然わからんが……」


 シーナは、あくまで生存している、という状態を保つ必要があった。一国の王女が国を空けるのは問題ではあるが、生きている、という事実があれば大きな問題、例えば戦争や経済制裁までには発展しないと考えられる。そこでシーナが考えた案は、王子との面会中に何者かに攫われて行方を眩ます、というものであった。

 ただし、一国の王女が他国での会談中に襲われたとなっては相手国に対する不敬となり、警備の弱さを各国に晒す醜態となってしまう。しかしグレースはプライドが高く、自分との会談中に相手の女性が攫われた、などという不名誉は隠蔽するのではないか。そう考えたシーナは自分を何者かに攫わせれば、帝国に、この国で生きている、という誤解を与えたまま旅をすることができるのではないか、と考えたのだ。


 話を聞き終えて、ルキは関心よりも先に、呆れた感情が沸いた。


「そんな悪知恵、誰から学ぶんだよ」

「発想というのはあらゆる知識から生まれるものです。特に突飛な発送は冒険譚などを読むと得られますよ」

「読書は苦手だ」

「なら教えて差し上げます」


 王女の「教える」という言葉にサラが人知れず身震いをしたのだが、それに気づいたものはいなかった。


「まあ意図は理解した。でもその役割ってサラじゃダメなのか?」

「サラは私の護衛ですので、傍にいないと不自然に写ります」

「まあ、確かにそうだな」


 ならレブンでも、などという悪あがきはしない。ルキはこの王女の尻に敷かれ続ける展開だけは免れようと決心し、今回の役目は仕方なく受け入れた。


「それに、サラにも帝国に暮らしている振りをしてもらいます。出立前にも聞きましたが、未練はありませんか?」


 シーナには一点、心に引っ掛かりがあった。それはサラの存在である。シーナは悪魔である母親の計画を知った際に、深く絶望し、穢れた血が通う自身の命を絶つことも考えるほどだった。そんな彼女の歯止めとなったのはサラの存在である。シーナは今後もサラと共に生きたい、という願いから生きる道を選択した。そして、母親の計画をサラに打ち明け、自分はそれを阻止するために旅をする、という決意を明かした。すると、サラは当然の如く付いていく、と言ったのだ。シーナの心情として、その申し出はとても有り難く、心のどこかではサラがそう申し出てくれるのを期待して打ち明けた側面もあった。しかし、いざサラと旅をする、となると彼女の死がチラついて頭から離れなかった。それは、今になっても頭にこびりついて離れない。


「私はシーナ様にこの身を捧げておりますのでら未練などございません」


 サラはサラで、シーナから得ている信頼の大きさに、嬉しさや自尊心を満たされており、シーナについて回ることには一切の躊躇がなかった。まして、サラは両親がおらず、シーナは唯一の肉親同然の存在だったので、離れることなど考えることの方が難しかったのだ。


「こういう時だけ仰々しくなるのはズルいわ」

「本当にないですよ。強いて言うなら団長に育ててもらった恩義を返せていない、ということですが、生きていればまた会えますし、手紙でも書けば平気です」

「そう。ありがとうね。サラ」


 そんな微笑ましい主従関係を見て、レブンは僅かな憧れを抱いた。


「シーナはさんは愛されているね。僕にもそんなバディが欲しいよ」

「グレースにでも頼んでみたらどうだ?」

「冗談でもやめてくれよ……」


 そして、ルキから返ってきた笑えない冗談に、一気に現実へと叩き戻された。


「さて、んじゃまあ計画の詳細を詰めるためにももっと明るいとこ行こうぜ。こんな湿気った場所じゃなくて」

「裏口の手引きなら僕に任せて。集会にはうってつけの場所があるから案内するよ」

「助かります。私たちには土地勘がないので」


 レブンの申し出に、シーナはホッとする。しかし、ルキがあることに気づいた。


「てかレブン、まさか付いてくる気なのか?」

「なにがまさかなのさ。当然付いていくとも。僕だって悪魔の門を封印したいからね。いいかい? 2人とも」


 そう言って二人を見ると、当然とばかりに首肯していた。


「もちろん構いませんわ」

「ええ。ルキが男1人、というのも肩身が狭そうですからね」

「無用な心配だ」


 ルキとしても、知人が一人いるだけで居心地は大きく変わるだろう。安心感を抱いたことは決して悟られないように、ぶっきらぼうに答えた。


「はは、ありがとう。役に立てるよう頑張るよ」

「むしろご助力を申し出ようと思っていました。幻術の腕が素晴らしいので」

「ああ、あれね。今度機会があれば教えるよ」

「ありがとうございます」


 一通りの話が終わり、ルキはやっと肩の力を抜いた。


(一緒にいると疲れる奴らだな)

(とか言う割に妾から見たら主は嬉しそうに見えるがの)

(勘弁してくれ。辟易してるだけだ)

(ふふ、相変わらず素直じゃないやつよ)


 悪魔の言葉には異論があったが、ルキが口で悪魔に勝てたことなど一度もないので素直に引くのがお約束となっている。


「それじゃ、話の続きは移動してからにしようか」


 レブンの呼びかけに、一同は頷き、初邂逅の地となった、ペレスト監獄を後にした。

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