第3話 『波乱の幕開け』
「えーと、とりあえず説明してくれるんだよね?」
レブンは、頭を抱えるサラを見て一抹の不安を覚えながらも、現状をシーナへと問う。
「そうね。まずは具体的に私の婚約問題がどういう問題か、ということをお話します」
「勿体ぶらずに端的に話してくれ」
「なんじゃ。面白そうな話題じゃの。ほれ、勿体ぶらずに話してみい」
(この悪魔と主は取り憑かれているからか知らないが発言や思考が似ているわね)
シーナはルキの呆れた視線と悪魔が向ける好奇の視線の両方を浴びながら、そんなことを考える。
「だから止めたのに……」
サラは頭痛を抑えるようにこめかみに手を当てて大袈裟にへこんでいた。その様子にシーナはムッとする。
「あら、サラだって最終的には納得したのでは?」
「ええしましたとも。手続きやら根回しを完璧にされた状態で報告を受けたのですから」
(そうでしたっけ)
ルキの勧誘と比較したら大したことではないと勝手に片付けていたシーナの心から、サラとのやり取りの記憶も片付けられていた。
「……とにかく今は過去よりも未来です。打開策を考えることに時間を使いましょう」
(俺は今後こんな破天荒お姫様と旅をしなくてはならんのか)
(よいでないか。退屈しなそうじゃし)
呆れるルキとは対照的に悪魔は心躍らせていた。悪魔はルキから離れることは出来ないため、二年間も監獄にいたせいでイベントに飢えている。
「では内容についてお話します。実は私、王女なんです」
「知ってる。礼文が言ってたし、自分でも名乗っていただろ」
「ええ。そして、王女という身分は非常に面倒くさいもので自国の領土を出るには理由が必要になるのです」
そこまで聞いて、ルキは一瞬の思考の末、ある結論に辿り着く。
「……その口実としてウチの国の王子あたりに縁談を持ちかけて来たわけか?」
その推測を聞いたシーナは、ルキの推察力に感心する。
しかし、その解答は正解ではない。
「半分当たりです」
「半分?」
「ルキが言った内容であるならば、私たちの今後の苦労は9割減るでしょうね」
サラの発言は、この問題の面倒臭さを如実に表していた。
「……つまり?」
ルキは、覚悟を決めて先を促す。そしてサラは、シーナの後は託した、という表情に眉を寄せながら答える。
「縁談ではなく、アヴァン帝国ではシーナが一目惚れして暴走した。という扱いになっています」
「……その内容のどこに手続きやら根回しをする必要があったんだ」
「あら? ルキはこの国の王子をご存知でないのですか?」
「会ったことはあるが覚えてはいないな。名前を聞けば思い出せるかもしれん」
「ルキ、僕らは王子から散々な目に合わされたじゃないか」
先ほどから会話を黙っていたレブンは、この国の王子の名が出た辺りから、人一倍の苦渋の表情を浮かべていた。
「そうだったか? 全く記憶にないが」
「え!? 僕らはあれだけ迷惑したのに!」
レブンは信じられないものを見た気持ちになった。ルキはあの出来事を忘れたと言うのか!
フリーズしてしまったレブンに変わり、サラが、淡々と無表情で答えた。
「王子の名はグレース・ダレイン。女好きの肉塊です」
「肉塊ってお前……」
「サラ……貴方そんな風に思っていたの……」
「事実ですので」
仮にも一国の王女の従者という立場で、淑女たるサラにそのように表現されるなどよっぽどの奴なんだな。そう思ったルキに、肉塊、という単語が引っかかった。
「あー。あの肉ダルマ王子だったのか。シュレアに色目を使っていたやつだな」
「やっと思い出してくれた? うちの王子はとにかく美女を周りに侍らせたがるで有名なんだよ。うちのパーティーにも色目を使われた女子がいたもんで大変だったんだ」
レブンは基本、ニコニコしており不快な表情や気怠さを見せる人間ではないが、グレースという奴はそんなレブンを思い出すだけで辟易させるような人物であるらしい。
「そんな男おったかのう?」
ルキと共に過ごしていた悪魔も、当然グレースのことを見ていたのだが、ルキは首を横に振る。
「お前の記憶には残らんだろうさ。あれは人間的には普通のヤツだ」
「ふむ。ならば仕方ない」
コホン、とサラは咳払いをして注目を集め、話を再開する。
「グレース様は外見が非常に残念です。そして皆様が考えるように内面も良いとは言い難い。そんな男に一目惚れする女、まして王女がおりますか?」
「……まあ、いないわな」
「そもそもなんで一目惚れってことにしたんだい? 普通の縁談とかなら国益のためとか理由をつけられそうだったのに」
レブンのもっともな問いに、問われたシーナはゆっくりと顔を背けた。そんな主人を、サラは心底呆れた表情で眺めていた。そして、一番の爆弾を投下する。
「シーナには別の国に婚約者がいるのです」
その威力は絶大で、レブンは開いた口が塞がらず、ルキも堪らず声を張り上げた。
「は!? お前、婚約者がいる身で他国のしかもグレースみたいなやつに惚れて暴走したと!?」
ルキの素っ頓狂な声に対して、シーナは堂々と言い放った。
「それ以外にこの国に行く理由を作れなかったので」
ルキは、頭のネジが吹き飛んだこの王女を、もはや普通の人として見ることは出来なかった。王女であり、悪魔の娘であるシーナは、元から普通の人間ではないのだが……。
「……行動力お化けか」
「お、ルキにしては珍しくいいあだ名をつけるじゃないか」
「ははは! うぬは愉快じゃのう。その心根、気に入ったぞ」
「やめろ。俺の予想ではこいつは多分褒められると調子に乗るタイプだ」
「ふふっ、たしかに」
「サラ、ルキ、あなた達にはアヴァン帝国王室秘伝の体術をお見舞することにします」
「げっ!」
「なんだそれ」
「ルキ、ここは素直に謝罪しましょう。あの体術は貴方でも耐えられないと思います」
「……一体どんな技なんだよ」
恐怖に慄くサラを見て、態度には出さなかったが、ルキもシーナへの軽口は極力控えることを密かに決意した。
「ともかく、私はグレースに恋文を送り付け、強引に面会を取り付けました。外見や内面が残念でも立場は王子であるため、帝国も無下にはできず、私の外出を許可した、ということです」
「なるほどな。でもそんなの解決する必要あるか? シーナが面会すればいい話じゃないか」
「いいえ、私はこのまま帝国には帰らないで門を封印する旅に出ようと考えています。この機会を逃せば、もう帝国から出る機会など無いに等しいので」
「なるほどね。でもどうするんだ? とりあえず面会は予定通り行うんだろ?」
「ええ。面会には予定通り出席します。ただ、その面会ある策を講じます」
「ある策?」
どうせロクな策では無いんだろうな、そんなルキの予感は不幸にも的中することになる。
「ええ。ルキ、貴方には私を攫ってもらいます」
「…………は?」
「これは益々今後に期待が持てるのう」
カラカラと笑う悪魔の声だけが、静閑な部屋に木霊した。
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