第2話 『心の傷』

ルキは、計画の詳細についてある程度の目星がついていた。そこで、心に残っている最後の引っかかりについて問う。


「そっちの事情は分かった。だが最後に1つ聞かせてくれ」

「なんでもどうぞ」


 シーナは自分の中にある一番の秘密を話したこともあり、なんでも真摯に答えると決めていた。


「門の封印には俺一人で行く。そのための支援をしたい、そういう認識であっているか?」


 ルキの提案に一瞬の逡巡を経て、シーナは答える。


「ええと、後方支援、ということでしょうか?」


 そのシーナの返答に、ルキは首を横に振った。


「違う。お前たちは依頼人で、封印には俺一人で行く、という意味だ」

「そういう意味ならば違います。私は魔術が使えますし、サラはアヴァン帝国で一番剣技に優れた人物です。私達も共に戦います」

「何となくそんな気はしてたよ」


 そう呟くと、ルキは項垂れて視線を下げた。


「なら答えはノーだ。すまないが他を当たってくれ」

「は? え?」

「レブン、話は終わりだ。俺にまたマスクを付けるなりなんなりするがいいさ」

「ちょっ、ちょっと!」

「おい悪魔、お前はいつまで出てきてるつもりだ。さっさと引っ込みやがれ」


「ちょっと待ってくださいっ!!」


 思わずシーナは声を張り上げる。その様子を、レブンは黙って、悪魔は退屈そうに、サラはシーナと同様に状況について行けず困惑した状態で見守っていた。


「一体何がいけなかったのですか? 私たちの実力に懸念があるのは分かりますが、足を引っ張ることはないです。それに、もしそうなったら切り捨て……」

「それ以上喋るなっ!!」


 ビクッとシーナは肩をふるわせる。これまで放ってきた殺気とはまた違い、今のルキは怒気を放っていた。


「お前みたいなやつが、一番苦手なんだ……」

「えっと……」


 思わずシーナは言葉を失ってしまう。そんなやり取りに、サラは不快感を覚えて立ち上がった。


「何が不満なんですか? 私たちの実力ですか? もちろん貴方に勝てると言うほど自惚れてはいませんが、それに近しいレベルであることは確信しています」

「お前たちの実力なんてどうでもいい」

「では、何が不満なのです?」

「…………」


 押し黙るルキを見かねて、悪魔は嘆息する。


「はぁ。いつまで経っても餓鬼じゃの、主は」

「うるさい」


「彼は何が不満なんですか?」


 答える気配がないルキに変わって、サラは悪魔に問いかける。

 悪魔はルキを一瞥し、非常につまらなそうに言った。


「我が主は仲間の死を極端に恐れておるのじゃ。先の旅でも、身体より精神をよく痛めておったわ」

「……おい、それ以上喋るな」

「喋るなと言うなら自分の口から説明せい。これ以上の無様を妾に晒すでない」

「無様だと!? お前には俺の気持ちが」

「わからんがなにか? 悪魔に同情を求めておるのか? 滑稽極まりないな」

「くっ……」


 下唇を強く噛み押し黙るルキを、悪魔は言葉とは裏腹に慈愛に満ちた表情で見つめていた。その姿は、子を叱咤激励する親のようであり、奇妙な光景であることは間違いないのだが、誰もがそれに違和感を覚えない。


「もうあるモノは全て失ったじゃろ。これからは拾っていくしかない、違うか?」

「…………」


 推し黙るルキに、サラも堪らず声を掛ける。


「私も姫様も使命を果たすまでは死ぬつもりはありません。貴方を孤独にもしません」

「…………」


 しかし、そんな彼女を制したのは、意外に悪魔であった。


「おい、娘、余計なことを言うな。せっかく妾があやしてやってるのに台無しにする気か?」

「え?」


 言動が理解出来ず、サラは疑問符を浮かべる。


「かつての主の連れと同じ誘い文句を言うな。傷口に塩を塗るな」

「っ!」


 そして理解した。自分達の発言が、かつてのルキの仲間たちと似通ってしまっていたと言う事実に。そしてそれが、ルキの地雷であったということも。


「特にそのピカピカ娘は酷かったな。誘い文句がまんま同じときた。そりゃ主の古傷がえぐられるのも無理はない。あの生娘の蘇りかと思ったわ」


 そして悪魔は、ルキ同様押し黙ってしまった二人を見て、意地の悪い姑のような悪戯心と嗜虐心を抱いた。


「いくら知らなかったとは言え、頼み事をする相手の心を傷つけてはかなわんのう。主の心は硝子より繊細なんじゃから丁重に扱ってもらわないとのう」


 ケラケラと一人笑う悪魔を見て、ルキは自分の溜飲が下がっていくのを感じた。


「もういい、みっともなかったのは認める」

「ふむ。主の美点よな。その素直さは」


 さっきから何目線なんだ、そう悪態をつきながらも、心の内を(無理やり)晴らされてルキは不本意にもスッキリした気持ちになっていた。


(はぁ、なんやかんや救われてばっかりだな俺は)

(のう主よ、わしらが思念で会話できるのをお忘れか?)

(…………聞かなかったことにしてくれ)


 急に悪魔がニヤけてルキの頬をつんつん突く様に一同は困惑したが、己の心を律してシーナは再度改めてルキへと向き直る。


「先ほどの非礼を謝罪します。それでも、私たちは前に進まなければならないのです。そのためにどうか、力を貸してください」


 一国の王女であるシーナが頭を垂れるなど、あってはならない光景なのだが、サラは目を瞑った。

 ルキは数秒目を閉じて、心に問いかける。


(なあレヴィア、また人を信用してもいいのかな)

(そうさな、結末は分からんが、とりあえず信用してみぬことには何も始まらんぞ)

(もし、また仲間を失ったら……)

(その時は、妾が慰めてやろう)

(屈辱だな、それは)

(ふふ、照れるなや、アルフェゴールよ)


 目の前で誠心誠意頭を下げる少女を見て、ルキは自分がただ、孤独や喪失感を恐れていただけということを自認する。それと同時に、先の態度も大人気なかったと思い返す。


「わかった、要件を受けよう。あと、見苦しい態度を見せたことを謝罪する」

「気にしていないですよ。お互い、これからの付き合いで不自由しないように、思ったことや感情は溜め込めないで素直にぶつけ合いましょう」

「了解だ。あと、幼稚な口約束だが、生きることを何よりも優先する、これだけは守ってくれ。もう目の前で人が死ぬのは真っ平だ」

「承りました。そちらこそ、私たちの前で死ぬのは勘弁してくださいね」

「言うじゃないか。そういう態度は嫌いじゃない」



「……話は纏まったみたいだね」


 よっと、レブンは服の内側から短剣を取りだしルキを拘束している鉄糸を切った。


「お前……俺が何度頼んで切ってくれなかったのに」

「ルキにはいい治療になっただろ?」


 そこでサラはふと違和感に気づく。


「あれ? レブン様、若返ってませんか?」


 つい先程までレブンは年老いた格好をしていた。それが気づけばサラやシーナと同い年のような姿になっている。


「こいつお得意の幻影魔法だよ。なんだ、こいつらにかけてたのか」

「ま、一国の王女にしては足運びに油断がなかったからね。なんかあると思ったから念の為。シーナ様、無礼を謝罪するよ」

「構いません。逆に肩書きだけで心を開くような人の度量などしれていますから」

「はは、いいことゆーね」

「こいつに関してはそんな度量ないけどな」

「何を言うか! この腐った部屋で2年も世話してやったんだぞ! 少しは恩を感じたらどうなんだ!」

「お前は元々脱獄の手助けをする予定だったろ!」

「そうだっけ?まあいいじゃない細かいことは」


 全然細かいことでは無かったが、彼が2年もの間監獄にルキを置いたのは理由がある。

 ルキは公には死んだという扱いになっている。しかし、悪魔憑きとはいえ生きていることがバレたらシーナたちのような要人やらなんやらの客が耐えないことは簡単に予想がついた。ルキにある門の封印という功績は、どの国も喉から手が出るほど欲しいものである。


 そこでレブンはこの監獄を利用して、ルキへのほとぼり冷めるまで待つことにした。


「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」


 先ほどからのルキとレブンのやりとりに、疑問を抱いていたサラが質問をする。


「なんだ? 隠し事もするつもりはない。あと、年も近そうだし敬語はやめにしよう」

「ならお言葉に甘えて、次第に変えていくとします。して、ルキとレブンはどのような関係なのですか? ただの看守と囚人には見えないのですが」

「ああそれね。僕は元旅のメンバーだよ。ルキと苦楽を共にしたメンバー唯一の生き残り」

「お前はしぶといからな」

「幼稚な口約束だが、死なないでくれ」

「真似するんじゃねぇ!!」

「ぷっ」


 ルキとレブンのやり取りを見ていたシーナは堪らず吹き出した。先程までの殺気や緊張感は消え去り、そこには旧友が久方ぶりに集ったかのような安心感が漂っている。


「よし、拘束は全て解いたよ。これからどうするのさ?」


 するとシーナがこほん、と咳払いをひとつして注目を集める。その瞬間、発言の内容を悟ったサラはあさっての方向を向いた。


「まず、何よりも先に解決すべきことがあります」

「解決すべきこと?」

「私の婚約についてです」

「「……は?」」


 せっかくかの有名な英雄を味方につけたというのに、初仕事がなんとも情けないものだと、サラは一人頭を抱えた。

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