第2話 女王即位

 「いーやーだーーーーー!!」


 部屋の家具にしがみつき、メイド達に連れていかれまいと必死に抵抗するマリ。


 (そんな、死亡フラグを立てに行くイベントなんかに行くもんかぁぁぁぁ!)


 残念ながら、奉仕のプロであるメリー達に正装ドレスとやらに既に着替えさせられた後だ。


 金色の刺繍が入った白のめちゃくちゃ豪華なドレスだ。


 「マリ様! お早く! 」 「そうです、民が待っております!」 「な、なんて力なの?! 普段のマリ様とは大違いですわ」 「あらあら~困ったわね~」


 「「「メイド長も手伝って下さいよ!!」」」  


 メイド達は懸命にマリを家具から引き剥がそうとするが、メイド長メリーの暢気な言い方に力が抜ける。


 「あ! そうですわ~、マリ様。 ルーデウス様をお連れ致しますわね~? 折角のドレス何ですし、1番に見て頂かないと~」


 「「「メイド長! そんな事でマリ様が……剥がれた!?」」」


 メリーの一言で、マリは家具から手を離し。

 ドレスをはたいてから佇まいを直し、一瞬で凛々しい女王となる。


 「メリーさん! さぁ!! ルーたんをここに! さぁ!!!」


 こんなに綺麗なドレスなのだ。


 推しに見てもらえるなら、見て欲しい!


 そして、出来れば褒めて欲しい!! 


 (出来れば出来れば、そのままお持ち帰り……あ、弟だとそれはダメか)


 心の中で舌打ちをしてるマリの部屋に、ルーデウスが入ってきた。


 「メリー、本当にもう入っていいのですか? 姉上……? 姉上! とてもとてもお綺麗です!」


 (ぐふぅぅぅぅ! ダメ、死ねる。 部屋に入って来ただけで、もう……空気がキラッキラッしてる)


 ルーデウスが満面の笑みで駆けてくる。


 (あぁぁぁ、可愛いぃぃ! え? 本当に私が姉なの? ルーたんの姉をさせて頂いて良いの? )


 鼻血を吹きそうなのを必死に我慢する。

 

 「ルーたん、ありがとう。 凄く嬉しい」


 ドレスに似合う淑女でいるように、堪える。


 「えへへ、姉上が優しくて僕……凄く嬉しいです」


 ルーデウスがマリの手を取りもじもじした所で、マリは限界を迎えた。


 「……尊っ!! 国宝です! 皆さん、我が王国の国宝ですよー! 拍手ー!!」


 「「「????」」」

 パチパチパチパチパチパチ


 メイド達はさっぱり状況が分からないまま、とりあえず拍手をする。 仲が悪い姉弟が、朝からめちゃくちゃ仲良いのだ。 とりあえず嬉しいから拍手する。


 マリに片手を上げられたルーデウスの顔が真っ赤に染まる。


 「あ、姉上ぇ……嬉しいのですが、とても恥ずかしいです……」


 俯く姿がまた可愛らしい。


 「ぐはっ! ダメだ……もう、今日は寝ようルーたん。 ほら、一緒のベットで! 大丈夫大丈夫、姉弟だから! 合法合法! 添い寝、先っちょだけ添い寝するだけだから!」


 はぁはぁと息を荒くする姿は、美少女で無ければ即通報ものだ。


 「えぇ!? 姉上と一緒に寝れるなんて、夢のように嬉しいですが……朝ですよ?」


 マリがルーデウスをお姫様ベットに連れ込もうとしていると、額に青筋を浮かべた執事のジャックが入って来た。


 「マリ様……? 大変ドレスお似合いでございますが、いったい何をしておいでで?」


 (あ、これ分かる。 多分、めちゃくちゃ怒ってるやつやん!)


 「い、いやぁ……ちょっと睡眠を……ダメですか?」


 「良い訳無いでしょぉぉぉぉ!! 今日は本当にどうされたのですか! 昨日まではもっと……こう、しっかりなさってたでしょう!!」


 「ご、ごめんなさぁぁぁい!」


 ジャックに怒られ、その場で説教が始まるのであった。


 ◆◇◆


 ジャックの説教が始まって数十分。


 メリーの側でルーデウスがオロオロしているのを横目で微笑ましく見ていた。


 説教は殆んど、右から左へだ。


 ――――という事です! マリ様は本日より女王陛下となられるのです! しっかりして頂かないと困ります!! エントン王国の行く末はマリ様に掛かってるんですから! 宜しいですか?!」


 「イ、イエッサー!」


 「何ですかその返事は!! はい、でしょう!」


 「は、はぁぁぁいっ!」


 「分かって頂けたなら結構です、さぁ参りましょう!」


 ジャックが指を鳴らすと、メイド達がマリの両腕を確保して運び始める。


 「あ~、待ってー! お願いだから~!」


 半べそをかいて、メリーとメイド達に連れていかれる姉をルーデウスはニコニコしながら見ていた。


 「ルーデウス殿下……マリ様に何があったかは分かりませんが。 良かったですね……」


 ジャックがルーデウスの隣で、ボソリと呟いた。


 「はい、まるで別人の様です。 とても……今日はとても良い日です」


 「私もです。 今のマリ様なら……この王国の現状を変えて下さる。 そう思えてなりません」


 「僕もです。 さぁ、ジャック僕達も行きましょう! 姉上の晴れ舞台を見に!」


 「御意」


 2人はマリを追い掛ける。


 その先が幸せな未来だと信じて。


 ◆◇◆


 どうやら、さっき居たのは大きな城の1室だったようだ。


 メリーとメイド達に、城のバルコニーに連れて行かれ其処には多くの女貴族達や兵士達が待っていた。


 苦笑いしながら、バルコニーの先端へ向かうと。

 その城下には多くの民衆達と、広い広い街が広がっていた。


 新しい女王を一目見るべく、多くの民衆が城の前で此方を見て手を振っている。


 「ねぇ、メリーさん」


 「はい、ここに」


 「帰ってもいい?」


 「ふふ、ダメです♡」


 (ですよねー! ぇぇぇ、ただのOLだった私に国の運営なんて無理だよー! それに、1年後に死ぬんでしょ? 転生したその日に余命1年って酷くない?)


 心中で神を恨んでいると、戴冠式が始まってしまったようだ。


 えらく大袈裟な台に綺麗な王冠が置いてある。


 (はぁ……やだなー、貴族達も嫌な奴等ばっかりっぽいしな。っていうか、何で女性の貴族ばかりなの?)


 一見、マリを祝福している様に見えるがどの女貴族も腹に黒い何かを抱えている顔している。


 (確か、乙女小説に出てくる女貴族って録でもない奴等ばっかりだったしな~)


 待っていると、神父っぽいおじいちゃんがやって来て戴冠式が始まった。


 ――――により、ここにエントン王国44代目王女が誕生した事を宣言する。 エントン フォル マリ様、異議が無ければこの王冠を被り王女として成す事を宣言して下さいませ」


 適当に話を聞き流していると、目の前に王冠を差し出された。


 (え? 異議があったら、辞退して良い感じ?)


 チラッとジャックの顔を見ると、泣いていた。


 (何で!? 辞退しにくいじゃん!)


 横を見るとメリーさんも泣いている。


 状況的に……嬉しくて泣いてるのだろう。


 (ど、どうしよ……)


 マリが悩んでいると、ジャックの横で此方を覗くルーデウスの姿があった。


 (あれ? ルーたん? そういえば、どうして女王になる私の側に弟のルーたんが居ないんだ? 可笑しいでしょ、普通に。 だって、私が死んだら次期王……な、の……に。 そっか……ここが乙女小説の中だからだ)


 マリにはこの不自然な状況に覚えがあった。 


 乙女小説は予言の巫女が主人公だ。


 その主人公が王子や亜人族のイケメン達とハーレムを築いて攻めてくる魔族達を撃退する話だ。


 メインが女性なのだ。


 だから、国を支配するのは女性で政略結婚には男性が用いられる。


 基本的には平等だが、其処の価値観だけ違うのだ。


 (だから、だから……姉が死んだ後に王国は滅びたんだ。 王族が男のルーたんだけだったから。 ……許さない、そんな結末はぜっっっったいに許さない!)


 このまま、マリが即位して何もせずに死去した場合。 マリの知っている通り、ルーデウスは主人公達に出会うまで浮浪者の様に彷徨い、弱る。


 目が合うと、凄く可愛い笑顔を浮かべるルーデウスを見てマリは腹を括った。


 (決めた! 私が死ぬまでの1年間でこの国を変えてやる! 可愛いルーたんが、この王国を受け継げる様に! 悪い膿を出し、滅びる要因を尽く取り除いてやる!)


 「ふー、よし! メリーさん!! お酒!」


 貴族や兵士達にどよめきが広がる。


 「えぇ? マリ様、お食事やお酒は戴冠式の後に……」


 「ごめんメリーさん、今すぐに! 女王の命令です、直ぐにお酒を!」


 強く言い放つと、直ぐにワインが入ったグラスが目の前に差し出される。


 ジャックはマリの暴挙を止めようとはしていたが戴冠式に乗り込む事は許されないのか、慌てながら遠くで私を見ていた。


 ワインなんて、飲んだ事もない。


 (泥酔してた時の私! 力を貸して!!)


 グラスに入ったワインを一気にあおる。


 ゴクゴクゴクゴク!


 みるみる内に、マリの顔は紅く染まり。

 目が据わった。


 「ぷはぁーーー!! ひっく、私が新たな女王マリです! この中には、私を良く思って無い貴族達が居るのは分かっています! ひっく、ですが! 私はこの国を変える! 変えてやる! ひっく、絶対にです! 悪事を働いている貴族が居たら、覚悟しておいて下さい! このワインの様に、膿も悪も悪い慣例も差別も全部全部私が飲み込んでやる! 分かったかーーー!! 以上!」


 周囲が唖然とする中、そう言って王冠を奪うように被ったマリに、拍手をしていたのはルーデウスだけだった。

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