第3話 お仕事の時間です

 女王即位から次の日、マリは執務室にてひたすら資料を確認していた。


 「はぁ? 税率60%ってなんの冗談なの? メリーさん、王国の財政状況と民の景気が分かる資料ある?」


 「ふふ、はい此方です」


 マリの仕事を補佐するのは、基本的にメイド長のメリーだ。 欲しいものを言えば直ぐに出してくれる、優しくて頼れるスーパーメイドなのだ。


 何故、マリが執務室でひたすら確認作業に没頭しているかと云うと、前女王時代の政を羊皮紙に残してあると聞き、王国の現状を把握する為に引きこもっているのだ。


 この世界、乙女小説は日本の作家である乙姫先生が書いた物語だ。


 当然、言語も書いてある言葉も全て日本語の為マリはとても助かっている。


 (ありがとうございます、乙姫先生ーー!!)


 「ふむふむ……草。 民の景気最悪じゃないですか。 なんの為にこんなに税を搾り取ってたの? 母はバカなの?」


 「……一応、お耳に入れておきますね。 前女王様は御自身とマリ陛下が贅沢する為に民は存在しているのだって、度々仰っておりました」


 「うわ~、サイコパスですね」


 「ふふ、昨日までのマリ様も中々でしたのよ? 本当に、変わられましたね」


 (そりゃ、名前が一緒なだけで別人ですからね~)


 今の所、マリが転生する前のマリの記憶は一切無い。


 ルーデウスや、周囲の反応を窺う限りだとかなり以前のマリは相当にヤバイお姫様だった様だ。


 弟のルーデウス、国宝のルーデウスに冷たく使用人にも冷たい、心を許すのは亡き母だけだったそうだ。


 (うん、ルーたんに冷たいって……極刑が妥当だね)


 そんな物騒な事を考えながら、マリは資料の羊皮紙を纏める。


 「あはは……よし!! 先ずは、民の景気を良くしなきゃ! メリーさん、税務管呼んでくれる? 話したいんだ」


 「かしこまりました。 直ぐに連れて参ります」


 メリーが退出し、税務管を連れてきた。


 「失礼致します。 マリ陛下、税務管のゲス フォル クズ を連れて参りました」


 (もう、名前からして嫌な予感しかしない)


 メリーと共に入って来たのは、中年の女貴族だ。 ギラッギラな宝石やら貴金属を身に付け、でっぷりと肥えている。


 「これはこれは、女王陛下。 御呼びとの事で馳せ参じました。 如何様でございますかな? 税を更に重くするお話でしょうか」


 マリはやってきた税務管が既にOUTなのに頭を抱える。


 (これ以上、税率上げてどうすんの? 馬鹿なのかな?)


 「はぁ……ちょっと待ってて下さい。 メリーさん、例の物を」


 メリーがグラスにお酒を注ぐ。

 これまで、民を平気で苦しめて来た貴族達を相手にするのだ。


 飲まないとやってられない。


 「ごくごくごく……ぷはぁーー! ひくっ、さて……税務管クズ。 一度しか聞きません、現在の民達が置かれている経済状況を鑑みた上で変えるべき適正な税率を答えなさい」 


 クズはマリの言葉を聞き、一時考えた後に答えた。


 「そうですね、更に搾り取れると思うので税率70%にしましょう」


 「草。 メリーさん、コイツ牢獄に入れて財産全部没収ね。 一般市民から応募掛けといて」


 「……は? 女王陛下?!」


 マリの一言で、護衛の衛兵が元税務管クズを連行していく。 何やら喚き散らしていたが、知った事では無い。


 「陛下……良き税務管でしたら、心当たりがございます」


 「え! ひくっ、本当に!? 誰々、紹介して下さいな」


 「ふふ、かしこまりました。 ですが、お連れ出来ない者なのでお手数ですがご足労願います」


 酔ったマリは、メリーに連れられて執務室を後にした。


 知らない城の中を下に下に降りていく。


 暗く、じめじめしている。


 (あっれー? ひくっ、メリーさんここ牢獄じゃね?)


 普段のマリなら恐くて近付けないだろうが、残念ながら今のマリは酔っていて恐いもの知らずだ。


 カツーン、カツーンと靴の音が響く。


 暫く階段を降りると、先程の衛兵が上がってきた。


 (あ~、やっぱり地下の牢獄に向かってるんですね。 ひくっ、草)


 「マリ陛下、着きました。 地下牢の最深部にその者はおります」


 「ふ~ん、ひくっ、その人は悪い人では無いのね」


 「あら? どうしてそう思われるのですか?」


 「えぇ? メリーさんが、税務管に犯罪者を推薦する訳ないでしょ。 ひくっ、だって可愛いルーたんもメリーさんの事信用してたし」


 メリーは目を見開いた後、とても嬉しそうに笑っていた。


 長い廊下を看守を労いながら進み、ようやく到着した。


 「ここです。 キサラギさん、新たに即位したマリ女王陛下がお見栄です」


 「ん……?」


 メリーに案内された先は、牢獄と云うより図書館だ。


 格子の向こうには、山の様に本が積まれている。 そして、木製の椅子に腰掛け本を読んでいたのは……とてもイケメンなエルフだった。


 肌色は透き通る白で、金髪がより一層映える。 丸眼鏡を掛けていて、とても博識そうに見える。


 (う~ん! 超イケメン!! さすが、乙姫先生。 美形を描写するのに右に出る者無しと言われるだけあるね!)


 「おや、メリーじゃないか。 珍しい、それに……そちらは女王陛下か。 初めましてマリ陛下、私はキサラギ。 見ての通りエルフだ。 いや、浅ましい亜人とでも言おうか」


 そう自己紹介してくるキサラギは、何処か蔑んだ目でマリを見つめる。


 「初めまして、私はマリよ。ひくっ、メリーさん、キサラギさんは、何故牢獄に?」


 マリの問いにキサラギが笑う。


 「くっくっくっ、何故……か。 メリー、新たな女王陛下は無知なのかい? それに、昼間から酔っているようだけど」


 「キサラギさん、言葉にお気を付け下さい。 マリ陛下、キサラギさんの犯した罪は亜人の分際で博識なのが腹立つから、です」


 「……は? え? それ……罪じゃなくないですか?」


 「いえ、前女王陛下が決めた罪です」


 マリは頭痛に苛まされる。


 「くぅ~……ひくっ、本当に母はサイコパスね。 キサラギさん、実の娘として謝らせて下さい。 本当に申し訳ございませんでした。メリーさん、直ぐに釈放してあげて」


 深々と頭を下げるマリを見て、思わずキサラギは吹き出す。


 「ぷっ、あはははは! 面白い、メリーこの王国は新たな時代に進むんだね」


 「はい、その通りです。 マリ陛下なら、きっと変えて下さると私達は信じています」


 (何々、何の話? 変なプレッシャーは止めてね? ルーたんの為になることしか、私は出来ないよ? だって、余命1年ですし)


 メリーとキサラギがマリの方を見つめ、お互いに笑いあっている。


 秘密の友人同士なのだろう。


 「ふむ……ちなみに、今日は何用で来たんだい? 私を解放する為だけに、はるばる地下牢に?」


 「いえ、私がマリ陛下にキサラギさんを税務管に薦めたからですわ」


 「ちょっ! メリーさん、流石に無理だよ。 何年牢獄に入ってたか分かんないけど、故郷に返してあげなきゃ!」


 焦るマリを他所に、キサラギは顎に手を当て考え込む。


 (ほらー! やっぱり無理だよー!)


 焦り過ぎて、酔いが覚めてきた。


 キサラギは、おもむろに跪きマリに頭を垂れる。


 「心遣い痛み入るマリ陛下、しかし長い時を生きるエルフには瞬きの間だ。 貴女の変える世界を見てみたい。 誠心誠意を持って貴女に仕えよう」


 (えぇぇぇぇぇ!? どうしてこうなった!?)


 「では、キサラギを税務管に任命ということで! ふふ、亜人を税務管として雇うなんて前代未聞ですわマリ陛下」


 「うん、メリーさん。 結果オーライなんだけど、一言だけ言わせて。 キサラギさんを税務管として薦めたの、貴女でしょうがぁぁぁぁ!!」


 盛大に突っ込みを入れるマリを見て、メリーとキサラギは大笑いしていた。


 ここから、マリの王国革新が始まる。

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