第1話 ようこそ
……ここは、何処だ。地獄か、天国か? 体に何か繋がっている……とりあえずそれを取って、壊れたこの機械から出てみる。するとすぐに、強い腐臭と血の匂いに襲われた。
「うっ、これ、人の死体か……? なんでこんなにたくさん……」
辺り一面に黒いものが蠢いている……なんだこれ? 手に持ってみると、俺の体に入っていった。
「なんだ……痛くなかったぞ? 今のは……」
……考えてもわからない、考える理由もない。俺はもう、死んでいるはずだ。死んでいなきゃおかしいはずだ。
「……行くか」
早く死にたい……その気持ちはある。だが何故か、体が死に向かいたがらない。前は全自動でナイフに手が伸びていたというのに。どうやら死なせてはくれないらしい……でも、いつも通り気力は湧かないし、凄く眠たい。だが、こんなところで寝たら頭が痛くなる。せめて布団か、ベッドで寝たい。
「寝床探しといこう……ここが何処なのかもわからないが」
俺は眠気を振り払って、歪んだドアを押した……すると、大きな音を立ててドアが倒れる。1歩、2歩、3歩。ゆっくりと、ふらつきながら歩を進める。光が見えてきた、外のようだ……
「……眩しい」
懐かしい光だ。家でも病院でも、ずっと締め切っていたから。何一つ気力が湧かず、眩しいと感じることすらも面倒になり……眩しい時ってどんな顔をするんだっけ?
「どうだっていいことか……」
周りを見回してみる。白い壁が、黒い液体で汚染されており、ボロボロのラックに古い雑誌があった。表面に、何か書いてある……ジャパリ新聞?『謎だらけの園長に、特別独占インタビュー!!』『ジャガー姉妹直伝! 狩りのススメ 入門編』……誰のことだ? ジャガーって動物だろ? 獣に文字が書けるのか? ……考えても分からないな。
「眠い……ふぁぁー」
そこにあったスリッパを履いて、土の地面を踏みしめて歩く。自分の顔は今、どんな感じになっているだろうか? 髭も髪も伸び放題で、汚い顔してるかな? どっちでもいい、汚かろうが綺麗だろうが、どちらにせよ痣だらけなことに変わりはない。
「……なんだ、あれ? 緑の光……?」
2つ光が見える、そこから近づいてきたのは……何かの籠を載せた、青くて丸っこい、何かだった。籠の中には、色とりどりの丸い球体がある。その何かは、俺に話しかけてきた……機械的な声だ、メカだろうか。
「オヒトツ ドウゾ」
「喋った……じゃあ、お言葉に甘えて」
とりあえず茶色のを取ってみた……柔らかい、食べ物だ。匂いを嗅いでみると……これまた懐かしい、チョコの匂いだ。チョコなんて、燃えないゴミの銀紙にくっ付いたのを、舐めたくらいしか経験がない。あれは美味しかったな……
「……はぐっ」
口に入れてみた……美味い。眠気がマシになる程美味い。マトモな食事って、こんなに美味しい物なんだ……病院では食べる気力もなかったから、拘束具を着けられて点滴をされていたんだ。でも、今起きたら食べられるようになっていて……そう考えると、少し症状がマシになっているのか? もしそうならあの話は本当だったのか? 疑問は止まないが……
「ありがとう、知らない青丸さん」
「ラッキービーストダヨ」
ラッキー……それがこの人……いや、丸っこい子の名前か。
「じゃあラッキー……さん? この近くに、眠れるところはありませんか?」
「任セテ 検索中……検索中……アッタヨ」
「え、ホントに……?」
野宿になるかなと思ったのだが、そうはならなくて済みそうだ。
「案内スルネ 着イテ来テ」
独特な効果音を出しながら跳ねていくラッキーを、俺は必死に追いかける……何度も転びそうになりながら。
「うぅ……早いよ、ラッキーさん……待って……」
それでもどうにかラッキーさんを追いかけて、辿り着いたのは……木造建築の家だった。
「家……か?」
「ロッジダヨ ココニモジャパリマンヲ 配給スルカラ 一緒二入ロウ」
ロッジ……ホテルみたいなものか? 都合が良すぎるぞ……俺は幻覚でも見てるのか? ジャパリマンっていうのは、さっきの丸いのだよな……いや、この際幻覚でもいい……今、俺は眠いんだ。ラッキーがドアを開けたので、俺も中に入る。
「お邪魔します……」
「あ、ようこそロッジアリツカへ! 私、アリツカゲラと申します! 貴方のお名前は?」
名前? 名前は……そうだ、今思い出した。
「俺は夢決……佐藤 夢決(さとう むけつ)です」
「え? そ、そうではなくて……何の動物なのかを……」
動物……何の動物かを答えろと? 生物学的に言うなら……猿、か? いや……人間でいいのか? ラッキーさんに確認してみよう。
「人間……です。ラッキーさん、合ってますか?」
え……間違ってないよね? お前は実は人じゃない、とか有り得そうで怖い。
「間違イナイヨ 夢決八 ヒトダヨ」
「え、えぇぇぇぇー!? み、皆さん!! ヒトです、ヒトがもう一人……!!」
え……なんで大騒ぎしてんの? 貴方達もヒトじゃないのか?
「さぁ、こちらへどうぞ……!! あ、そういえば……貴方って、オスですか? メスですか?」
「え、オスですけど……重要ですか、それって?」
「お、オス……? ヒトのオス!? えぇぇー!?」
すごい驚きかただな……何なんだ、この場所は? 俺ってやっぱり死んでて、これは幻覚……とか? それも有り得そうだな……まぁ、幻覚はどうにもならない。覚めるまで待つしかないか……と思ってる間に、たくさん人がいる場所に着いた。
「おや……? ヒトって言うのは、その子かい? 確かに、耳も尻尾も羽もないね……私はタイリクオオカミ、よろしくね」
「私はアミメキリン、探偵よ!! あなた、少し怪しいわね! 本当にヒト!?」
「間違いないです、ボスが言ってましたもん! ですよね、夢決さん!」
……ボス? ラッキーさんのことか……なんか、ギャングみたいな呼び方するんだな……
「あ、はい……ヒトです、オスです」
「フレンズは全員メス……即ち、オスである事はフレンズでは無いことの証明。ヒトで間違いなさそうだね」
「えぇぇぇぇ!?」
それにしても変な人達だ。俺を疑ってる人は触覚っぽいものがあるし、頭の良さそうな人は耳と尻尾の飾りをつけている。これは犬の耳か……それと受付の人は、羽っぽいものがある。ここの人達はコスプレが趣味なのか? コスプレしてる人達の幻覚ってなんだよ……
「……そういえば皆さん。コスプレが趣味なんですか? その耳に、羽に、触覚に……」
「コスプレ……って何ですか?」
「これはフレンズの特徴さ。動物はサンドスターに触れて、フレンズ化すると、動物の特徴を残したままヒトの姿になるんだよ」
「フレンズのことを知らないなんて……ますます怪しいわね!」
フレンズってなんだ? そういえばサンドスターがどうとかは聞いたような……
「ラッキーさん、フレンズって……?」
「フレンズモトイ アニマルガールハ サンドスター二ヨリ 動物ガ 原理不明ノ変化ヲシタ姿ダヨ 動物ダケデナク UMAヤ幻獣ノ情報 絶滅種ノ化石等モ フレンズ化スルコトガアルヨ 共通点トシテ 何処カ二動物ノ特徴ガ残ルコト 元ノ動物ノ性別二関ワラズ 全員ガメスデアルコトガ 挙ゲラレルネ ココ ジャパリパーク二シカ サンドスターガ無イカラ ココデシカ 生キラレナインダ」
……要するに。ここに居る人達は全員メスで、元動物で、サンドスターから生まれた謎の生物だと……ふんふん、なるほど……
「全くわからなかった」
全くもって意味がわからない、どういうことなんだ……
「さて……夢決君だったかな? 君は何が目的でここに? 旅の途中かい?」
「いや実は……俺、凄く眠くて……ここだったら寝床が……ある、って……ラッキーさん、が……」
視界が揺れる、立っていられない……さっき、無茶して走ったのがいけなかったか……そのままその場に膝を着く。
「だ、大丈夫ですか!?」
「俺は大丈夫です……それで、部屋ってありますか?」
「あ、はい……! どんなお部屋をご希望でしょうか?」
寝られれば何でもいいが……今は明るい部屋がいいな。そんな気分だ。
「……明るい部屋、ありませんか?」
「あ、ありますよ! どうぞこちらへ……!」
俺はふらふらしながら、どうにかアリツカゲラさんに着いていく。
「こちら『みはらし』のお部屋になります!」
「ありがとう、ございます……」
「ごゆっくりどうぞ、何かあったらお申し付けください……」
ゆっくりとドアが閉まる音が聞こえた、それと同時に、ベッドに倒れ込む。
「あ、柔らかい……」
俺はすぐに夢の世界に落ちた。幻覚の中でも夢は見られるのか? 自分の体で実験してやる。
声が聞こえる、鈍い痛みが走る。これは……いつもの夢だ。運良く眠れた時はこの夢を見るんだ。いつも通りの冷たい壁、監査から隠される俺……いつも通り、隠し持っていた生ゴミを無理やり口に押し込む。溢れ出る吐き気を必死に抑える……殴られる回数を減らすために。
「オラァ!!」
また、痛みがきた。怒りの篭った拳だ。
「ブラック企業で働かされてる、俺の気持ちがわかるか!? 分からねぇなら殴られとけ!! 俺は不幸なんだ! お前よりもなぁ!! アンの、クソ上司ィ!!」
大きく吹っ飛び、頭をぶつける。蹴られ、叩かれ……そして、母も同様に。
「あんな奴の相手する身にもなりなさいよ、なんで生まれてきたのよ、アイツ!! それもこれも、お前が出来損ないに生まれるからいけないのよ! これは罰なのよ!! 私の方があんたより! アイツより! ずっと不幸なのよぉぉぉ!!」
俺は生まれつき……何の才能もなかった。料理を覚えても味は並、テストの点も並、運動も並……何の才能もない、普通の人間だった。進学校に入れなかったから、もうお前はいらないと言われ……ここに監禁された。それから、殴られ始めた。俺はサンドバッグにされたんだ……
「両手を上げろ! 児童虐待及び育児放棄の容疑で逮捕する!」
「なっ……ふざけるな!!」
「私達は被害者なのよ!?」
誰かの声が聞こえて、俺は突然開放された……
「さぁ、歩いて……辛かったね、病院行こうね……」
誰かに連れられて歩く。そして、診断を受けた結果。
『この子は重度の鬱病です、胃腸炎や風邪にもなっている、本人は気づいていない……否、もう慣れているようですが。病院で療養させましょう……薬も出しておきますので』
どれだけ薬を飲んでも、寝ても醒めても。俺は『うつ病』が治らなかった。『仮釈放』されたという2人が、また俺を殴りに来た。それで大怪我をして、手術までした。病気はどうやっても、治らない。傷は相変わらず、痛い。生きてても死んでても、変わらない。なら死んだ方が、楽な気がする。そもそも、どうして生まれてきてしまったんだろう。
「ごめんなさい」
役に立てなくてごめんなさい。
痛がってごめんなさい。
手間をかけさせてごめんなさい。
お腹が空いてごめんなさい。
病気になってごめんなさい。
治らなくてごめんなさい。
生きててごめんなさい。
生まれてきて ごめんなさい
「……あ」
今、何時だ? ……いや、ここに時計はないな……
「……明るい、だいぶ寝た気がするし……次の朝かな」
眠気がマシになった、起きて大丈夫そうだ。
吐き気は何故かしてない、いつもはここで嘔吐して目覚めるのに……
「……まぁ、いいか。汚さなくていいのは好都合だ」
俺はドアを開けて、外のみんなに挨拶をした。
「おはようございます……」
「うん? やぁ、おはよう。よく眠れたかい?」
「あ、起きたのね! ヒトのオスの……夢決さん!」
「はい、おかげさまで……」
今日は途中で起きずに眠れた、ラッキーな日だ。
「おはようございます、朝ごはん食べますか?」
俺の前にジャパリマンが差し出された、それを受け取ってお礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらす……」
「はむっ……あ、味が違う……」
これは何味だ……? 滑らかな舌触りだ、優しい甘さで……色は白っぽい。
「カスタード、だっけ……」
何だろうと、美味しいことに変わりはない。全て綺麗に食べた。
「アリツカゲラさん、ありがとうございました。ごちそうさまです……」
「いえ、美味しく食べていただけて私としても嬉しいです!」
「さて、腹ごしらえも済んだところで……この話をしておこうかな。かばんさんの話を……」
かばん? かばんがどうしたんだ? 入れ物のことだよな?
「実はね、君が来る前にもヒトはいたんだ……ヒトのフレンズだけどね。名はかばん。サーバルキャットのフレンズが命名したのさ。大きなかばんをしょってたから、ってね……フフ、発想がシンプルだね?」
「シンプルっていうか、そのままというか……」
「さぁ、続けようか? その子はサーバルキャットの子と、一匹のラッキービーストと旅をしてフレンズを助けていった。料理をしたり、ライオンとヘラジカの争いを止めたりね……でも、そんなある時。大きくて黒い、ものすごく強いセルリアンが現れたんだ……サーバルキャットのフレンズは、食べられてしまってね……動物に戻るのを、ただ待つだけになってしまっていた。動物に戻ると、思い出を全て忘れてしまう」
食べられて動物に戻る……その上記憶を全て消される。それがどれだけ残酷なことか。
「それで……その子は?」
「かばんさんが助けたよ……けどね、今度はかばんさんが食べられてしまってね……そこで私含めてフレンズが集合、巨大セルリアンからかばんさんを取り出した……かばんさんは助かって、記憶もなくしてなかったんだ。奇跡だよ……あの子だから起こせたのかもね」
「凄いなぁ……」
俺はかばんさんを尊敬した、そんなすごい人……俺じゃとても適わない。
「それから……そのラッキービーストが、その身を張ってセルリアンを海に沈めたんだ。自分ごとね……けど、あのラッキーは生きてた。パーツが一つだけになっても、かばんとサーバルに話しかけたんだ。それからパーティーをした後、海を走れるようにしたバスで、次のちほーに旅立って行ったんだ……しばらく後に、アライグマとフェネックのフレンズも、それを追いかけていったよ。今頃5人で旅をしてるかもね」
「……そんなことが……」
「同じヒトの話だ、教えておいた方がいいかなって思ってね……そういえば君は、よく見たら体に模様みたいなのがあるね……これは何だい?」
それか……どうする、誤魔化そうか? 素直に言ってどうなる?
「い、いや……昔怪我した痕が残っちゃって。もう痛くないんですけどね」
「なるほど、痣か……なら納得いくね」
納得してくれた。誤魔化せて良かった……
「そういえば、君はこれからどうするんだい? 行く宛ては?」
「特にないですね……」
「なら、図書館に行ってみるといい。見た感じ、君もかばんさんと同じで、自分がどこから来たのかわからないんだろう? 図書館に行けば何かわかるかもよ。あそこには博士と助手もいるしね」
そんな場所があるとは知らなかった。研究についても何かわかるかもしれないし、行ってみる価値はあるが……場所がわからないな……歩きながら探してもいいが。
「場所なら心配しなくていいよ。私も図書館に用があるんだ。一緒に行こう」
「え……いいんですか?」
「勿論。君さえ良ければね」
なんて優しいんだ、自分がもっと醜く思えてくる……
「じゃあ、お願いします……」
「早速行こうか……アリツさん、行ってくるよ」
「行ってらっしゃいませ!」
アリツカゲラさんは笑顔で送り出してくれた。こう見ると、深い森林だな……奥が見えない。
「さて……君、寒いところは平気かい?」
「あ、大丈夫ですけど……」
「ならいいんだ、かなり寒いところを通るからね。一応確認だ」
寒さなら慣れている、体から血が大量に流れ出た時なんか、寒くて仕方なかった。
「さぁ行こうか……最初の目的地はゆきやまちほーだ!」
「雪山……?」
「極寒のちほーだよ、常に雪の降る場所さ……温泉に入っていってもいいかもね?」
温泉……観光地か? 風呂に入るのなんて十数年ぶりだな……点滴してるとお風呂に入れないから、体を拭いてもらってたんだ。
「お風呂に入るなんて、何年ぶりかな……」
「夜になる前に温泉宿まで着きたいところだね、夜になると視界が悪いから……行こう、夢決くん」
俺はタイリクオオカミさんに先導してもらいながら、図書館へと向かうことになった……だがまずは、その宿に辿り着くのが先決だ。こうして、俺のジャパリパーク最初の旅が始まったのだった……
「ここがゆきやまちほーの入口……登山道さ。今は幸い、ふぶいてないみたいだね」
「今のうちに登っちゃった方がいい、ってことですよね?」
「うん。私は大丈夫だけど、夢決くんは大丈夫かい? 少し休んでいっても……」
「いえ、お気遣いなく。疲れてないので」
……嘘だ。足が棒のようになっている……だが弱音は吐けない。腐っても俺だって男だ……耐えてやるぞ。
「ならいいんだけどね……じゃあ、登山開始だ」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして俺達は、雪山に登っていく事になった……スリッパだから雪が染みる、足が冷たい……早く登りきってしまおう。
「ふぅ、ふぅ……今どこら辺ですかね?」
「中腹辺りじゃないかな? もう少しだから頑張ろう」
「はい……」
足が強く痛む、体中も同様に。これは、早く着かないと凍死してしまうぞ……
「……! 待った……ちょっと止まって」
「え、何かあったんですか?」
「……奴らの気配がする。多いな……10匹はいるか」
なんの事だ? 立ち止まらなきゃ行けない何かがいる? 10匹も? 誰のことだろう?
「あの、奴らって誰でしょう……?」
「……セルリアンさ。サンドスターロウから生まれる化け物で、性質はさっきも言った通り……先に進んだら、十中八九気づかれる」
「それが10匹も!? 食べられちゃうんじゃ……」
俺がしゃしゃったところで何も変わらない、戦えるのはタイリクオオカミさんのみ……1対10、余りに無謀だ。
「……何匹か倒して逃げる、それしかないだろうね」
「じゃあ……真正面から?」
「あぁ、突撃だ……! 行こう!!」
タイリクオオカミさんの目が虹色に輝き、爪が光った。さっきまでとはまるで違うスピードで、セルリアンの居るであろう場所に向かっていく。俺は……邪魔にならないように、ひたすら走る!!
「来たか……大きさは中くらいが多いな、ここから先は進ませない!」
浮いてて黒い腕のデカい奴が2匹、丸っこいのが5匹、触手が生えてる豆みたいな形の奴が1匹、三日月形が2匹。タイリクオオカミさんは、脇目も振らず突撃して……三日月形の2匹を切り裂いた。やられたセルリアンはすぐに光になって消えてしまった……タイリクオオカミさん、俺の想像の100倍強かった。
「でやぁぁぁぁっ!!」
黒くてデカいのとぶつかり合い、オオカミさんが吹っ飛ぶ……だが、すぐに体勢を立て直してジャンプし、そいつの上から攻撃を叩き込んだ。そいつも爆散したが……後ろから触手が迫る。
「タイリクオオカミさん! 後ろから触手が!!」
「ッ! くっ……」
触手を受け止めて掴んでいるが、攻撃が重いのか押されている。そんな中、後ろから奴らが転がってくる……!!
「くそっ!」
タイリクオオカミさんは上に跳び、触手を全て切ってしまった。だが、さらにその上に黒い奴が……!!
「しまった……ぐぁっ!!」
「タイリクオオカミさぁん!!」
俺は叫んだが、走っていくことは出来ない。そんなことをしたら、足でまといになるだけだ。だが、このまま放置したらタイリクオオカミさんは死ぬ。俺も追いかけられて死ぬ。どうしようもない……
「……あぁぁぁッ!!」
どちらにせよ死ぬならば少しくらい足掻いてみせる。やれるだけやってやる……そう思って、俺はタイリクオオカミさんの落下地点に滑り込んだ。
「あいたた……君! どうして……」
「目の前で死にそうになってるのに、見捨てられるものですか!!」
「その心意気は買うが……この数をどうする!?」
そうだ、俺は無策だ。どうにかしないと……ええい、破れかぶれだ!!
「だぁぁぁっ!!」
腕セルリアンを殴ってやった……が、全く効いてないようだ。奴はこっちを向いて、また腕を振り上げた……
「うぉぉぉぉぉーッ!!」
殴られる前に、ありったけ叩き込む。悔いのないように……少しでも怯んでくれれば、タイリクオオカミさんが倒してくれる。
「……な、何が起こっているんだ……?」
タイリクオオカミさんが、呆然としている……俺の滅茶苦茶な戦い方に呆れているのか? そうしているうちに、俺は腕セルリアンの一撃を喰らってしまった。
「……ん?」
弱い、滅茶苦茶弱い……よく見てみると、セルリアンが小さい。手のひらサイズまで縮んでいる。俺の事を殴っているが……こいつが、縮んだのか? 俺が殴ったから?
「とりあえず……うらっ!!」
石っぽいのを砕いてやると、そいつは小さく爆散して消えた。
「君は何者なんだい……? 殴ったらセルリアンが小さくなるなんて……」
「いえ、俺にもよく分からなくて……でも、これで戦えます!!」
そうだ。セルリアンを小さく出来れば、戦いに貢献出来る。これで俺も……
「ぐぅっ……あがぁっ!?」
突然、強い衝撃が体に走った。さらにもう一発食らってしまい、地面に倒れ伏せてしまう。
「不意打ちとは卑怯だね、触手セルリアン……!!」
タイリクオオカミさんはそう言って、セルリアンに向かっていこうとしたが……
「ぐっ……お前さえ倒せば、他の奴らなんて雑魚なのに……こんな、時に!!」
タイリクオオカミさんから、目の光が突然消え、手からも光が消える。まさかエネルギー切れか? なんてタイミングの悪い……!!
「うぐっ……君だけでも逃げるんだ……」
「そんな……!!」
「私はもう、十分生きたさ……アリツさんとキリンさんによろしくね……」
ダメだ、そんなのダメだ。だが、方法が本当にない。殴りに行くにも間に合わないし、引っ張ろうにも手が届かない。本当にどうにもできない。俺にもっと力があれば……!! もっと腕が長ければ!!
「……なっ!? 君、それは……」
何故か、タイリクオオカミさんを掴むことができた。こっちに触手が伸びてくる……が、それも腕で弾くことができた。なんて硬いんだ……俺の体、こんなに硬かったか? でもいいぞ、力が得られた。
「うらぁぁぁっ!!」
タイリクオオカミさんを優しく地面に置き、片腕を振り上げて触手を殴りつける……すると、触手が千切れて吹っ飛んで行った。ふと、その腕を見てみると……さっきの腕セルリアンの腕になっていた。自分の腕が……これは幸運だ!!
「よし、ありがたく使わせてもらう!!」
「いい漫画のネタになりそうな出来事がいっぱいだね……ははは」
何てツイてるんだ、俺は明日死ぬかもな。そう思いながら石を叩いてやろうとしたが、奴はしぶとく石を守ってきた。
「しつこい……! いい加減にしろ!!」
その腕はついに触手の防御をぶち抜き、石を叩き潰した。そいつは大きく爆散し、一番の強敵は倒した……が。
「あとは雑魚だけだ、まとめて相手にして……ぐぅっ!?」
「!? 元に戻った……?」
突然、腕が人間に戻ってしまった。まさか、俺もエネルギー切れだというのか。しかもタイリクオオカミさんと違って早すぎる、燃費の悪い体だ……!!
「がはぁ……う!?」
「どうしたんだい、大丈夫かい!?」
嫌な音を立てて、片腕が垂れ下がる。突然、腕が折れてしまったのだ……多分、変化の負担に耐えられなかったんだろう。
「まだまだぁっ!!」
まだ片腕が残っている、これを使えばいける。もしかしたら左腕も、同じように変化するかもしれない。そう思って力を込めると……
「今度は光った……!? どういう仕組みなんだ、君の体は!?」
俺の手がタイリクオオカミさんの手のように光っている。多分、強化されているんだと思う。
「行くぞぉっ!!」
まず一匹……!
「うらぁっ!!」
よし、2匹目……! と思っていたら。
「ぐはっ……!?」
「夢決くん! 大丈夫か!?」
思い切り体当たりされ、大きく吹っ飛んでしまう。でも……
「俺は倒れるわけにはいかないんだよ、セルリアン! 大丈夫です、心配しないで下さい!!」
3匹目もやった!!
「でぇいっ!!」
4匹……あと一匹!
「喰らえぇぇっ!!」
5匹!! 殲滅できた……!
「さぁ、行きましょう! 今のうちに!!」
「き、君は……一体?」
「ただの人です!!」
タイリクオオカミさんを連れて、一気に山頂まで駆け登る。ここからは下りだ。
「はっ、はっ、はっ……!!」
強化がいつまで持つかわからない、早くしないと……!! そう思っていると、段々吹雪になってきた。本当にまずい……!!
「き、君は……!! 自分の異常に気づいていないのかい!?」
タイリクオオカミさんが何を言っているのか、俺には分からない。俺は走れてる、足は無事なはずだ。走っている間に、建物が見えた。
「あ、あれが温泉宿だ! 早く入ろう!」
「はい!!」
俺は扉を勢いよく開けて、宿の中に入った。これで凍死は免れたな……みんな無事だ、良かった。
「あれ? タイリクオオカミさん? こんなところまで来てどうしたの?」
「話は後だ、この人が……!?」
「あ、こんにちはヒトです……」
「ヒト!? って……あぁぁっ! 血が!!」
血? やり合ったからそりゃあ血くらい……出て……?
「ぐぁぁぁっ!? あ゛あ゛っぐ……」
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