第284話 憧れのお家-2

「待て待て待て!飛躍しすぎだ!」


こんなしょーもない出来事で離婚危機とか、情けなさすぎる。


全く無意識の発言とは知りながらも、茉梨の口から飛び出した離婚という単語に、一瞬胃の底が冷やっとした勝だが、すぐに切り返した。


結婚があるのだから離婚も当然あり得る。


実際勝の両親は縁あって結婚して、故あって離婚した。


けれど、どうしてか、茉梨とは結婚はあっても、絶対に離婚は無いと信じ切っている勝なのだ。


だから、不意打ちでこういうボールを投げられると、顔面直撃なみのダメージを食らう。


本人に全くその気はなくても。


こういう時、自分の懐のどの部分に茉梨がいるのか痛いほど身に染みて感じる。


心臓を握られているというのはこういう事なんだろう。


女きょうだいの居ない勝にとって、女子の人形遊びがどういうものかはっきりとは分からない。


が、恐らく茉梨が異色であろうことは何となく理解できる。


今度こっそり望月あたりに訊いてみよう・・


「決め台詞も決めポーズも好きにしていい!から、離婚とか言うな」


噛んで含めるように言うと、茉梨が勝の顔を真っ直ぐ見つめた。


すぐに自分の失言に気付いたようで、瞬時に申し訳なさそうな顔になる。


「ごめん。あたしが間違えた。しないよ、離婚なんか」


きゅっと握り返された掌の温もりにホッとして、茉梨の言葉にさらにホッとする。


広がる安堵に漸くひと心地ついた気分で、うん、と頷く。


「んで、キャサリンは、まだ家にあんの?」


繋いだ手を軽く揺らせて勝が尋ねる。


柔らかい指先を絡めながら、少しだけ距離を詰めた。


「あるよー。あたしの部屋のさ、クローゼットあるでしょ?あの上に置いてある。お母さんは、遊ばないなら近所の子にあげたら?って言ったんだけど、勿体なくてあげられなかったんだよねー。キャサリンと過ごしてきた歴史があるからさー」


何となく、前のめりで人形遊びに取り組む茉梨がイメージできた。


きっとリビングで広げた家を囲んで、矢野家の団欒は賑やかに続いたのだろう。


お父さんとお母さんが居て、沢山の兄弟と賑やかな毎日を過ごす。


何一つ掛ける事の無い正しい家族がそこにはあって、陽だまりのような温かい家庭で、繰り返される日常を全力で楽しむ。


「キャサリンの家族は?」


「両親と、おじいさん、後は従姉の猫のお姉さんと、赤ちゃん」


「なかなか面白い設定だな」


「親戚から遊ばなくなった猫の人形を貰ったから、従姉にした。おじいさんはパイプ吹かしてて、畑仕事が得意なの!お父さんは街に働きに出てて、お母さんは村のパン屋でパートしてて・・」


「共働き設定面白いな」


「母ちゃんがね、今の世は共働きが普通だ!男女平等だって」


「ああ、なるほどな」


こんな所にも両親の影響が表れている所が面白い。


「家にはピアノがあって、従姉の猫姉さんが弾いてくれるのそれをBGMにキャシーが登場するのよ」


「へーえ・・なんか茉梨らしいな、それ」


「勝はそういうのないの?」


「ん?」


「折角ホンモノの家族になったわけだしさ。憧れ擦り合わせるなら今のうちだよ」


「憧れ・・なぁ」


急に振られても咄嗟に答えなんて出せない。


そもそも憧れの家庭を重い浮かべる前に、家族に対するスタンスが希薄なのだから、無理があるというものだ。


賑やかな明るい家庭、穏やかな笑顔溢れる家庭。


結婚式のスピーチでよく聞く言い回しが浮かぶけれど、どれもしっくりこない。


家庭・・とか家族、とかそういうんじゃなくて。


自分の心の中にある感情に一番近い言葉を探そうとして、勝は茉梨を見下ろした。


何を望みますか?と言われれば、きっと、真っ先に・・・


「うん」


「ん?なんでも言ってみなさーい。応相談」


「茉梨が笑ってることだな」


一瞬茉梨が目を瞠って、それからこくんと頷いた。


「・・・ん。任された」


「はは。そこは引き受けてくれるんだ」


「当たり前でしょ。信じていいよ」


自信たっぷりに言い切った茉梨に笑い返して、勝はガラスケースの下に陳列された家具たちを見下ろした。


「欲しいのないの?買ってやるけど」


「ほんとに!?」


弾かれたように笑った茉梨が、早速物色を始めた。

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