第285話 家族旅行そのいち
「えーっと・・・参道は真ん中を開けて端を歩きましょう・・・っとぉ!」
早速足を取られた茉梨の腕を掴んで、勝が顰め面を向ける。
折角の旅行だから可愛いサンダルを履きたい!
と言った茉梨を、説得して、スニーカーにさせた功労者は、自分の判断の的確さを湛えつつ、それでも油断できない目の前の相手に説教を始める。
「それも大事だけど、まずは歩きながらガイドブック読むのヤメナサイ」
「いや、だって神様に挨拶行くから・・・っ」
「まーつーりー」
二度目の躓きに、勝が眉根を寄せて声を低くする。
神様にご挨拶の前にケガしてどうする。
とにかく粗忽で危なっかしい茉梨だ。
目を離すと、砂利道に頭から突っ込みかねない。
と、大げさでなく思っている。
昔から過保護、と評される所以は、勝の性格も勿論だが、茉梨の性格のせいでもある。
自由奔放を地で行く茉梨は、どこにでも飛び込むから。
楽しくて、可愛くて、心配で、放っておけない。
胸に浮かんだ本音を飲み込んで、勝は茉梨の腕を離した。
「はーいはい、ごめんってば」
「だから、昨夜気になるとこはチェックしとけっつたろ」
「色々見たっつーの」
「主にメシとお土産と遊ぶ場所な」
「いやいやいや、他にもいろいろー」
「嘘吐け」
すかさず突っ込んだ勝に向かって、ガイドブックを差し出す茉梨。
両手が空になると、途端晴れ渡った夏空を仰いで大げさに自分の肩を抱いた。
「うっわ。疑ってるの?なになに、妻への信頼はもはや0%?夫婦に生まれたひずみは簡単には戻せない?あの日生まれた疑惑が今日この日確信に変わる!夫婦の絆が終わる時!?ジャジャン!!」
独り芝居を前に、勝が静かに溜息を吐く。
久々の旅行でテンション上がってるとは思ったが・・・
今日も明け方からゴソゴソ起き出してたし。
今も昔も楽しいイベントが大好きな茉梨は、日ごろの寝坊助もどこへやら、4時に起床して、朝からおにぎりなんて作ったのだ。
物凄く今日を楽しみにしていた事は、全身から滲み出るオーラで分かる。
子供のようにはしゃぐ茉梨は、素直に可愛いけれど・・・
思い切り昼ドラ的なフリをされても困る。
恐らく、茉梨の中では妻の不倫とか、夫の秘密とか、不健全極まりない単語が渦巻いている筈。
「・・・んで、俺にどーすれと?」
「ここは、全力で受け止めてよ!一緒に疑惑を解明して、妻を心から信じていると言って!あの日、教会で誓った愛は今も変わらないと。あたしの心は今もあなたのものよ!」
顔の横で小指を立てて茉梨が泣きまねをする。
絶対韓国ドラマだ。
勝の中で一つの疑惑が確信に変わった。
100円レンタルで何やら大量のDVDを借りてきていたのはコレか・・・
「昼メロ韓ドラごっこは後で、な」
ハイテンションな妻の髪をくしゃくしゃにかきまぜる。
おにぎりを作っていたせいで、髪をアレンジする時間がなかったらしい。
「後で―?」
「何のために5時出発で伊勢神宮まで来たと思ってる?」
「それもそーねーえ。神様、神様ーあ」
大鳥居を前に漸く参拝モードになった茉梨の指を繋ぐ。
ベビーカーの彼方は朝早かった為まだ眠っていた。
きっと砂利の振動でそのうち目を覚ますだろう。
「お前日傘は?」
「んーん、帽子にしたー」
「両手に何買うつもりだ?」
「甘いものは、既にチェック済みだから、後でおかげ横丁にお供よろしく」
何やら熱心にガイドブックに蛍光ペンを引いていたのはこれか!
勝は昨夜の茉梨の様子を思い出して、肩を竦めた。
「お参りした後でなー」
「分かってるってー後、伊勢うどん!」
「はいはい」
「ほんとは、もっとお伊勢さんのページも読み込むつもりだったんですー」
「あっそ」
おざなりの返事をした勝を見上げて、茉梨がベビーカーを押しながら唇を尖らせる。
「そのつもりが、誰かさんが邪魔しに来たからー途中になったんですー」
誰かさん、とは言わずもがな勝の事だ。
彼方を寝かしつけて、漸く二人きりになったのに、ガイドブックに集中している茉梨が面白くなかった。
楽しそうにペンで色づけ作業をする茉梨を、キスで油断させて、強引に寝室に運んだ。
その後の色々を思い出して、勝が言葉に詰まる。
「それはー・・・」
物凄く気持ち良かったし癒されたので、多少の文句は享受しようと溜息を吐く。
が、茉梨は何も言わなかった。
代わりにつま先立ちになって、勝の頬にキスをした。
「早起きして運転してくれたから、チャラにしとく」
茉梨にキスを返して、勝が意地悪く微笑む。
「・・・なら帰ったら、復路のお代貰う事にする」
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