第273話 おめでたですよ?-2


「風邪のひき始め?」


「かもな。ヨーグルトは?」


「・・・くだもの入れてー」


「分かった・・・その代り薬も飲めよ」


返事をしながら、冷蔵庫に入っているフルーツを思い浮かべる。


今朝のバナナの残りと、昨日スーパーで買ったイチゴ・・・あ、桃缶もあるな。


茉梨は病気の時は必ず桃缶が必要なので。


どんなときでも我が家には桃缶が3つは常備されている。


「イチゴ食べたい!!!」


いきなり茉梨が手を上げた。


「昨日買っといた」


「うそ・・」


「あれ、気付かなかったのか?冷蔵庫の2段目」


立ち上がって、リビングを抜けてキッチンへ。


冬に買い替えたばかりの大型冷蔵庫のドアを開けて、イチゴのパックを取り出す。


それを茉梨に見せてやると、ぱっと顔を輝かせた。


「・・・イチゴって言ったらイチゴ出てきた」


「・・イチゴだけな」


さっそく洗ったイチゴをいくつかガラスの器に入れてリビングの茉梨の許に運んでやる。


「これなら食えそう?」


「いただきます」


「よし」


頷いた茉梨の髪を撫でて、フルーツヨーグルトを作るべくキッチンへ向かう。


そんな俺の耳に、とある単語が聞こえてきた。


それは・・・”妊娠の初期症状”


なんで引っ掛かったのかは分からない。


たまたま付けていたテレビのアナウンサーが口にした言葉。


俺はくるりと振り向いて、イチゴを頬張る茉梨を眺めた。


・・・まさか・・・ねぇ?いや・・・でも・・・


思い当たる節が無いわけでは無いので。



そういや、ここんとこ腹イタで寝込んでないなぁ・・


こないだも、急にグレープフルーツ食べたいとか言ってなかったか?


”味覚の変化”


最近やたらと昼寝する・・・朝もやたらぐずる・・


テレビ見ながらうたた寝はしょっちゅう。


”眠気が続く”



櫛型の桃を一口大に刻みながら、俺はここ数日の茉梨の行動を思い返していた。



そんな俺の耳に、茉梨の声が聞こえてきた。


「こないだの苦い漢方って、食前だったっけー?」


「ちょっと待った!」


慌ててストップをかけて、俺はリビングに取って返す。


茶色い漢方の瓶を持ち上げた茉梨がこちらを見上げた。


そんな彼女の手から、瓶を取り上げる。


「飲んでないな?」


「・・・う・・うん・・・どしたの?」


「たぶん、間違いなく、妊娠してる」


「うっそだーあ・・・ってかバスケしたよ?」


ぺったんこ(と言っていいのやら?)の腹を見降ろして茉梨が呟く。


俺は慌てて車のキーを掴んだ。


全く未知の“妊娠”が茉梨の体にどんな影響を及ぼしているのか分からない。


確かに、ついさっきまで飛んだり跳ねたりしていたわけで・・・


想像するだに恐ろしい。


「大丈夫だから、とりあえず、病院行こう」


「・・ま・・勝・・」


茉梨が掴んだ腕を解いて抱きしめてやる。


「うん。大丈夫だから」


俺が一緒になって慌ててる場合じゃない。




★★★★★★★




車に乗り込むなり、俺は茉梨を抱きしめた。


エンジンを回すのも忘れて、彼女の肩に顔を預ける。


「・・・だから言ったろ」


「何か賭けとけばよかったねェ」


おっとりした口調が返って来て、俺はようやく肩の力を抜くことが出来た。


”激しい運動は厳禁”の時期に小一時間走り回ったのだ。


明日からヒール禁止、ミニスカ禁止・・それから・・


あれこれこれからの事を考える俺の耳に楽しそうな茉梨の声が聴こえてくる。


「勝の言ったとおり、薬飲まなくて良かったあ。妊娠かぁ・・・」


「実感湧かん?」


「・・・だってまだ全然胎動とか無いもん」


「それでも、この中に生きてるってさ」


茉梨の体の中に、ちゃんと。


小さくても、息づいている、命がある。


「・・・どーしよ・・・ママですってよ」


嬉しそうに笑った茉梨に触れるだけのキスをして


後れ毛が落ちる項をなでる。


「予定日までにぼちぼち慣れりゃあいいよ。・・・つか、愛情の形、あるじゃん、ここに」


「3日以内っていうか・・すでに居たねェ」


「形にして欲しいとか言ってたけど?・・・感想は?」


「・・・嬉しい・・・けどちょっと不安」


「俺はだいぶ不安」


「・・・えー」


眉根を寄せた茉梨の頬を撫でる。


茉梨の人生引き受けるのだって凄い勇気を要したのに。


これから、俺達を繋ぐ新しい命が生まれてくるのだ。


怖くないわけがない。


でも、それでいいと思う。


過信しすぎるよりは、ずっといい。


専守防衛の方が得意なのだから。


「でも、お前のためなら頑張れると思う。茉梨の抱えてる余計な不安は、俺が引き取ってやるから。これからは、体のこと一番に考えること。いいな?」


「はーい」


笑って頷いた茉梨に、もう一度キスをしてエンジンをかける。


そんな俺の腕を引いて、茉梨が耳元で囁いた。


「・・・愛してるよ?」


何も言えなくて、彼女の左手を飾るシンプルなマリッジリングにキスをした。

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