貴崎家 家族編  

第272話 おめでたですよ?-1

アスファルトの上を弾むオレンジのボール。


まるで自分の手の一部みたいに自在に操って切りこんでくるのは柊介。


バスケ馬鹿の名を欲しいままにしている悪友。


ゴール下で待っていた井上に、まさにドンピシャでパスが通る。


幼馴染の抜群のコンビネーションには敵うはずもなく。


一拍遅れてゴール下に回り込んだ茉梨の手の上を綺麗に抜けていくボール。


1秒後には弧を描いてリングネットを揺らした。


「はい10点差ー」


パチンと手を叩きあって井上が得意げに笑う。


つくづく歌っている時と、バスケしているときが一番楽しそうなヤツだ。


「柊くんから多恵へのパス禁止ー!!」


悔しそうに地団駄踏んだのは茉梨。


座りこんだ彼女の頭をくしゃりと撫でて、俺はその隣にしゃがみこむ。


「それじゃ2対2になんねーよ」


「じゃああたしがシュート打ったら3点にして!」


「・・・いいけど?」


あっさり井上から了承が出て、ますます眉根を寄せる茉梨。


「納得すんなー!!」


そんな茉梨を見下ろして、柊介が苦笑いする。


「妙なとこで正義感強いよなぁ」


「ズルして勝っても意味は無くてよ!」


「へばってるくせに偉そうに言うなって」


立ち上がるそぶりさえ見せない茉梨に向かって手を差し出してやる。


いつまでも地べたに座らせとくのは頂けない。


「ジョギングでもするかね?」


名案といったように目を輝かせる茉梨。


けれど、すかさず


「三日坊主」


と井上の突っ込みが入る。


「勝!朝のウォーキングなんてどう!?」


人差し指を立てて笑う茉梨の腕を引っ張りながら俺は


重たい溜息を吐いた。


「・・・朝30分早起きするのだって難しいくせに」


「努力はしてるでしょー!!」


「目ざましわざと部屋の端に置いてるもんなーはいはい偉い偉い」


スカートの埃を払う茉梨がギロリとこちらを睨む。


「・・・愛はあるのか?」



愛情?もちろんありますよ。


おおっぴらにしないだけで。


っつか大っぴらにする必要もナシ。


なので・・・


「・・・そりゃあそれなりに?」


「それなりってどんくらい!?」


身を乗り出してきた茉梨の前に、人差し指と親指を5センチほど広げて見せてやる。


「こんくらい?」


「そんだけ!?」


「いやいや、高さはこれでも、幅はめちゃくちゃあるよ?」


「・・・あんたの愛は横長なの?」


「形に拘るな、形に」


そういうのは目に見えんのがいいんだろが。


こないだ流し見したメロドラマでそんなこと言ってたような、言って無かったような??


何とかこの話題を切り抜けようとする俺。


柊介と井上(これでも超新婚)はにやにやしながら俺達のやりとりを見守っている。


「・・・形にして欲しい時もあるのよ?」


珍しく的を得た答えが返った来た。


こういう予期せぬ事態に全く不慣れな俺。


「そんな女の子みたいなこと言われても・・」


「・・・離婚ね」


重たい溜息を吐いて茉梨が呟く。


「うっわ・・またそんな大袈裟な」


「大げさでないし!!あたしの中のなけなしの女の子部分は鋭いナイフによって切り裂かれたのよー!!」


一応なけなしって思ってんだ自分でも・・・


妙なとこで関心ながら、俺はとりあえず目の前の膨れた嫁を宥めにかかる。


「あー・・うん・・じゃあまあ。そのうち形にしよーなーそのうち」


「3日以内でお願いします!!」


「善処します」


「・・・卑怯者」


「卑怯じゃねえだろが卑怯じゃあ」


耳の高さでひとつにまとめられていた茉梨の髪を解いてかきまぜる。


と、珍しく茉梨が全体重をこちらに預けてきた。


「・・・くたびれた」


「食欲はー?」


「んー・・・あんま何も食べたくないー」


結局あの後もぐったりしたままだった茉梨を連れて帰った午後18時。


前髪をかきあげて、額をぶつける。


「熱はー・・・ないなぁ」


風邪ひかせた?


(ひいたでは無く、ひかせたなのがポイント)


風呂上がり、薄着のままでウロウロしていたのを放っておいたので。


前髪の上からキスをして、羽織らせていたブランケットを引っ張り上げる。

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