第274話 向けた背中は拒絶じゃなくて-1
「勝だけずるい!!」
大声で宣言したかと思えば、もう知らん、とそっぽ向かれて、勝は頭を抱えたくなった。
「ずるいったって・・・なあ・・・怒んなよ」
「怒ってない!拗ねてるだけ!」
「・・・あー・・そう・・」
本人は物凄くご立腹で、腹に据えかねているんだろうが、こうして背中を向けて”拗ねてる”と言われると、申し訳なさよりも、愛しさが込み上げてくるのはどうしようもない事だ。
抱えた膝に顔を伏せた茉梨の華奢な背中を見つめながら、勝は緩む頬を押さえた。
”茉梨ちゃんって可愛いよねぇ”
よくご近所さん、仲間内で耳にする言葉。
適当に聞き流すか、どうも、と笑顔で交わすかしているが、可愛いんじゃない。
物凄く、可愛いのだ。
とくに今日は。
妻を甘やかす天才がお隣の秋吉俊哉だとしたら、茉梨は夫に甘える天才だと思う。
絶妙のさじ加減で、勝の懐に入り込んでくる茉梨はいつも勝を翻弄して、陥落させる。
”甘やかす”よりは”甘えられたい”自分としては、茉梨の行動や仕草何もかもがツボなわけで。
そんな彼女が時折今日のように”甘えない”と突っぱねるのもまた可愛い。
いつもなら甘いもので釣るか、好きなことで機嫌を取るのだが。
今日に限ってはそのままでもいいかな、と思えた。
”拗ねる”のは”好き”だから。
愛情があるからこそ生まれる感情。
今の自分の気持ちを言葉にするなら、拗ねてふくれて、お好きにどーぞ?と言ったところだ。
勝はこちらを振り向こうともしない茉梨の真後ろに回ると、よいせ、とその体を腕の中に抱き込んだ。
膝を抱えていた茉梨の身体は、肩を引っ張られた事でコロンと後ろに傾いた。
その隙に全体重を受け止めて、逃げられなくする。
起き上がろうにもかなわない体勢に茉梨を押し込めて、勝は膨らんだ頬にキスを落とした。
「もお・・やだっ・・拗ねてるっつったでしょ!」
身を捩る茉梨が腕を振り上げる。
その手を掴んで、纏めてしまった。
綺麗に抵抗を防いで、キスの続きをする。
「拗ねてていいよ・・」
「ずっと拗ねとけってことか!?」
「なんでだよ・・・ほどほどストレス発散すりゃ、機嫌も直るだろ?
身体に負担にならん程度に発散するのはよし」
宥める様に今度はこめかみにキスを落とす。
渇いた唇が茉梨の肌に触れるたび、長い睫毛が震える。
「俺も行くのやめとくよ」
茉梨が臍を曲げる原因となった出来事を思い出して、勝が告げた。
茉梨の機嫌を損ねてまで参加する必要なし、と結論付ける。
「なんでそーなんのさ!」
「なんでっていってもなぁ・・・まあ、一人で言ってもしょーがないっつーか」
「そこは羽根伸ばしてくるぜ!とか言って、あたしがさらに拗ねるとこでしょーが!!」
「なに。お前はもっと頬膨らませたいの?」
「あたしが拗ねんのと、勝が楽しみ減らすのは、別問題だと思う」
「・・・分かってるよ。俺がズルいのは、行くなってんじゃなくて、いまの状況だろ?」
「・・・うん」
勝の的確な指摘に茉梨が小さく頷いた。
よしよしと、茉梨の頭を撫でて、勝がカレンダーに視線を移す。
せめてもーちょっと安定期に入ってればなぁ、と呟いた。
「連れ歩くのは俺が不安」
「でしょうねぇ」
何分初めての妊娠で、右も左も分からない心配パパなもので。
こと茉梨に関しては、過剰に心配する勝の過保護っぷりはこの数か月でさらにその度合いを増した。
そそっかしいし、危なっかしい。
出来れば一人で外出させたくない。
さすがにそこまでがんじがらめには出来ないので、くれぐれも気を付ける様に、と言い含めてはいるものの、やはり心配の種は尽きない。
順調にお腹で育っている子供の様子を聞くたびに、どうかこのまま無事に生まれて欲しいと祈らない日は無い。
世の父親はみんなこういう気持ちを抱えて生きて来たのだと思うと、通勤で見かけるサラリーマン全員に頭の下がる思いだ。
そんな状態だってので、団地組からのドライブとバーベキューのお誘いも、最初は断ろうと思った。
が、久々に他の友英メンバーを来ると聞いて、茉梨が一人でも行ってきなよ、と背中を押した。
皆の様子も知りたいから、という彼女の意見を尊重して参加を決めたが、昨日になって、この際だからと教師陣にも声をかける事にしたという連絡が来た。
こうなると、ミニ同窓会だ。
行っておいでと言ったものの、羨ましさが爆発して身勝手な自分も分かるから”拗ねる”ことにした茉梨。
その気持ちがわかるが、長時間ドライブは心配だし、周りにも気を使わせる。
何かしてやりたくても、どうしようもない勝は、茉梨の不機嫌を受け止めるより他になかった。
妊娠は病気じゃない。
でも、お腹の中で新しい命を育むのは、決して簡単な事でもない。
これからこの世界に生まれる人間1人の人生を、一時的に預かっているのだ。
彼か、彼女か、まだ分からない小さな誰かを。
自分の一部のようでそうじゃない。
だから、慎重にならなきゃいけない。
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