第270話 もうちょっと付き合って -2

なんちゅーか、あれだ。適材適所だ。


カズ君当たりなら言っても似合いそうだけど。


一通りの結論が出た所で、勝が思い出したように言った。


「望月見て思ったけどさ、お前も泣くか笑うかのどっちかしかしてなかったよな」


「う・・え?結婚式のとき?」


「うん。笑ってるな、と思ったらすぐ泣いて、また泣き止んで笑って、ほんと見てて忙しなかった。まあ、お前らしいっちゃらしいけど」


「いやだってあれサプライズでされたからね!?そりゃびっくりして嬉しくて泣くし笑うさ」


「まーなー・・あの時は確かに、俺も思った」


「うん・・・何を?」


そうかそうかと話の流れで頷きかけて、浮かんだ疑問に再び視線を持ち上げる。


暗がりの歩道で、先に見える段差に気付いた勝が、軽く茉梨の手を引っ張った。


窪みに足を取られない様に避けて、歩幅が大きくなる。


バランスを取るために繋いでいる勝の腕に寄りかかったけれど、びくともしなかった。


茉梨が体勢を戻すまで強く握り返していた手をの力を緩めて、勝が溜息を吐く。


「訊くな」


「ええ?なに、独り言かい」


「まあ、そういう事で」


言葉を濁した勝が、見えて来た愛しの我が家に視線を向ける。


突っ込んでも教えてくれなさそうだし、何だか彼が幸せそうなのでまあいいかと思って引き下がる。


了解、の意味を込めてきゅっと指先を握り返した。


「久しぶりに夜の散歩したな」


「ほんとだ・・夜出掛ける事少なくなったもんねー」


結婚してから夜は家で過ごす事が増えた。


”お家に帰ろう”という気持ちになるのは、ふたり暮らしが染み付いて来た証拠だ。


「鍵出しまーす!」


パーティーバックを開けてキーホルダーの付いた鍵を取り出した茉梨が玄関を開ける。


上り框に足を踏み入れると、急に爪先が痛んで来た。


どっと肩の力が抜けて、緊張が緩むのを感じる。


「たっだいまー!お疲れ様ー!んでお帰りー!」


「お帰り、お疲れ。ただいま」


鍵をかけた勝が廊下に紙袋を置いて、早速ネクタイを緩める。


茉梨が愛用のスリッパに足を入れると、一気に足の裏がジンジンして来た。


脚が悲鳴を上げている。


「紙袋持とうか?」


もうヒールも履いていない事だし、と手を伸ばすとその手を捕まえて勝が引き寄せた。


段差40センチのせいで、茉梨の視線が上になる。


「荷物はいーよ。それより、茉梨。ネクタイ解いて」


「・・なぜに?」


「した事ないだろ?」


「ない・・だってあんたスーツで出勤しないし」


「だよな。だからこういう機会でもないとさせらんないから。やり方わかる?」


「んー・・引っ張る・・?」


襟元に伸ばした手をネクタイの結び目に引っ掛ける。


「正解」


勝が笑う。


「うち学ランだったしねー・・だからか、なんか見慣れないの。ちょっと知らない人みたいな気がする」


「おい、旦那捕まえて知らん人とか言うなよ」


「えええ、だっていかにもサラリーマンって感じだから、変な感じがするし」


「まー・・分からんでもないけどな」


「あ、そうか。これ正しい新婚さんごっこだ!うちに欠けてるやつ!」


するするとネクタイを引っ張ってほどいた茉梨が、ご丁寧に第一ボタンを外してやりながら言った。


「今日も一日お疲れさまでした、あなた。よし!」


瞬きをした勝が、茉梨の腰を抱きしめたまま眉根を上げる。


「・・・よし、はいらん」


「いや、なんか満足したなと思って」


こんな風に夫婦定番のやり取りと言うものをすっ飛ばして来てしまった事に今更ながら気付く。


まあ、夫婦の形はそれぞれというから、問題はないけれど。


笑みを浮かべる茉梨の頬をひと撫でして、勝がポツリと言った。


「あーそう・・・んじゃあもうちょっと付き合って」


茉梨の腰を抱く腕を太ももにずらして、そのまま靴を脱いで廊下に上がる。


「ひゃ!」


慌てた茉梨が勝の首にしがみついた。


抱き上げられるとは聞いていない。


足の裏が痛いので運んで貰えるのは非常に有難いですけどね、と思いつつ大人しくしていると、勝あやすように背中を撫でた。


その手が心地よくて瞬間的に力を抜いてしまう。


笑った勝が言った。


「重い」


茉梨も笑い混じりの声で返す。


「煩いよ」


「下していいか?」


「リビングのソファまでよろしくお願いしまーす」


「・・・はいはい」


頷いた勝が、ゆっくりと廊下を歩き始めた。


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