第269話 もうちょっと付き合って-1

「はーあ・・可愛くて綺麗で天使みたいだったぁ・・いや、もう女神か?女神様の妹だからやっぱり女神?」


「頼むから歩きながらカメラ画像見るのやめれ。望月は確かに文句なしに綺麗で可愛かった。それはもうなんべんも聞いた。お前今日ヒール。


すっ転んだら目も当てれん展開だからな」


引き出物を手に駅から歩くのはさすがにきついだろうと、駅に着くなりタクシー乗り場に直行しようとした勝を制したのは茉梨だった。


本日の茉梨の装いは、結婚式出席に相応しいフォーマルなデザインのドレスだ。


オレンジのタフタ生地に花柄の総レースが重ねられた華やかな膝丈のドレスは、ふんわりとAラインにふくらんで可愛らしい印象を与える。


足元はパールのストラップが付いた9センチのハイヒール。


しかも華奢なピンヒールだ。


歩くことに最も適さない格好にも関わらず、気分が良いから歩いて帰ろう!と徒歩を選択した。


ガーデンウェディングに相応しい、晴天に恵まれた一日だった。


芝生と新緑が青空と絶妙のコントラストを醸し出していて、生成りの優しい色合いのウェディングドレスを身に纏ったひなたは、まるで妖精のようだった。


ふわりと笑う姿は天使のようで、厳かに永遠の愛を誓う表情はさながら女神のようだった。


とにかくもう最高に綺麗で可愛くて、幸せそうで、見ているこちらまで愛情で満たされるような結婚式だった。


自分の結婚式の事がちらほらと思い出されたりして、涙腺が緩みっぱなしだった。


何といっても、和田とひなたがお互いを意識し始めた頃から知っているので、もう母親同然の心境だ。


学生時代からの夢を叶えて、母校で教師の職に就いた和田に向けて、在学生からのメッセージが届いていて、映し出される校舎の様子に、ふと気持ちが高校生に舞い戻ったように思った。


制服が最強の戦闘服で、学校が最大の遊び場だった頃。


誰かと比べた事などないので分からないが、自分としてはどこに出しても恥ずかしくない最高の青春だったと茉梨は思っている。


幸いなことに、学校が嫌いになる事は一度も無かった。


周りの人間に恵まれていたのだろう。


とくに、相方に。


ちらりと横を見ると、重たい荷物を引き受けてパンパンになった紙袋を下げた勝が、ん?と視線を向けて来た。


もう随分見慣れた角度だ。


だからたまに階段で見下ろすと物凄い違和感を覚える。


いつもより視線が近いのは、久々に足を入れたハイヒールのせいだ。


靴擦れ予防に、ジェルパットと滑り止めを装備したので一日乗り切ることが出来た。


手にしていたおもちゃみたいなパーティーバッグをくるんと振り回す。


矢野家から拝借した一眼レフを持っている手を持ち上げると、勝が慌てたように片手を差し出した。


「おっまえ、それ超高級品だからな!扱いは慎重に!」


画面から目を離したと思ったら、ハンドバックみたいに扱う茉梨の無頓着すぎる使用方法が不安でしょうがないらしい。


「はいよーう」


「っとに・・返事だけは一人前・・」


呆れたように言って、勝がいつものように茉梨の後ろ頭に向かって手を伸ばして、途中で動きを止めた。


朝から四苦八苦してまとめ上げた髪には、パールのピン止めがランダムに刺さっている。


軽く舌打ちした勝が行き場を失くした手を、茉梨の持つカメラに向けた。


「家帰るまで没収」


紙袋の中に入れて、空になった手を優しく握る。


そういえば、今日はいつもよりもずっと歩くのが遅い。


茉梨の歩幅に当たり前に合わせている勝に、違和感を覚えた事はこれまでもなかったし、これからもきっとない。


これも気遣いの一種だと忘れさせてしまう位、自然に勝は茉梨の隣に並ぶ。


”待ってー”と彼氏を小走りに追いかける彼女の画は、可愛いなとよく思うが、実際のところあの状況になった事はなかった。


先に駆け出すのはいつだって茉梨の方なのだ。


スニーカーでも、ヒールでも。


後ろから近づいて来る足音が隣に並んで、それからずっと離れない。


「合わせてんの?」


自分自身よく分かっていないままで質問を口にした。


カツカツ鳴るヒールが逆に新鮮で少し楽しい。


リズムを刻むように規則正しく重なる足音。


基本出掛ける時はスニーカーで揃える事が多い二人が、革靴とハイヒールでいると、変な感じがする。


スーツにネクタイを合わせる勝の姿を見たのなんて、会社の新年会に行く彼を見送って以来だ。


1年に数回着るかどうかというレアアイテムを身に着けた彼は、普段よりずっと大人に見える。


茉梨の視線の先を確かめて、意味を理解した勝がああ、と頷く。


「何となくそうなるだけ。あんまり考えた事無いな」


「そこは当然君の歩幅に合わせてるんだよマイハニーとか言うとこだから!」


物凄く疲れた顔で勝が茉梨を見下ろした。


「なあ、一応聞くけど、お前それ言われて嬉しい?」


「・・・いやー・・嬉しかない・・」


「だろ」


とりあえず勝がそんな事を言い始めた日には、勝の熱を測るだろう。


茉梨の言動から健康状態を把握する勝のように。


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