第266話 おやすみダブルベッド-2

「っ・・・へへー」


「なに・・」


「んーんー・・以心伝心嬉しいなっと・・・お布団ぎゅーってして」


抱きついた茉梨をぎゅっと抱きしめて、その上から布団で包みこむ。


ほうっと息を吐くと、勝が前髪を撫でた。


「包んでも包んでも布団蹴るんだもんなぁ」


「それが取り柄で欠点です!」


「どのあたりが取り柄かは、起きた後で聞いてやる。茉梨、潜り過ぎ。熱くなるから布団蹴るんだろ?」


勝の胸元に顔を埋めて丸くなったら、軽く布団を引き下ろされた。


この家に引っ越してきた時に購入したダブルベッドは、ベランダを頭にして片側を壁につけて設置されている。


先にベッドに入るときは良いが、勝が眠っている場合は、足元からよじ登ってベッドに入る必要がある。


それも全て、茉梨がベッドから落ちるのを防ぐ為だ。


アパート時代、毎晩転がり落ちる茉梨を心配して、勝がベッドを撤収➡矢野家へ寄付という事件があった。


アパートの倍はある広い新居では、何がなんでもベッドで寝たい!と茉梨が訴えて、この形で置かれる事になったのだ。


おかげで茉梨が落下する事は無くなったけれど、寝ている勝が目を覚ます事が増えた。


茉梨は寝つきの良い日は、多少の衝撃では起きないし、寝る位置的に殆ど勝の行動に影響を受けない。


だから、勝を起こしてしまう事には申し訳なさを勿論覚える、が、それよりも、いまもこうして起きてくれた事が、その数倍嬉しい。


勝は眠りが浅いので、眠りを妨げるのは尚更良くないのだが、嬉しいものは嬉しいからしょうがない。


「いーの、寝るときはすっぽり覆われてたいのー。包んでたも」


「・・お前知ってる?ちゃんと布団被ってんの、最初の20分くらいだからな。


すぐ上に上がって来て、布団蹴るんだぞ」


「知らん知らーん。てか、むしろそれ知ってたらちょっとしたホラーじゃない?」


「まー、そうか」


勝の返事に、そうだそうだと頷いてやる。


眠っている間の自分の行動を記録していたら、それはもうたぶん人間じゃないよね?


最新型のロボットか、はたまた魔法使いだ。


今の気分的には魔法使いに一票。


宇宙の平和を守るのは、宇宙警察にお願いしたい。


魔法のほうがなんか夢があるし、いける気がする。


よくわかんないけど。


「選ぶなら魔法使いのほうでー」


「は?」


「宇宙よりは世界平和を守るのが現実的だよねぃ。箒乗ってさ、魔法の杖振ってさぁ」


「うん?なんでそんなファンタジーに」


「人が出来ないことやろうと思ったら、もう奇跡とか魔法に頼るしか無くない?」


「・・ああ、それ。もしくは幽体離脱」


「ええーそれはやだ。夢が無いし怖い」


「お前が好きだ好きだ騒いでた主人公、幽霊になってなかったっけ?」


「正確には魔界人ー彼は別格ー殿堂入りー」


「殿堂入りとかあんの」


呆れた顔で勝が笑う。


「ぐるーってしてぇええ、たも」


布団に埋もれてしまうと、自分では肩周りの布団を引っ張ることが出来ない。


「もーなに、いつから麻呂?」


勝がやっと平安貴族ごっこ(仮)に気づいた。


いや、気づいてはいたんだろけど、面倒くさくて放っておいたんだろう、限界まで。


それでも茉梨の要望に答えて布団でぎゅっと茉梨を包む。


「朝からー。テレビでやってたの。布団蹴ったら被せてたもー」


「被ったまま寝る努力しろよ、って無理か」


勝が呆れた口調で言って、僅かに覗いた茉梨の頭を撫でる。


そんな事出来ていたら、この10年同じ事を繰り返していない。


勝がほんの少しだけ布団をずりさげて、熱がこもらないように調整する。


このあたりの微調整は慣れている勝にしか出来ない。


「ネムネムたも」


欠伸を漏らした茉梨がモゾモゾと手を持ち上げて、目を擦った。


「こら、また充血すっからー」


朝起きてきた茉梨の目が、ウサギみたいになっていて、慌てて眼科に駆け込んだのは2週間前のことだ。


結膜炎と、乾燥を抑える目薬を処方されたものの、放っておけばすぐに忘れる茉梨に変わって、目薬管理をしたのはやっぱり勝だった。


「んー、もうしないー」


「茉梨、そういや目薬もう無くなった?」


「んーまだちょっとある?かも?」


「起きたらさすこと」


「覚えといて」


ボールを投げ返して、茉梨が身じろぎする。

 

察した勝が、腕枕の角度を少しだけ変えた。


「あーはいはい。これでいいか?」


いつもの定位置に頭が収まっているかの確認だ。


ここで落ち着ける場所に収まらないと、途端寝つきが悪くなる。


モゾモゾと動いて確かめた茉梨が、もう一度身体を丸くする。


「んー・・?・・よし、たも」


「・・まだやんの」


呟いた勝が僅かに見える前髪の上からキスをする。


「うむ、よきに計らえ」


当分平安貴族ブームは続く予感がしていた。


口にしたら楽しさが倍増するのだ。


「寝ろ」


布団の上から勝が茉梨の背中をポンポン撫でる。


寝かしつける、が正しい。


ふわぁ、と茉梨がもう一度欠伸をした。


勝の体温と、布団のぬくもりがジワジワ手と足を温めてくる。


「寝るー」


宣言したら、勝が静かに言った。


「はいはい、おやすみ。また明日な」

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