第280話 絶対、ずっと

隣りに腰かけてた妊婦さんのオハナシ。


「予定日いつですかぁ?」


会計待ちの手持無沙汰を紛らわすために(今日はひとりで検診にやってきたので)尋ねてみたら


「来年の春なんです」


笑顔と共にそんな答えが返ってきた。


「へー・・・うちと一緒です。あたしも4月が予定日なんです」


「あら・・もしかしたら、小学校とかで会うかもしれないですよねー」


「ですねー」


こんなとこでママ友作っとくのも悪くない。


人見知りしないのがあたしの良いとこです。


「今日は、ご主人、一緒じゃないんですか?いっつもふたりで来てらしたでしょう」


「そうなんです。いつもは、旦那の休みに合わせて来るようにしてるんですけど・・・」


インフルエンザで続々と社員が倒れたために急きょ休日返上で出勤とあいなったのだ。


「あらー・・・じゃあ、寂しいですねェ仲良いご夫婦だなぁっていつも見てました」


「ありがとうございますー。寂しいんですよねー」


「・・・素直・・」


「あははー時と場所を選べとよく言われます」


”もー・・おまえはー・・”呆れたみたいな勝の声。


今朝離れたばかりなのに、思い出すと胸の奥がちょっと苦しい。


妊娠中は情緒不安定になるからそのせい?


「いいなぁー。うちは、主人すごく忙しいから・・病院なんてほとんど一緒に行けないんですよ。朝早く夜遅い仕事だからすれ違いも多いし」


「・・・それはー・・ちょっと・・寂しいですねェ」


「でしょー?」





高校卒業しても、離れなかった。


場所が学校から勝の部屋に移っただけで。


あたしたちはいつも一緒だった。


もちろん、大学と、会社。


別の場所で日中は過ごしていたけれど。


夜は大抵、二人揃ってあの小さい部屋でごろごろして過ごしたっけ。


あそこ以外に”生きる”場所なんて思い浮かばなかったな。


他を選ぶなんて、考えもしなかったな。






「・・・あたし、朝も一緒でしたけどもうすでに、今ちょっと寂しいですよ?」


あたしの一言に妊婦さんが目を丸くしてそれから小さく噴き出した。


「やだ・・・私なんて朝、見送りに起きれて良かったなって思ってるくらいなのに・・・寂しいって気持ち、麻痺しちゃってるのかしら?」


「・・・麻痺は、してないと思いますよ?見えないって思いこんで忘れたフリしてるだけです・・きっと。赤ちゃんも抱えてるのに、それ以上にあれこれ抱え込むのは良くないですよ?ちょっとでも、吐き出した方がいいです」


「・・・そうよねー・・」


「ちなみに、あたしは寂しい時は相手の気持ちなんて構いません。抱きしめてほしい時は、遠慮なく抱きついちゃいます。じゃないと、気づいて貰えないこともあると思うし」


腕を伸ばして、妊婦さんを抱きしめてみる。


励ますみたいに、背中をぽんぽん叩いたら彼女が嬉しそうに


「ありがとう」


と笑った。





★★★★★★★



「たっだいまぁー母ちゃんー」


「はいはい!お帰りー。上がんなさーい」


懐かしの矢野家に足を踏み入れる。


”今日は、俺遅くなるから実家に帰ってろ。ちーちゃんたちも、今日は飲み会で遅くなるって言ってたから。夜までひとりになるし”


という勝先生のお達しで、実家に里帰りなのだ。


お隣のちーちゃんが定時で帰ってくるときには、秋吉家にお邪魔したりして一緒に過ごしてもらってるんだけど・・・



板張りの廊下を抜けて、勝手知ったるリビングに入る。


母ちゃんが台所から顔をのぞかせた。


「おかえりー。検診どうだった?」


「んー至って順調。超健康」


「そう。良かった良かった」


「仕事、休ませてごめんね?」


「ああ、いーのよー。たまには息抜きも必要でしょう」


いまだに現役保険外交員の母ちゃんはあたしの為に、ちょくちょく有休を使っては家にやってきたり、こうして実家に呼んでくれたりする。


「お昼まだでしょう?」


「まだー」


「茉梨の好きなタラコスパゲティ作ったのよ」


「大葉入ってる!?」


「もちろん」


「やったー!食べるー!!母ちゃん最高!」


「でしょう?ほらほら、手洗ってきて。ちゃんとうがいもしなさいよー?」


「らじゃー!」


「そうそう。お父さんが、さっそく育児雑誌買ってきてたわよ」


「気ィ早・・」


「それくらい楽しみってことでしょー」



この家に帰ってくると、あたしがどんなに大事に育ててもらったか改めて実感させられる。


興味を持ったことは、なんでもやらせてくれた。


よほど悪いことをしない限り”ダメ”と否定されたことは無い。


あたしが見つけた色んなことを一緒に楽しんでくれる両親だった。


決して裕福な家庭じゃなかったけどかけられた愛情は、ほんとに底知れない。


あたしは、恵まれていたと思う。



”茉梨が、楽しいなぁと思ったこと。面白いなぁと思ったこと。なんでもいいから、父ちゃんと母ちゃんに教えてほしいな。それを、一緒に愉しんで3人で生きていきたいんだよ”


いつだったか、父ちゃんがあたしに言ったことだ。



きっと、あたしもお腹の中の子供に同じこと思う。


”いつだって、人生を愉しんで”


自由に、生きていってほしいから。





”お前の子供で生まれたら幸せだろうな”



妊娠が分かった直後に、勝があたしのお腹に触れながら言ったこと。


どうして?と問いかけたあたしに


”・・なんでって・・言われても・・・だって茉梨から生まれるんだぞ?色んな意味で最強じゃねェ?”


としみじみ勝が頷いた。


もし、生まれた子がいつかそんな風に思ってくれたら嬉しいけど。



母ちゃんの子供で良かったよ。


って。


最高の褒め言葉じゃない?




★★★★★★★





「こんばんはー。茉梨ー迎えに来たぞー」


玄関のドアが開く音がする。


あたしは、ドンジャラの手を止めて立ち上がる。


「おかえりおかえりーぃ」


廊下に向かうあたしの背中に、父ちゃんが呼び掛ける。


「茉梨、勝に上がるように言いなさい」


「ドンジャラにまぜる?」


「当然」


微笑む父ちゃんに続いて母ちゃんがザックザク牌を混ぜ始める。


「じゃあ、仕切り直しねー。ハーイ崩す崩すー!!」


廊下に出るあたしの耳にふたりの会話が聴こえてくる。


「・・・母さん、負けそうだったんだろう」


「おーほほほ。なんのことかしらっ

あ、お父さんもう一杯飲む?」


「いや、茉梨も勝も飲めないし、やめとこ。ふたりに付き合ってお茶にするよ」


「はいはい」


相変わらずな夫婦ですねー。


廊下に出ると、こちらにやってくる勝を発見した。


なんか、ウチと違うので若干違和感がある。


もうすっかりあの家があたしの家になっているのだと実感した。


「おっかえりー!」


思わず小走りになったあたしに向かって勝が慌てて声を上げた。


「こら、走るなっ・・・で、なに。どした?」


文句言いつつもちゃんと腕広げて抱きしめてくれるところが勝らしい。


「あのね、絶対、ずっと、そばにいてね?」


「・・・・・」


ちょっと黙り込んだ勝が、あたしと視線を合わせてから後ろ頭をぽんぽん叩く。


慰めるみたいな、優しいキスが額に落ちてきた。


「絶対、ずっとな」


小さく呟いたその声を聞いてホッとする。




勝は、あたしの”言わない部分”


分かってくれる、ずっと、最愛のヒトです。

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