第289話 貴崎さん家の雪だるま 

「はーい!!起床ー!!起きた起きた―あ!!!」


遠慮なく布団を引っぺがされて勝は毛布を引っ張り返しながらくぐもった声で問いかけた。


「・・・なに・・もう時間・・?」


いや、そもそも茉梨が朝からこのテンションである事が可笑しい。


今日は勝はいつも通り仕事だ。


別段朝から予定があるわけでもない。


もし彼方が熱でも出しているならもっと悲壮感漂う声で呼びかけてくるはずだ。


茉梨がご機嫌で、且つうきうきと勝を起こす。


「何があった?」


仕方ないので体を起こす。


と、茉梨がビシッと窓の外を指した。


「外を見よ!」


「は・・・?・・わ・・」


言われるままに視線を動かして窓の外を見て勝は言葉を無くした。


屋根が、白い。


今も雪が降り注いでいる。


「マジで?」


「そーなの!凄いでしょー?」


「すげーな・・」


「もうさ、やるしかないよね!!」


「・・・あー大体分かった」


茉梨とは14歳からの付き合いだが雪が積もるたびに茉梨がしたがる事、それはいつも決まっている。


結婚しようが子供が生まれようが、茉梨の本質的な部分は何ら変わらない。


そのことに安堵する。


恐らく我が家の車のボンネットも真っ白だろう。


早めにエンジンかけないとマズイな・・・そんな事を思ってベッドから降りた。


「今何時だ?」


「7時半!」


「はやっ・・ちなみに何時にお目覚めデスカ?」


「6時半!ご飯出来てるよー!」


「さすが・・茉梨。彼方は?」


「まだ寝てる。雪溶けるまでに起きてくれるかな?」


「さー・・どーだろな」


伸びをして窓の側に歩み寄る。


見事に白く染まった街は写真に撮って残しておきたい位に綺麗だ。


高台という事もあって眼下にいくつも雪を被った屋根が見える。


「雪だるまいる?」


勝が起きた事に満足したらしい茉梨が部屋から出ようとするのを呼びとめた。


嬉しそうに茉梨が頷く。


「可愛い雪だるまミニサイズで3体お願いします!」


「あー・・そーね・・・今年は3体いるよな」


「そーよ。彼方くんの分も入れとかないとね」


高校時代、結婚してから、僅かに積もった雪を集めて小さな小さな雪だるまを2体作った。


お馴染みの校庭の片隅や、この家の庭で。


溶けかけの雪は濁っていて、消して綺麗でなくて。


それでも、いつだって茉梨は大いに喜んだ。


学生時代は10センチにも満たないそれをアイスボックスに入れて持って帰ろうとした程だ。


溶けるからと必死に説得して何とか写真を撮るに留めた。


こっちに越してきてからは、冷凍庫で暫く保存して、楽しんで、茉梨を喜ばせる為だけに二人暮らしには有り余る大型冷蔵庫を買い替えた事は記憶に新しい。


広々とした冷凍庫なら、雪だるま3体は余裕で保存できる。


あと一人位子供が増えても問題なしだ。


窓を開けると、同じように庭に出ている隣の秋吉夫妻を見つけた。


「俊哉さん、ちーちゃんおはよ」


「おー勝ー」


「勝君おはよー茉梨ちゃんは?」


振り向いた千朋の頬がやけに赤い。


けれど、疑問に思う前に勝は飛び出してきた茉梨に抱きつかれた。


「ほら来た」


「おっはよー!積もったねー!あ、ちーちゃん耳あて使ってくれてるの!嬉しい!」


「うん、めっちゃあったかいでー。ほんまにありがとー」


「こんなに積もるの珍しいよなー」


「ほんとにね。おかげで茉梨がすっげ早起き」


「あはは、さすが茉梨ちゃん!」


「なんか、積もる気がしたんだもん!あたし、そういう勘は鋭いの。昔っから遠足の日は絶対晴れだしその時だけはすんごい早起き出来ちゃうの!」


「あー分かるわ―その気持ち」


「でしょー?なのに、勝はいっつも嫌がるんだよね」


ジト目で勝を見返して、茉梨が頬を膨らませる。


「遠足の朝5時起こすのは、やりすぎ」


「5時」


俊哉と千朋が顔を見合わせて笑う。


「だって楽しみでしかたないんだもん!さー雪だるま作るぞー!」


そう言って庭の綺麗な雪を両手いっぱいに掬いあげた。


「いっつもあの調子でさ」


勝が困ったように笑う。


「茉梨ちゃん楽しそうやしええやん」


俊哉の言葉に満更でもなさそうに


頷いて、勝が言った。


「まーね。ちーちゃん体冷やさないようにね。風邪流行ってるらしいから」


「うん、ありがとー」


「結構時間経ったし、そろそろ戻ろか、雪だるまも出来たし」


「ほんまやね。ほな、茉梨ちゃんまたね!雪だるま頑張って作ってなー」


「うん!ありがとー」


「うちの雪だるま玄関のとこに置いてあるから溶ける前に見といてー」


「あはは!!見る!っていうか、むしろ横にうちの雪だるま並べとくー!」


「ええねーそれ、そないしてー」


千朋が楽しそうに手を振る。


すでに茉梨の足元には雪がうずたかく積み上げられていた。


「そんな巨大なの作るつもりかよ」


「一個は限界に挑戦しようよ!」


「おっまえのチャレンジ精神には時々ほんとびっくりさせられるわ。頼むから、風邪ひくなよ。彼方もいるんだからな」


「合点承知!」


「返事だけは一人前」


勝が呟いて茉梨の隣りにしゃがみこんだ。


そうして、綺麗な雪をテキパキ丸めて手際よく雪だるまを拵えていく。



★★★★★★★



「かーなたー。あれが父ちゃんと母ちゃん渾身の雪だるまだよー。んで、これが雪。ゆーき、って分かるかな?」


膝の上に抱いた彼方の小さな掌を開いて、溶けかけの雪の塊を触れさせる。


驚いたような顔をして彼方が目を丸くする。


「ちべたいねー。びっくりしたかなー?彼方は雪見るの初めてだもんね」


リビングから、見える庭の端に置かれた40センチほどの雪だるま。


秋吉家の庭の雪も貰いつつ、何とか完成したものだ。


「いつか彼方とも雪だるま作れるかな?雪合戦もいいねー。彼方といっぱい遊びたいなー。父ちゃんと、彼方と、母ちゃんと。あ、でも雪合戦は2対1になるか。んー・・・彼方は母ちゃんの味方だよね?母ちゃんと一緒に戦ってねー?」


「こら、俺のいないうちの洗脳禁止」


「ちがうもーん。かよわい女の子を守る男の子になって欲しいから今のうちから母親の大切さを教えとくのよ。めざせフェミニスト!」


「いや、おまえが教える時点でもう無理だから」


腕時計を嵌めながら、しゃがみこむ。


茉梨が思い出したかのように言う。


「雪だるまの功労賞は父ちゃんだからねー」


「はいはい、どーも」


「もう行く?」


「うん、道混んでる可能性あるしな」


「雪大丈夫?」


「タイヤ替えたとこだから平気」


「気をつけてね」


「ん」


神妙に勝が頷いて、茉梨にキスしようとして視線を下げる。


「うん?」


目を閉じかけた茉梨が問い返す。


「彼方が見てる」


「ほんとだー、先に彼方にしなくちゃだったね」


そう言って茉梨が彼方の頬にキスを落とす。


勝は彼方の産毛を撫でた後で額にキスした。


その手を茉梨の頭に移動させた。


ポンポンと撫でる。


「寝不足だろ?」


「んーそうかな・・?」


「昼寝しとけよ。晩飯どーする?」


「寒いからあったかいものでー・・グラタンでもしよっかな」


「しんどかったら待ってていいよ」


「彼方くんのご飯もあるし、大丈夫作るよ」


「じゃあ任せた」


それから茉梨の唇に触れる。


「行ってきます」


茉梨が彼方の手を掴んでひらひら振った。


見送りの合図だ。


「はーい、行ってらっしゃーい」


玄関のドアを開けると、さっき作った貴崎家と秋吉家の合計5体の雪だるまが可愛く並んで待っていた。

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