第290話 手放さない様に、ほどけないように-1

本日のランチは”蒸し鶏のねぎポン酢和えとじゃこと卵のチャーハンと、オニオンスープ”


平日のランチとしては、非常に頑張ったほうだ。


一人ならもっと手抜きして冷凍もので済ませている。


ちゃんとキッチンに立って料理をしたのは、勝がいるから。


彼方を保育園に送って行ってもらったので、そのお礼も兼ねてたまには妻らしく料理に勤しんでみた。


美味しいランチの後は、後片付け。


手伝うと言った勝に、まあまあ休みなんだからゆっくりしなさいと言って、食器洗いを買って出た茉梨。


いつものように鼻歌交じりで使った調理器具や食器を洗っていると、テレビでも見ていると思っていた勝が、まだダイニングテーブルに座っている事に気づいた。


しかも、茉梨の顔を物憂げな表情で見つめている。


なにゆえ??


「あのおぅ・・」


「んー?」


「その視線はなぜに?」


「なぜって・・・見てるだけ」


「いや、見てる意味なくない?面白くないよ、食器洗い」


「あー・・食器洗いしてるかどうかは、別にどーでもいい」


「ふぁああ?」


「茉梨見てるだけだから」


「なにそれ、どした?ってかその視線やめてー!」


一瞬、食器洗いの手順でも見られているのかと思ったが、そんなわけない、とすぐに思い返す。


貴崎家は大雑把だ。


食器は洗って水切り籠に放り込めばそれでよし。


食器を並べる順番なんて決まっていないし、細かな決まりもない。


茉梨、勝、ふたりとも台所に立つが、調味料の位置が変わっていてもとくに気にしない。


そんな勝が、生ぬるい視線で見てくる理由はなにか?


「その視線って」


「なんかもっそい言いたい事あるってゆー視線」


「別にねぇよ。言いたい事なんか」


「・・・じゃあなにか?」


別の意図があるのだろうと、茉梨が首を傾げる。


食器洗いなんて、見ていて楽しいものでもないだろうに。


もっとこう、アグレッシブに食器あらうべきだった?


なんて妙なサービス精神を発揮しそうになる。


そんな茉梨を、頬杖をついたままで眺めていた勝が毅然と言い放つ。


「俺が、俺のもん見て何が悪いの」


「・・・わー・・」


「事実」


さらりと言われて、頷く。


いや、まあ、そうなんですよ。


矢野茉梨から、貴崎茉梨になって随分経ちますしね。


あたしはあなたの嫁なので、何も違ってはないんですけど。


「そうだけど、なんかこーあっさり言われるとさぁ」


「不満?不服?」


「いえ、とくには」


「ならよし」


「もおおお!なに、今日はあんたが突っかかる日なの?」


食器洗い中断!と茉梨が花柄のゴム手袋を脱ぎ捨てる。


輸入雑貨店で一目ぼれしたポップなオレンジが印象的な商品だ。


これがあれば、家事が3倍楽しくなる!


と豪語する茉梨に、いや、3倍はないわ、それ。と鋭い突っ込みを入れつつレジに持って行った記憶が蘇る。


手荒れ防止にゴム手袋が必須というのは納得できるけれど、それならもう少し使い勝手も考えればいいのに、と思うが勝は勿論口にはしない。


本人が楽しいのが一番だと思うので。


「突っかかってねぇだろ」


何でそうなる?と首を傾げる勝。


ダイニングテーブルに回り込んできた茉梨が、身を乗りだした。


「だっていつもと逆だから!」


「ああ、たしかに逆だよな」


勝の一言に、あれこれと言い返してぶーぶー絡むのは茉梨のほうだ。


不機嫌で、でも構ってほしい時に発動する”イライラマツリン”(彼方隊長命名)


目の前にやってきた妻の手を掴んで、指先の冷たさに勝が目を丸くした。


「ほんっと冷え性だけは直んないなぁ」


「もう一生だぁねぃ」


「お湯使ってんんだろ?」


「使ってるけど、ゴム手だしすぐ冷えるの」


「もーちょっとあったかけりゃいいのに」


「なにが?」


「抱き枕に」


「あたしには勝がちょーどいいよ?あったかいし」


「だろうな」


「人間カイロ!省エネ便利!」


「人を家電製品みたいに言うなつーの」


「家電よりもっと便利で重宝してるよ」


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