第288話 きみの絶対値になりたい 

「あけましておめでとうございまーす」


矢野家の冬の定番こたつに潜り込んで、ビールグラスを掲げる。


ちなみに飲むのは、茉梨の両親と勝のみ。


茉梨は子守&運転役の為オレンジジュースで乾杯だ。


テーブルの上には、茉梨の母がデパートのカタログで厳選した料亭のお節料理が並んでいる。


堂々と料理下手と豪語する茉梨母は、自信たっぷりにお節料理を取り分けた。


「さー今年は、京都”陵”のお節よー!去年よりランクアップしたんだからねー!じゃんじゃん食べなさーい!」


「いっただきまーす。あ、父ちゃん、彼方には潰したお豆をお願いします。うわ、うっまい!ママ様、黒豆最高」


「でしょう?あたしの目に狂いはなーい!彼方もこういう美味しい味をちゃーんと覚えるのよー。おばあちゃんがいくらでも買ってあげるからねー」


「彼方ー、ほらお高い豆だってー」


「あんまり口超えるのもちょっとなぁ」


早速空になった義母のグラスにビールを注ぎながら勝が難しい顔をする。


「俺や茉梨の作ったメシマズイとか言われたらどーしよ」


「あ、ありがとー。さすが勝君相変わらず気が利くわねー」


「はい、母さん。だし巻き取ってあげよう」


「ありがとーお父さん。うふふー我が家の男どもは良く働くわ」


「で、働き者の旦那様ー、あたしはお雑煮が食べたいですっ」


「おばちゃんが作った味噌汁あるだろ?餅入れて来い」


「えー、ヤダ。上手く焼いて入れてあるやつ食べたいもん。勝の作ってくれたお雑煮が食べたーい」


「じゃあ、お母さんもー」


「じゃあ、お父さんもー」


3人に大合唱されて、挙句彼方にまで右腕を振りかざして行ってこいとアピールされ(これは茉梨がやらせた)勝がしぶしぶ腰を上げる。


「はいはい、雑煮3人前ね」


「やっさしー。勝ー好きー」


ひらひらと手を振って見送る妻に向かって勝がげんなりと手を振り返す。


「お前はほんっと甘える天才だな」


「あ、それ誉め言葉として受け取っておく!」


茉梨の素直さと天真爛漫さは、結婚、出産後も変わらず健在で、彼女の”愛されたもん勝ち”精神は勝のも浸透しつつある。


「お、パパのとこ行くのか?」


膝に収まっていた彼方が急に立ち上がって勝の後を追いかけた。


「ん、お前も来る?台所寒いぞー」


勝が彼方を抱えてリビングを抜ける。


親子の背中を見送って、茉梨父がしみじみと呟いた。


「不安だなんだいいながら、しっかり父親やってるじゃないか」


「んー、よいパパよ」


「あの子は根が真面目だから、色々先の先まで心配しちゃうんでしょう。苦労性なのよね」


「あ、でも、心配に関しては、あたしのおかげでだいぶ免疫出来たと思う」


「勝は石橋叩いて、叩いて渡るからなぁ」


「あんたは叩かずに突っ込んでいくものね」


「母さんもだろう」


「あらやだ、それは、落っこちても父さんが助けてくれるって思ってるから」


にっこり笑った茉梨母の絶対の自信。


これが真っ直ぐそのまま娘にも受け継がれたのだろう。


疑るより、飛び込め。


傷つく事を恐れない、というよりは、傷ついても、癒して貰える場所を知っているからこそ出来る賭け。


当たり前のように茉梨の中に根付いている”信頼=愛情”という方程式。


誰に教わるでもなく、知ってくれていた事が何より嬉しい。


自分たちを見て、育ってくれたという何よりの証だから。


「父さんはそんなに心配してなかったよ」


「うん」


「お前も、勝も、素直な良い子だ。真っ当に育った人間は、真っ当な人間を育める。愛される事を、ちゃんと知ってるからね」


「そこんとこが、物凄く心配だったみたい」


頬杖を突いて茉梨がごまめを頬張る。


両親の離婚以来、人間不信気味なトコロがあった勝。


自分と過ごしていく中で、その傷は少しでも癒えたのだろうか?


「愛されてたって思いたくても、実感が湧かないんだってさ。あまりにもあっけなく離れたせいもあるかもしれないけど」


「世の中には色んな親子がいるからね」


「物凄く疑り深いし、容易に他人を内側に入れないでしょう?しかも、どっか最初から投げてるトコがあるから、捨てられてもいいやって思ってる。そういうトコもひっくるめて、絆創膏貼ってあげたいなって思ったんだよね」


茉梨の言葉に、頷いて父親が頭を撫でる。


誇らしげなその表情からは、茉梨への深い愛情が伝わってきた。


「父さんは、お前のそういう優しさが、愛しいよ」


「さすがはうちの娘って、ね?」


両親の言葉に茉梨が笑顔を見せた。


あたしは勝を信じてるってこと。


傷を治す力は、勝だけが持ってるの。


だから、大丈夫だよ、痛くないよって。


何度もおまじないをかけてあげる。


出来たての雑煮を運ぼうと、キッチンとリビングを隔てるドアに手をかけたら、中から聞こえてきた会話に思わず手を止めてしまった。


足元に張り付いている彼方を抱き上げて、咄嗟に背中を向ける。


何だかタイミングを外してしまった気がする。


別に盗み聞きしても、問題ない内容だったけれど。


「なぁに?」


一向に動こうとしない父親を不信に思ったのか、彼方がリビングに向かって手を伸ばす。


「シー。彼方」


人差し指を立てて、入るタイミングを伺う、が、会話は終わりそうにない。


リビングから聞こえてくる声は、穏やかで、優しくて、泣きそうな位心地よい。


「だから、お腹に彼方がいるって分かった時は、すんごく嬉しかったの。不安以上に、めっちゃくちゃ嬉しかった。この子が、あたしと勝の絶対値になるって思ったから」


「絶対値って?」


「勝は一度手にした家族を失くしてるから、自分はゼロだって思ってる節があって・・・あたしもどっかで預かりものだって思ってるトコがあって・・・でも、彼方っていう新しい命を貰えたから、あたしと勝がほんとに家族になれたっていう最初の場所、みたいな・・・ゼロじゃなくって、積み重ねてきた記憶も、愛情もあるんだよって、それを目で見て分かる絶対値が、彼方だなって思った」


「家族なんて、子供の成長と共に、どんどん家族になっていくもんなの」


「うん、そうだよ」


「家族レベルアップみたいな?」


「そうだね。でも、茉梨がそばにいてやることで、勝は随分救われたと思うよ。


あの子がどうしても傍に居たいって願ったのは、お前だけだろう?」


「えへへー」


照れくさそうに笑って、茉梨がちょっと様子見てくると告げて立ち上がる気配がした。


勝が慌てて台所に戻ると同時にドアが開く。


「勝ー、お雑煮・・・」


顔を覗かせた茉梨の手を引いて、台所に引っ張り込むと、ドアを閉めた。


「どし・・・うん?」


彼方を抱いたまま、強引に茉梨を抱きしめる。


「んーパパぁ?」


彼方が苦しげに身動ぎした。


「彼方隊長が苦しいって・・・っん」


伺う様に視線を上げた茉梨の唇を掬うように奪う。


無言のままで茉梨と彼方をきつく抱きしめた。


「なに、何かあった?」


「何も無いけど・・・家族が大事すぎて・・・困る」


「大丈夫、うちらは困んないからぎゅってして」


勝の言葉に茉梨が笑って答えた。

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