第287話 ポップコーンと剣 

「どーしても見たかったの!」


「ずっと前から言ってたもんな」


「ほら、あたし、剣で戦う男好きでしょ?」


「いや、もうすんごい初耳ですが?」


「え、大分前から言ってたよ?」


「言われてません」


「うーそーだーぁ」


腰に手を当てて眉根を寄せる茉梨の腕を引いて座席に座る。


休日の映画館は混雑している。


通路で長時間立ったままというのはその他のお客様に物凄くご迷惑になる。


「ちょっと、日記とか確認しとく?」


「日記なんて書いてなかっただろ」


呆れ顔で呟いて、勝が茉梨の手からポップコーンを受け取った。


その昔、映画館でポップコーン片手に腰かけようとして盛大に中身をぶちまけた過去があるので。


素直にポップコーンを預けた茉梨が座席に腰かけたのを確かめてから、勝も隣りに腰を下ろした。


2人の決して浅くない歴史をひも解いてみても、どこにも毎晩日記を書く茉梨の姿は出て来ない。


「えー書いてましたー!ちゃんとー。元旦からー」


「あのな、毎年三日坊主で終わる日記を日記とは言いません」


「あれは正式な茉梨日記ですー。だってほら、武将とか、剣士とか強い人好きだし?」


「おまえは剣だけじゃなくて、とにかく勧善懲悪で悪者ばっさばさやっつける奴が好きだよな。昔っから、ずっと」


「あーそうねー。強くなろうと努力する人も好き」


「うん、そうだな」


「負けるもんかーって頑張る人がね、好きなの」


その言葉に勝が目を細めて微笑む。


茉梨の”好き”は清々しいほど分かりやすい。


「ポップコーン持っとける?」


大きなサイズを買ったので、備え付けのドリンクホルダーには納まらない。


勝は殆ど食べないと踏んで、茉梨に持たせておこうと思ったが、上映中に弾みでひっくり返す可能性を考えた。


「よゆー。ばっちり」


「ほんとかよ。まあいいけど」


どうせ膝の上に落ちた所で服汚れるわけじゃない。


これがアイスクリームやホットドッグだと問題だが。


「食べる?」


「んー食う」


茉梨が一掴み差しだしたポップコーンをそのまま口に頬張る。


個人的には塩が良かったが、キャラメルも悪くない。


「けど、これはほんとお前向けの映画だな」


先ほどついでに買ったパンフレットを開きながら勝が呟く。


剣士にお姫様、陰謀と策略が渦巻く冒険アドベンチャー。


明るくなった映画館で、足早に通路を進む他人の波を眺めながら、茉梨がうっとりと目を閉じた。


当分映画の余韻が消えそうにない。


「やっぱり冒険は、仲間としなきゃねー」


「戦闘シーン凄かったなぁ」


「飛行船乗りたい!」


「いつかな」


「いつかー?じゃあ、チャンバラごっこやりたい!」


「剣がナイ、剣が」


「箒で十分」


「本気かよ」


「それなりにね。あーいいなー。戦い、愛して、生きろ!!まさに男の生き様って感じー。素敵ー。あたしも一緒に戦いたいー!」


「戦わんでいいから」


「えー」


半分程残ったポップコーンを膝に抱えたままで茉梨が嬉しそうに感想を口にする。


その隣りで、勝は携帯を開く。


今日は子供を矢野家の両親に預けての夫婦デートだったので、何か連絡が来ていたのではないかと思ったのだ。


が、着信はゼロ、メールもナシ。


どうやら、彼方は矢野家で祖父母に囲まれて楽しく過ごしているらしい。


「そっちメール来てない?」


「んー・・だいじょうぶーあ。来てる」


「どっから?」


「お父さんからー。写メ付いてるよ。わー可愛い、見て彼方パンダ」


「どれ?」


きぐるみ型の洋服を着せられて、すっかり子供パンダになった彼方の写真が1枚。


一緒に映っているのは茉梨の母だ。


撮影者である父親からの一文”子パンダは預かったー!!”


間違いなく文章を考えたのは茉梨母に違いない。


「あ、お夕飯食べて来ていいよーってさ」


気を利かせた両親からの申し出を勝に伝えると、問いかけるような視線が降ってきた。


「たまにはふたりでお夕飯しようよー」


「うん、そーだな」


頷いて立ち上がると、ほぼ人が居なくなっていた。


「ポップコーン残ったな」


茉梨の膝の上を覗きこむ。


半分程残ったポップコーン。


映画が余りに面白かったので、食べるのを忘れていたらしい。


「もう100点満点過ぎました。お腹より胸いっぱいなのよ」


笑った茉梨に向かって手を差し出す。


と、茉梨がすかさずポップコーンの容器を渡してきた。


勝が苦笑して首を振る。


「そっちじゃなくて」


「えーカバン、持ってくれるの?」


「どーせカバン斜めがけだろ?それより、もっと大事なもん持つの」


呟いて、上目使いでこちらを見上げる茉梨の手を握る。


繋いだ手を確かめて茉梨が破顔する。


「大事なの?」


「そこ疑うか?」


「そうじゃなくてー。確かめたいの」


繋がれた手を左右に振って茉梨が強請る。


こうなったら絶対に引かない事は経験上知っている。


「・・・昔も、今も、ずっと大事だよ」


諦めて、開き直って言ってやる。


と、茉梨が弾かれたように立ち上がった。


膝から浮いたポップコーンの容器が宙を舞う。


ひっくり返る寸前でしゃがみ込んだ勝がそれをキャッチした。


「あっぶね」


後から飛び込んできた茉梨の体は空いている右腕で抱きとめた。


「おまえね、場所を考えろって」


肩に凭れる温もりは愛しくて、触り心地の良い髪からは、茉梨がお気に入りのバニラの香り。


離したくない気持ち8割。


それでも理性を引っ張り起こして茉梨の頭をポンポン叩く。


「最近彼方隊長抜きで、出掛けた事なくない?」


「あーそうだなぁ」


「あたし、今日は甘えていいと思うですけどっ」


「いっつも甘えてるだろ」


「そうでもないよ?」


「あーはいはい。そうですね」


強気な茉梨の頬にキスをする。


「あたしが、抱きしめて欲しかったの知ってる?」


悪戯に微笑まれて、勝は盛大に溜息を吐いた。


揺さぶるどころか、たちどころに理性を根っこから引き倒された。


ポップコーンの容器を床に置く。


「それはいつも知ってるけどな。ちょっとここで言うのは卑怯。可愛すぎ」


呟くと同時に茉梨の顎を掬いあげる。


息つく間もなく、唇を重ねた。


いつものような優しいキスじゃなくて、全てを奪うような熱っぽいキス。


キスを強請ったつもりだったが、まさか本気のキスが返って来るとは思わなかった。


驚いて身を引いた茉梨が息を吐いたと同時に唇を舐められた。


一気に深くなったキスに、堪え切れずに茉梨が崩れ落ちる。


膝から倒れ込んできたその体を受け止めて唇を離す。


舌足らずになった茉梨の額にかかる前髪を優しく撫でて勝が言った。


「好んで戦う事は無いけど、愛して、守って、生きろってなら賛成だな」


「戦うのと守るのは違うのね」


「俺の中では」


「うん」


「何かを奪う為に戦うんじゃなくて、大事なものを守るために戦うなら


その方がずっと有意義だと思うからさ」


「その意見賛成!」


茉梨が腕を振り上げると同時にポップコーンが宙を舞った。

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