第19話 風を呼んだ日
「10代って、魔法使えるよなー・・」
久しぶりに第二生徒会室で3人が揃ったのは、実力テストが終わった午後だった。
この後、駅前のファミレスに格安平日ランチを食べに行く予定なのだが、委員会に出席している一部の団地組プラス和田を待っている間の時間潰しに茉梨と勝がやって来ると、午後から聖琳女子との交流会に参加する一臣が休憩していた。
生徒会と、予備校と、彼女とのデートで多忙な友英会会長と顔を合わせるのは2週間ぶりで、茉梨のテンションは最初っから上がりっぱなしだった。
カズくん!カズくん!と尻尾を振りまくってじゃれついて、ひとしきり再会の喜びを分かち合った後で、喉渇いた!と一階の自販機に向かって突撃していった。
風のように飛び出して行った後ろ姿を見送って一臣が漏らした一言に、いつもは茉梨が陣取っている窓際の椅子に腰かけていた勝は視線を戻した。
「子供の頃は、じゃなくて?」
純粋無垢な子供のレンズを通して眺めた世界は、いつもどこか不思議と奇跡に満ちていて、大人だとさして気にもならない日常が、キラキラと輝いて見えたりする。
その感覚が、どことなく魔法に似ているのではないか?というのが勝の見解だった。
「俺たちもまだまだ子供だよ?」
「・・・それ、うちの教師陣が聞いたら嘆くと思いますが」
友英を代表するトップクラスの頭脳と統率力を持ち、学園を取り仕切る秀才が、自分は子供だと胸を張る姿は、どこか滑稽で、その歪さが面白い。
勝はどこにも共通点のない年上の友人の、この感覚を物凄く気に入っている。
片眉を上げて静かに答えた勝に、にやっと人の悪い笑みを浮かべた一臣が、長机に開いていたノートパソコンから離れて立ち上がった。
あまりご機嫌とは言い難いプリンターが、一臣が作った会議の草案を吐き出し始める。
他校と比べて明らかに比重の大きい友英会の仕事もそつなくこなして、予備校で出された大量の課題をやっつけつつ、実家の病院にも顔を出して、彼女の機嫌も恙なく取って見せる彼の頭の中がどうなっているのか、一度見てみたい、真剣に。
さっきまで茉梨と他愛無い会話をしていた間にも、彼の中で複雑にスケジュール管理がされていた事は明確だ。
人前に立てば、その魅力を余すところなく発揮して、如才なくその場を取り仕切る彼が、狼狽えたり、緊張したりするところを、勝は見たことが無い。
勝の知る限り、一番優秀で、一番狡猾なのがこの男だ。
”魔法”なんて言葉が似合うとは到底思えない。
彼がそんな言葉を口にした原因は、探すまでもない。
たった今、中庭に姿を現した元気娘だ。
子供の夢を守る事にかけては天下一品の矢野家ですくすく曲がる事無く自由に育った茉梨の思考は、未だにしょっちゅうメルヘンに飛ぶ。
”すごいねえ!魔法みたい!”
勝の中ではお目に掛かった事のない価値観の応酬にも、すっかり浸透してきた今日この頃なので、ぶっ飛んだ感想にも鷹揚に構えることが出来る。
本人が楽しいなら、それが現実であれ、奇跡であれ、魔法であれご自由に。
信じるも信じないもあなた次第、と言われれば、茉梨は迷わず信じる。
そして、信じた自分を疑わない。
”魔法使いになる素質”があるのは、きっとああいう人間なんだろう。
一臣とは違う、人を惹きつけてやまない何かが、茉梨の中には確かに眠っているから。
隣に並んだ一臣が、窓の外に目を向けた。
眼下に広がる見慣れた中庭の風景の中に、茉梨の姿を見つけて目を細める。
今の眼差しは分かった。
”眩しいものを見る”ときの目だ。
「矢野のさ、あの何にも揺らがない自由さと強さって、もう魔法だと思わないか?」
「・・・愛情ですよ」
呟いた勝の顔を振り向いた一臣の面白そうな視線に、自分の失言を知ったがもう遅い。
”愛情”なんて単語が思春期真っただ中の男子高校生から漏れること自体が可笑しい。
こんな所にまで影響を受けているのだ、茉梨に。
「矢野家の両親の愛情満タンのプールで全力で泳いでたら、ああいう人間が出来るらしいですよ」
言い訳のように詳細を語った勝に頷いて、一臣がいいなぁーとこぼした。
「俺は、時々どうしようもなく矢野になりたい時があるよ」
それは、わかる、物凄く。
「でも、絢花がいるし、お前と恋愛するつもりは無いから、いつか子供が出来たら、ああいう娘が欲しいな」
一臣の目に、自分と茉梨がどう映っているのかなんて知らない。
知りたくもない。
自分ですら分からないのに、他人の定規で答えを差し出されたくない。
「色々ツッコミどころ満載ですが、どっから行きます?」
憮然と返した勝から、一臣がもう一度茉梨に視線を戻した。
自動販売機の手前で、体育館でバスケをしていた多恵と、ひなたが合流した。
三人になると途端笑い声が大きくなるから、姦しいというのは正しい日本語だと思う。
いつも控えめで大人しい印象のひなたが、珍しくはしゃいでいる。
シュートを打つポーズでピョンピョン飛び跳ねて、茉梨に何かを訴えている。
多恵に付き合ってフリースローの練習でもして、綺麗にシュートが決まったのだろうか。
茉梨がひなたを抱きしめて、その場でふたりしてぐるぐる回り始めた。
呆れた顔で見ている多恵の腕を引っ張って、しまいには、三人で輪になって踊り始める。
ひたすらに楽しそうな様子の三人を時折風が強く吹いて煽る。
「ああいうのをさ、ここで眺めてるだけでいいっていうお前みたいなタイプもいるけど。あの輪の中に入りたいって思う人間もいるわけだ」
超絶人見知りの多恵は身内以外に打ち解ける事はまずないから、とりあえず置いておくとして、茉梨は見た目の雰囲気とざっくばらんな性格で、男女、教師生徒問わず誰とでも仲良くなる。
けれど、ああ見えてきちんと取捨選択する人間なので、自分を利用しようとする人間や、狡い人間は嗅覚で察知して避ける。
話しかけやすいけれど、踏み込ませない絶妙の距離感を上手く取る。
勝は、オブラート3重で包んだ適度な気安い態度で交わすけれど、茉梨はその内側でシャットアウトする。
だから、明るくて面白い子、で終わる事が多い。
残るはあの望月南の妹であるひなただが、男受けする容姿と中身で、一番引く手あまたな彼女には、団地組と言う名の強固な壁が存在するし、最近はそれに加えて和田という鉄壁の守護が加わった。
見ていると面白い組み合わせではあるけれど、一歩踏み込もうとする勇者は、まずいない。
「そんな奇特な人間が居たら、挑んで欲しい位ですけど。返り討ちにあって自滅するのがオチですよ」
茉梨は無遠慮に踏み込んで来る他人に容赦がない。
好意の捻じれた悪意には猶更だ。
「余裕なんだな」
目を丸くした一臣を一瞥して、勝が肩を竦めた。
この言い方ではまるで、勝が茉梨を手放せないように聞こえる。
手放すも何も、最初から繋いでいない。
並んでいる、と思いたい。
「意外ですか?」
「それはなに?信頼?」
「・・信頼じゃなくて・・・俺の中にある”自信”ですよ」
茉梨はこうだ、という自信が、不思議と勝の中にはあるのだ。
頬杖を突いて相変わらず腕を組んでじゃれている三人を見下ろして、この中に誰かが加わる・・・いや、ないない、と結論を出す。
茉梨が髪を揺らす風に心地よさそうに目を閉じて、それから何かを思いついたように挙手した。
多恵が怪訝な視線を向けて、続きを促す。
茉梨が空を仰いで宣言した。
「風を呼ぶぞー!!」
「っは!?馬鹿じゃないの!?」
「えええ茉梨ちゃん!?」
呆れ顔の多恵と、仰天するひなたに、茉梨がやろうよ!と呼びかける。
飛び出したとんでもない提案に、一臣は、口に手を当てて笑みを溢した。
「ほら、やっぱり矢野は矢野だ」
この超展開に、はいはいと頷けるのは勝と一臣位のものだろう。
「出来るよ!呼べるよ!呼んだら来て、ぶわあ!ってなるよ!」
「なんでそんな自信あんのよあんたは!魔女か!」
茉梨に大声で反論した多恵の肩を抱いて、茉梨が何かを耳打ちする。
その後で、同じようにひなたにも耳打ちした。
顔を見合わせた三人が、腕を絡めたまま、揃って膝を曲げる。
「せえの!」
「「「ウィンディー!!!」」」
三人の声が空に響いた。
その直後、一際強い風が背後から吹き付ける。
髪が靡いて、スカートの裾がはためく。
背中を押される強風を受けて、次の瞬間、三人の笑い声がどっと重なった。
「あはははははは!!!」
「よ、呼べた!!!」
「すごいよ!すごいよね!!」
しゃがみ込んで笑う茉梨が、ふと顔を上げた。
窓から見下ろす勝と一臣に気付いて、大きく手を振る。
「見てたー!?」
「見てたよー」
一臣が笑顔で手を振り返す。
「魔法使いの弟子ー」
勝の感想に、茉梨が無敵の笑顔でVサインを繰り出した。
「お前ジュース忘れてないだろなー」
「はいはーい!買って帰りやす!」
ぴしっと敬礼を返す茉梨を見つめながら、勝はそっと息を吐いた。
「茉梨は大抵の事はどうにか出来るし、大丈夫だろうけど、あいつが大丈夫じゃなくなりそうな相手が、茉梨の居場所に踏み込もうってんなら、俺がどうにかします。全力で」
こういう光景が繰り返される毎日が、自分の望む未来だと思うから。
一臣が腕組みを解いて、勝の肩をぽんと叩いた。
「・・頼もしい限りだ」
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