第20話 タイヤキと兄妹

「多恵いるー?」


放送室のドアを開けると、椅子に座ってジャズレコードを物色中の彼女を見つけた。


放課後の彼女の居場所はここか体育館なので、探し回る事は殆どない。


「よお、矢野ー」


多恵の隣で片手を上げて言ったのは、ここの卒業生であり、多恵の兄である颯太だ。


「あっれ、颯太君ご無沙汰ッス」


「イイトコ来たなー。可愛い後輩ズにおみや」


そう言って差し出したのは駅前の人気店のタイヤキだ。


紙袋いっぱいに入っているそれは、20個はあるかと思われた。


在学中からかなりの人気者だったらしい彼は、バレンタインシーズンには、校門の前で出待ちをする他校生の女子が列をなしていたとか。


人付き合いが苦手な多恵と真逆を行く社交家の彼が、妹を溺愛している事は内輪ではかなり有名だ。


「兄貴、ちゃんと適量買ってきてよね」


両手にタイヤキを持ってうんざり顔の多恵は、いつになく表情が緩んでいる。


「ひさびさに寄ったらあんことチョコとカスタードの他に、抹茶と紫芋ってのがあってな。つい全種類食べたくなったんだ」


「それにしたって買いすぎ」


「まーまー。生徒会とか団地組に配ったら終るでしょ」


そう言った茉梨ににこりと笑顔で紙袋を差し出す多恵。


「あ、嬉しい!!いっただきまーす!」


いそいそと紙袋の中からタイヤキを取り出した茉梨が、尻尾から頬ばる。


頭は最後、が茉梨の食べ方。


と、多恵がヒラヒラ手を振って見せた。


「じゃ、矢野、そゆことでよろしく」


「・・・ふえ?」


タイヤキを食べながら、茉梨が意味が分からず問いかける。


よろしくとはなんぞや。


「いやー、あたしさぁ、レコードの片づけ忙しくって。兄貴と一緒に今から家探しなの。つまり、タイヤキ持って校内ウロウロして、みんなにそれ配る時間がどうしても取れないってワケ。あー残念だー」


さも嬉しそうに言い放った多恵をジト目で睨んで、茉梨がタイヤキの最後の一口を無理やり口の中に押し込める。


すでに卒業していた兄の面影を追いかけるように放送部に入った多恵にとって、放送室はかなり特別な場所だということは、他の団地組から聞いていた。


さくさくのタイヤキの生地と中に入っているカスタードクリームが全力で味わって飲み込む。


一番にこれを探り当てた事を嬉しく思いながら、咀嚼したタイヤキを飲み込んで茉梨が紙袋を抱え直した。


こうなったら仕方ない。


ご馳走になっておいて、残り放置で帰ったら、後々色々言われて面倒ごとが増える。


そして、茉梨をあっさり逃がす程、多恵はそんなに甘くない。


「なんか、ごちそうさまでした。めっちゃおいしかったです。空腹も満たされました。だーけーどー・・うーわー全然タイミング悪かったかも」


「いやいや、ナイスタイミングだって」


「そうそう、タイヤキ選べたしね、んじゃあ、任せたよ」


井上兄弟に見送られて、放送室を出る。


廊下を歩いて、ひとまず友英を束ねる主要メンバーが詰めている生徒会室に向かう。


第二生徒会室は自分たちだけの秘密基地だが、生徒会室は皆のものだ。


いつも放課後は執行部役員や、各学年の総代、文化部、運動部の主要メンバーが集まっていた。


渡り廊下を進んでいると、グラウンドから勝の声が聞こえた。


サッカー部の連中に混じって会長とボールを蹴っている。


高1の頃は1年間限定でサッカー部だったもんな・・・


友英学園は、最低でも1年生の1学期は必ずどこかのクラブに所属しなくてはならない。


中学時代バスケ部だった勝なので、間違いなく、同じ中学のメンバーである柊介と一緒にバスケ部に入ると思ったが、彼が選んだのは、サッカー部だった。


その理由が、サッカー部部長である、エースのタイガこと大河直幸とサッカーがしたかったから。


理由を聞いた時には不思議だったが、今なら、理解できる。


基本的に勝は運動は何でも好きなほうなんだ。


柊介に誘われれば未だにバスケもするし、たまに颯太のフットサルチームの練習にも顔を出しているらしい。


顔は広いくせに、深入りを嫌う彼の人付き合いは、浅く広くの一言に尽きる。


「まーさるー!」


大声で呼ぶと、一緒になっていた3年生のタイガが気付いて手を振った。


「矢野ー!おまえもやるかー?」


「んー今日は遠慮しますー」


「どした?」


着ていた学ランを脱ぎながら勝がこちらに歩いてきた。


無言でタイヤキの袋を持ち上げる。


「その量は・・・・颯太さん?」


毎回母校を訪れる度、かなりの量の差し入れを持ってくる颯太は、茉梨達の間ではかなり有名だ。


「あたり。差し入れ」


ラッキーと呟いて、タイヤキを一つ掴んで、勝が学ランを持った方の手を差し出した。


茉梨が学ランを受け取ると、今度は空いた手で紙袋を持ち上げる。


「差し入れ来たー」


「おーサンキュ」


「ちょうど腹減ってたんだよ」


タイガと一臣、それにサッカー部の連中が一気に集まって来る。


これなら早々にお役御免になれそうだ。


「カズくんも一緒ってめずらしー」


「気分転換。この後すぐ予備校だしね」


「たまにはサッカーも面白いだろー」


リフティングをしながらあっと言う間にタイヤキを食べてしまうタイガ。


その足に吸い付くようなボールを見入っていた茉梨の前に再び紙袋が差し出された。


「俺、あと30分もしたら帰るから」


「それまでにコレ配って荷物持ってここに来いと」


そう言えば、教室出る時手ぶらだったな、と今更ながら思い出す。


「素晴らしい翻訳機能、んで今日は買い出し」


茉梨の眉間の皺は綺麗に無視して、勝は満足げに頷いて再びグラウンドに向かった。

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