第21話 階段

廊下や階段、エスカレーター、そういったものとの相性がもしも存在するのなら。


茉梨と階段の相性は最悪なんだろう。


授業が終わると同時に教室を駈け出して行く者、のんびりと雑談をしつつ教室を出る者、そして教室に残って話し込む者。


緊張感ゼロの教室の、日当たりの良い窓際の席で昼寝から目覚めた勝は、大欠伸をしながら体を起こした。


さっきポケットで震えていた未確認の携帯を取り出して開く。


「・・・んだこりゃ・・・」


調理室へGO


意味不明の文面に首を傾げる。


が、送り主の性格を考えるとまあ理解できない事も無いか納得して、借りたマンガ数冊の入ったカバンを掴む。


あ、これは・・・もしや・・・


ふと思い当たって、斜め後ろの席を振り返り、選択授業が同じだった秀才に声をかける。


「和田ーなんかメールきた?」


「え?ああ、望月から・・・てなんで?」


「茉梨が超短文メール送ってきたから」


「あー・・矢野も一緒なんだ」


心なしか肩を落とした和田を見て思わず噴き出した勝は笑いを必死にこらえて言う。


「まーまー、すぐに邪魔者は消えっから。んで、調理室で何やってんのアイツ」


普通の女子高生で無い(ここ重要)茉梨にはほぼ(まったくではない)縁のない調理室。


どちらかというと鬼門に近いその場所にわざわざ赴く理由は何ぞやと思ったのだ。


「調理実習でケーキ焼いたから、食べに来いって」


「なるほど・・・ご相伴つーことか」


恐らく本日も試食専門となった茉梨が嬉しそうにケーキを頬張る顔が目に浮かぶ。


調理室を覗けば、見知った顔が3つ揃っていた。


茉梨、ひなた、そしてめずらしいことに甘いものが苦手な京が一緒にケーキをつついている。


「甘ったるい匂いだなー」


「お、来たね」


「つーかお前もーちょっとわかりやすい内容のメールを送れ!」


「めちゃくちゃ分かり易くない?」


「無い」


「ケーキ食べる?」


「・・・ひとくちでいいわ」


「あそ、んじゃ、はい、全力で一口、さあゆけ」


予測済みだったのか茉梨がフォークに刺さっていたクリーム少なめのケーキをそのまま勝の口に運んだ。


「あ、落ちる、落ちる、早く!」


いや、それ一口じゃなくてどう見ても二口、と言いかけた勝が、諦めてフォークに食らいつく。


ちらちらとそのやり取りを眺めていた和田を見て、ケーキの端っこをほんの一口分だけフォークに載せた京が生ぬるい視線を投げた。


「なーに羨ましそうな顔してんのよ、和田君」


「え、や、あの・・」


教師陣からの信頼も厚く、次期生徒会長と言われている秀才が珍しく口ごもる。


これ見よがしにニヤニヤするのは茉梨と多恵で、気の毒そうな視線を向けるのは柊介と勝だ。


和田の気持に気付かないひなたは1カットを皿に乗せて差し出して、学園のマドンナと同じ笑顔を浮かべている。


「座って座って?クラブまでちょっと時間あるよね?」


「あー、うん、大丈夫だよ」


「おんなじ班の子たちと分けたんだけど。それでもこんなに余っちゃって、困ってたの。和田君たち来てくれてよかったー」


「私まで呼ぶことないのに」


思い切り不貞腐れたクールビューティーが、眉間に皺を寄せたままケーキを口に運んだ。


そんな彼女にひなたが珍しくぴしゃりと言い返す。


「体重減ったらケーキって言ったでしょ?」


「・・・・わかってるわよ・・」


「当分ゲームもお預けだからね」


「えー!!」


「2キロ太ったら返してあげます」


「・・・・・食べてやるわよー!!」


「その意気その意気」


フォークをせっせと口に運ぶ京を満足げに眺めながら頷くひなたの表情は、まるで母親のようだ。


ただでさえ痩せ気味の京は虚弱体質でもあり、その上結構な偏食なので団地組の誰かが常にそばに居て、食事を摂らせるようにしていた。


「うらやましーセリフ・・・」


茉梨がケーキを頬張って呟く。


と同時に勝の視線が茉梨のウエストに突き刺さる。


「お前は食ったら食った分、身になってるよなぁ」


ジロリと睨まれるも全く動じず、勝は鞄を手に大急ぎで立ち上がる。


文句が返ってくることは分かり切っていた。


「望月ごちそーさん」


「もういいの?」


「これからバイトだからなー、あんま食うと動けなくなるんだ。あ、茉梨、食ったら動けよ?」


「ちっ五月蠅いなー」


「適切なご意見だろ」


言い返した茉梨の髪をくしゃりと撫でて勝は席を立つ。


「またねー働けー若者よー!!」


「うるせーよ、じゃーな」


ひらひらと手を振る茉梨に見送られて調理室を出た。


そのまままっすぐ昇降口に向かおうとして、数歩進んだところで勝が立ち止まる。


ポケットの中を確かめると、溜息を吐いた。


いつもあるはずのものが無い。


「やっべ・・・上に忘れた・・・」


メールを見てそのまま教室を出たのが仇になった。


仕方なくぐるりと方向転換して、階段を上る。


常にカバンか上着のポケットに入れてある音楽プレイヤー。


いつも手元に無いと落ち着かないものの一つだ。


足早に教室に戻ると、机の上に置きっぱなしだった音楽プレーヤーをカバンに入れて、今度こそ昇降口に向かう。


後数段で一階に到着と言う所で階段の上から聞き慣れた声がした。


思わず立ち止まって声の方を振り向く。


「んでさー、その続き気になって、気になって」


「あーそれは分かる・・・あ、勝ー」


やっぱり・・・


上の階から茉梨と京が並んで階段を下りてくるところだった。


どうやら、和田とひなた、そして、柊介と多恵の事を思って、気を利かせて撤退してきたらしい。


「帰るのか?」


「うん、京ちゃんは荷物取りに教室行くってー」


「んじゃ私はここで。バイバイ」


「おつかれー」


2階の踊り場で京が手を振って去っていく。


茉梨は下にいる勝の元へにこにこしながら足を踏み出した。


と同時に盛大に踏み外した。


「わ、きゃあ!!!」


「っ!」


前につんのめった茉梨の身体が宙に浮く。


下にいる勝はそれを受け止めるべく咄嗟に両の手を広げた。


次の瞬間確かな重みが降ってきて、勝は必死に足を踏ん張る。


1歩後ろに下がったものの何とか受け止めた。


このまま落っこちていたらと思うと、一瞬背筋が寒くなる。


溜息を吐いて、腕の中に抱きとめた柔らかい身体を見下ろした。


まあ、落っこちても、こんだけ肉がありゃ大丈夫か、と内心思う。


口に出したら殴られる事必須なので、勿論黙っておくが。


「・・・どっから降って来んだお前は」


「足元なんもなかったのにねー?」


肩に回した腕を解くと、茉梨は悪びれないいつもの笑顔で勝の事を見つめ返した。


「ねー、じゃねー!注意力散漫、どんくさすぎ」


言うと同時に額を弾かれた茉梨が悲鳴を上げたが、知った事かと開き直る。


「あいったー!!」


「ついでにちょっと痩せろ」


「さっきケーキ食べたからだもん!」


「んなすぐ身に付くか!」


「飢餓が来たらあたしより脂肪少ないあんたは間違いなく先に死ぬからね!」


「へー、ちなみに飢餓っていつ来んだ?」


「それは神のみぞ知る」


「なんか微妙にカッコつけて逃げるな馬鹿」


「逃げてませーん!ちなみに途中まで乗っけてね!」


そう言って昇降口に向かって先に走り出す。


その後ろ姿と、柔らかい感触の残った手のひらを見比べるようにして勝は重たい溜息を吐いた。


ほんの一瞬だけ、胸を焦がした思いは、もうどこにも見当たらない。


首を振って、無かったことにする。


「っはー・・・もー・・・何だコレ・・・帰ろ・・茉梨!またコケんぞ!!」


我に返った勝が、慌てて前を行く茉梨を追いかける。





何事もなく過ぎていく毎日、ちょっとしたアクシデントが吉と出るか凶と出るか。


それは・・・・・神のみぞ知る・・・・

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