第23話 野良猫ステップ

「コンビニかー久々に駄菓子屋かー時にはアイスもー・・あーいやいや、体育頑張ったし激ウマチキンに齧り付くのも・・・うーむ全て食べるべきか、駄菓子とアイスで納めるべきか、それが問題だ」


ぶつぶつ言いながらそれらしく組んだ腕に肘を乗せて、顎に手を添えながら茉梨が深々と溜息を吐いた。


「いやーまじでほんと大問題」


「お前さ、本気で悩んでる人間が聞いたらまじで怒られるからな」


放課後のおやつで何が大問題だ。


いつもの茉梨思考に適度に突っ込みつつ、目の前に迫った階段を注視する。


「前、階段、考え事やめろ、腕組むな、足元見ろ」


「はーいはいはいー」


気の無い返事をしながら、それでも言われた通りに腕を解くのは、過去に何度も階段から落っこちた経験があるからだ。


「何食べたいー?」


「アイス以外」


「その心は?」


「お前日曜に特売でアイス買えって強請っただろ、もう忘れたのか」


「あー!あったね、そんな事ね!」


「忘れんなよ、つい3日前のことだろ」


『わーアイスバー美味しそう!バニラをチョコレートでコーティングだって!無敵コンビネーションいえーい!食べたいなー美味しいんだろなーいいなー』


と、商店街のお馴染みのスーパーのアイス売り場の前で張り付かれて、顔見知りの複数の店員さん達から、買ってあげなよー特売だよーと生温い視線を送られて、しょうがなく一個だけな!と母親みたいな台詞と共に、茉梨が選んだ箱アイス(7本入り)をカゴに放り込んだのだ。


それなのに、家に帰った後、茉梨に選ばれた食後のデザートはアイスではなくて、チョコスナックだった。


アイスは?と尋ねた勝に、あーとーでー、と、子供みたいな返事をして、結局その日、茉梨はアイスを食べずに帰った。


手付かずのアイスは今も貴崎家の冷凍庫で眠っている。


「んじゃあ、アイスじゃなくてー・・駄菓子なら何ー?5円チョコ?」


「甘い口なの?」


その割にはチキンとか言ってたけど。


勝の質問に、神妙な面持ちで腹部に手を当てた茉梨が目を閉じる。


歩道橋は終わって平坦な道に来たし、歩きやすい広い歩道で前後も人は無し。


即座に確認してから、まあいっか、と思ってしまった自分の癖が嫌になる。


これはあれだ、一生こうなるやつだ。


もう覚悟なんて、とっくにしてるけど。


「甘いの7割・・・いやー6割・・4割が辛いやつ」


「ふーん・・あ、肉屋のコロッケ特売で30円だって」


「え!まじで!?」


ぐりんと勝の方を振り仰いだ茉梨の顔は、甘いの3割、辛いの7割になっている。


「コロッケ!行っとこう!!上げたてサクサクー!じゃがいもーホクホク!」


「んじゃあ、ついでに牛乳買って帰る」


「ココアもー」


「・・んー・・」


すかさず飛んで来たおねだりは適当にあしらって、目的地が決まった所で、スーパーへの最短コースを辿る事に決める。


単車が無いと不便ではあるが、小回り利く徒歩の方がショートカットしやすい。


住宅街を抜けて、細い路地裏を通って、公園を突っ切るコースで5分は削減出来る。


「一番近道で行く?」


「どっちでもいーよ。お前腹減ってんなら、最短コースで行こう」


「んー・・でもなー揚げ物待ってるなら、歩いてカロリー消費かなー」


「んじゃあ、大回りして公園一周してから行こう」


「お散歩ですなー」


「お前寒くないよな?今日は上着ねぇよ」


ちょっと寄り道の想定しかしていなかったので、パーカーは教室に置いて来たのだ。


ブレザーの中に着ている薄手のカーディガンの袖を引っ張り出して、茉梨が拳を上げる。


日が暮れて来るとまだまだ肌寒いから要注意だ。


「任せたまえよ!いっぱい歩いたら暑くなるからねー」


「ん、ならいい」


「コロッケの特売誰に聞いたのー?」


「昨日バイト先にレジのおばちゃん来てさ」


「あー旦那さんがビール好きの」


「そう。んで、そん時に特売やるよーって」


「ご近所づきあいって大事よねぇ」


「うち新聞取ってねぇしな・・」


安売りや特売情報は、大抵買い物に行った先の誰かから教えて貰うのが定石になっている。


茉梨を連れて買い出しに行くのが普通になってから早2年。


最近では、一人で買い出しに行くと、茉梨ちゃんは?と尋ねられる始末だ。


すっかりニコイチが定着している。


「あ、来週、母ちゃん研修出張で四国。讃岐うどん買ってくるから取りにおいでってー」


「おー有難い。で、その間の晩飯頼まれるパターンな」


「あははー察しが良い子は好きよぅ」


うふ、と投げキッスのポーズをする茉梨の後ろ頭をくしゃりと撫でる。


体育の後結んでいた髪を下したので、今日は遠慮なくかき混ぜることが出来る。


「そのポーズいらん、やめれ」


「ええー頑張ったのにー・・ちょっとー撫でてもいいけど、ちゃんと梳いてサラサラに戻してよー」


「ったく・・注文の多い・・」


それでも要望通り絡まりかけた髪を手櫛で梳いてやる。


扱いに慣れて来た茉梨のくせっ毛を梳き下ろしていると、いきなり茉梨が駆け出した。


何も言わずに真っすぐ走る茉梨の背中をすぐさま勝も追いかける。


どうせ何か見つけたんだろうけど、せめて走るよとか言おうな、おまえもさ・・


言っても無駄とはなから諦めているので言わないけれど。


「なに?」


夢中になって走る茉梨に問いかけると、ちらっと横目で勝を見た茉梨が人差し指を斜め前に向けた。


「猫がね、屋根にいる!」


「はあ?」


言われて同じように視線を向けると、なるほど右手の一軒家の縁側の屋根の上に一匹の猫が丸くなっている。


屋根に残った太陽の温もりを楽しむように幸せそうに眼を閉じていた。


「ねーこーねーこー」


「呼んでも応えねぇよ」


「そうかな・・・あ、動いた!」


「え」


ぴくりと耳を立てた猫が、ちらっとこちらに視線を向ける。


「ほらー呼んだら応えるんだよ。俺の事を呼んだのかい!?って顔してる」


「え、そこはもうオスで決定なの?」


「この辺りを縄張りにしてる猫軍団の幹部ね、ちなみにボスは片目なの」


「・・なんかどっかで聞いた事ある設定だな」


「猫社会を逞しく生き抜いている働く猫様なのよ。何の用事だい?って聞いてるのかな・・・買い物の途中でーす」


前足で顔を撫でた後、立ち上がった猫が、雨どいを拙いながら身軽に物置の屋根へと飛び移る。


一度だけこちらを確かめた後、迷うことなく塀を伝って歩き出す。


「これからまたお散歩かなー・・いーなー猫って自由ー」


「・・・」


隣から聞こえて来た感想に、思わず勝は茉梨の横顔を見下ろした。


恐らく俺の知る限り一番自由気ままなお前が何言ってんの?


うちの身内の誰に聞いたって自由といえば矢野茉梨が出てくるだろ?


そもそもここの親からして、日々楽しく思うままに生きよと娘を育て上げて来たのだから。


何にも捕らわれずに、何にも縛られずに、自分の気持ちと感覚に真っすぐ向き合って、自分に嘘は吐かない生き方をする。


潔くてかっこいいな、と思った。


勝が当たり前のように向き合う現実が、茉梨のなかには少しも存在しなくて、新世界を見た感覚だった。


不思議で、面白くて、気付いたら嵌ってた。


”あー、俺、生まれ変わったら茉梨になりたいわ”


なんかの弾みで浮かんだ言葉だ。


即座に頭の隅に追いやって、鍵かけてしまい込んだ。


なのに、時々顔を出す。


「お前でも憧れるの?」


「へ?」


「自由に」


「憧れない!?好きな時に、好きな事して、好きなとこ行ってー」


「今も好きな所行こうとしてるだろ?好きなコロッケ買いに」


「んー・・そうだけどー・・そうじゃないー。あ、お腹鳴った。さ、コロッケ、コロッケー」


まさに自由そのものな茉梨が、元来た道を戻り始める。


「・・・猫って言っても、飼い猫嫌なんだろ?」


どう考えても、家で誰かの膝に乗って毛繕いされてる猫のイメージじゃない。


「お家で優しい飼い主に可愛がって貰うのもいいけど、やっぱりそこは野良猫でしょう!」


「でしょうねぇ」


「え、野良猫いや?」


「猫がいいとか思った事無いわ」


「野良猫になったら、町中の抜け穴探す冒険に出よう!」


「え、誘われてんの?」


「そう。誘ってんの」


「それは何か、俺も野良猫決定ってことか?」


「んー・・・犬・・?」


まじまじ勝の顔を見て茉梨がどっちだろう?と首を傾げる。


「あ、じゃああれだ!ロバとか豚とか、いっぱい出て来るやつ!あれ、やろう!」


「えーっと、待て、大体わかったけど、音楽隊のやつだろ」


「そうそれー!」


「豚じゃない、鶏」


「じゃあ、ロバと鶏探しに行こう!」


「・・・どっちにしても旅に出るのな」


「居心地の良い住処を探して、皆で音楽を奏でながら楽しく旅をしよう!旅は道連れ世は情けぇ」


いきなり時代劇なワードが飛び出したが、茉梨が上機嫌なので放置しておく。


「旅の仲間はさ、魔王を倒したらお別れだけど、音楽隊の皆は、皆で新しい居場所を見つける所がね、好きなの。終わりじゃなくて、また始まって、それが続いていくって言うのがね、なんか良くない?皆の楽しい毎日が、ずっとずっと続いていくって事でしょう?日常に戻るんじゃなくて、新しい日常を作って行くのがなんかいい」


ワクワクするよね!と満面の笑みで言った茉梨の横顔は、やっぱり自由で。


その誰より自由な茉梨が、一緒に行こう!といの一番に誘った相手が自分だというのが、物凄く心地よい。


「ココア買ってやろっか」


「おお!太っ腹ー!ミルクココアお願いしまーす!」


はーい!と手を上げた茉梨の後ろ頭をポンと叩いて、任された、と勝は答えた。




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