第24話 目的地
教室の後ろのドアを開くなり、ひょっこり顔を覗かせた茉梨がキョロキョロと視線を巡らせた。
すぐに視線がぶつかる。
「どーした?」
勝を認めた茉梨が、心底嬉しそうに目を細めて笑う。
そういう顔を見せるから、噂が1人歩きするのだ。
とは思うけれど、別段困っても居ないので放置。
当人達の預かり知らぬ場所で、二人がどんな風に認識されようと、語られようと知った事か。
”知っておいてほしい人”にだけ”事実”が伝わっていればそれでよい。
当事者が見ている”答え”それだけが“事実”なので、外野の言葉は丸無視で。
今のところ、この“事実”にまわりが期待する様な、甘ったるい恋愛感情は入りこむ余地が無い。
日々の楽しさだけを追求した高校生活は、恋だとか愛だとか、クラスの女子が求める様なふわふわした関係ではない。
そのうちお互い誰かを好きになるかもしれないが、勝としてはこの気ままで気楽な関係が丁度よい。
この関係性に固執するつもりなんてない。
茉梨の側はただひたすらに息がしやすい、ただ、それだけ。
「バイト何時から?」
「19時」
「それまで付き合って」
「何かしたい事でも?」
「んーあったり、なかったり?」
「なんだそれ」
苦笑交じりで机に広げてあった教科書類をのんびりカバンにしまいこむ。
教科書を真面目に自宅に持ち帰るのはテスト期間中のみである。
ここに入りきらないものはロッカーと第二生徒会室に保管してあった。
「荷物は?」
「まだ教室ー。先に、あんた捕まえなきゃと思って」
「そんな急ぎかよ」
「急いでないよー。ただ、先に会いに来ただけー。後で、こっち寄ってくれる?」
「んー、行くよ」
「よろしくー」
「あ、そうだ、茉梨」
「はいよー?」
「晩飯は?」
「予定なしー」
「おばちゃん遅いの?」
「昨日から新商品研修入ってるからなー」
「じゃあ、どっかで晩飯付き合って。俺バイト前に腹ごしらえしたい」
「よっしゃ!乗ったろーそのお誘い」
「いや、元はおまえが誘ったんだけどな」
こちら言葉は綺麗に無視して茉梨が教室から消えて行く。
本当にこういう時の行動の素早さには舌を巻く。
せっかちな茉梨が何もない廊下で転ばないようにだけ祈りつつ、勝は教室を出た。
約束通り、単車で駅前まで出る事にした。
本当に茉梨は予定を何も立てていなかった。
「適当~ブラブラぁ~ふたり旅~」
「おっまえ、ホントに思い付きな」
「んー?だって、そんな綿密に予定立てなくっても、その時々で楽しい事見つけたら良くない?」
茉梨の無計画さは、呆れるを通り越してアッパレの一言に尽きる。
掴みどころのない彼女は、いつも自分の目と耳で、楽しい場所を見つけては駆け出して行くから。
先を見据えないと歩きだせない慎重派の勝としては、慣れるまでは驚きの連続だった。
それまで、自分の知っている”女子”は”適当”とは、無縁の場所にいる子達ばかりだったから。
茉梨の”拘らない”柔軟さは、様々な影響を与えてくれた、良くも悪くも。
「俺がサッカー部辞めるって言った時もなーんも言わなかったもんな」
一年の時所属していたサッカー部を辞める事に決めた時も、茉梨はたった一言”あ、そう”と言っただけだった。
もーちょっと何かありそうなもんだろうと思ったけれど。
茉梨は次の瞬間笑って
”じゃあ、また、楽しい場所を探しに行こうねー。勝にとって一番良い場所”
と言った。
目から鱗が落ちた。
ひとり想い出に浸る横で、茉梨は駅前通りに並ぶ店を眺めつつ話し続ける。
「こないださー、コンビニで買ったグミあったでしょ?」
「ん、あの新食感グミ?」
「そーう。あれね、なんと20分近く噛んでられるんだよ!凄いと思わない?ガム並みに味残るの。絶対ダイエットに良いと思うなー。あ、んで夕飯何食べたい?ラーメン?ハンバーガー?」
何だかダイエットとは正反対のメニューが飛び出してきた。
突っ込もうかどうしようか迷って、結局スルーする事に決める。
「何でもいーよ」
「この時間だし、ファミレスでもいいかー」
まだ17時前だ。
夕飯時の混雑の前に場所取りをして、ゆっくり夕飯を食べるのも悪くない。
駅前のコンビニに単車を置いて、適当に歩く事1時間。
その間に、CDショップとゲーセンと本屋に寄った。
気になった場所を適当に覗いて時間を潰すというのは、二人の定番のパターンになっている。
そろそろ夕飯の場所を決めなくてはと、雑誌を立ち読みしていた茉梨を引っ張って本屋から出る。
「占い読んでたのにー!」
「占いはもうイイって、おまえどーせ信じないだろ、俺腹減ってんの」
ブーブーいう茉梨の髪をはいはい行くよと言って、くしゃりと撫でる。
「イイトコだけ全力で信じてるっつの!」
茉梨の全力のグーパンチが勝の脇腹にヒットした。
「イッテ・・」
と、前から来た女子高生に呼びとめられた。
「貴崎くん?」
目の前にいる女子高生はこのあたりでは見ない、私立女子高の制服を着ている。
一瞬、中学時代の記憶が蘇った。
「上本・・・」
「久しぶりだねー、卒業以来?」
「あー、そうだな」
「去年の夏に、クラス会あったんだよ?貴崎君来てなかったから、ショックだった」
「そっか・・・ごめん。部活の試合でさ」
「うん、柊介君達にきいた。サッカーしてたんだってね。知らなかった・・・何で辞めちゃったの?勿体無いよー」
中3の校外学習をきっかけに付き合い始めた彼女と別れたのは、三学期の初め頃の事。
理由は特に無い。
一緒にいる必要性を感じなくなったから。
上本はクラスでも大人びた女子だった。
控えめな性格で、あまり自己主張するタイプでは無かったと思う。
”一緒に帰る?”と尋ねた時に見せる嬉しそうな笑顔が印象に残っていた。
好きだったと思う。
けれど、今となっては”過去”だった。
「勝、先行ってるよ」
トンと肩を叩いて茉梨が彼女の横をすり抜けていく。
上本が気付いて、伺うような視線を送って来た。
「あ、もしかして彼女?」
「違うよ」
それはもうきっぱりと答えた。
「じゃあ片思い?」
「違うって、何で?」
「・・・勝君もっと落ち着いた感じの女の子が好きなんだと思ってた」
「嫌、アレは好きとかそういうんじゃない」
「・・・クラスの女子にも、そういう扱い絶対しない人だったのにね」
「アレは特別だよ」
”普通”の概念で付き合うとしっぺ返し食らうから。
勝の言葉に上本が目を丸くして、それから笑った。
「残念。再会したら、またやり直せるかも、なんて思ってたんだけど・・」
「ごめんな、当分誰とも付き合わないと思う」
「お友達がいるから?」
「毎日忙しくてさ」
これは嘘じゃない。
学校とバイトと茉梨、それ以外の予定が入りこむ隙間が無いのだ。
勝の24時間に。
上本は頷いて、それから付き合っていた頃よく見せていた可愛らしい笑顔を浮かべる。
「また皆で会えたらいいね」
「うん、また」
何の後悔も遺恨もなく、素直に頷いた。
★★★★★★
「何処行くか言っとけよ」
馴染みのファミレスの一角で陣取った茉梨を見つけて、勝は向かいの席に腰かける。
「ファミレスでもいーねっつってたじゃん」
「にしても、携帯あるだろ?」
時間を潰すならここかな、とあたりを付けて来たからよかったものの、ラーメン屋とハンバーガーショップを回ってたらどうするつもりだったのか。
「あの本屋から一番近いファミレスだし。あんたはあたしを見つけたし問題なし!ちなみ、あたしはたらこパスタのセットを頼むので、とっとと決めてー。ドリンクバーだけ先に頼んどいた」
メニューをズイっと押しやって、茉梨がテーブルに頬杖を突く。
それから、徐に携帯を取り出した。
「ってか、分かんなかったら、そっちが携帯鳴らせばよくないですかー?着信もメールも来てませんけど」
「・・・何と無く勘で辿りついた」
「ほら、問題ないじゃん」
あっさり笑って茉梨が先に入れて来たらしいオレンジジュースのストローをくるくる回す。
勝はざっとメニューを眺めつつ茉梨に言った。
「ウーロン茶入れて来て」
「んーらじゃっ」
立ち上がった茉梨が注文よろしく、と続ける。
「なあ」
「うん?」
「お前って変わってるよな」
「・・・はい?それは何、貶してる?」
「いや、褒めてる、めっちゃ」
「あーそう、んじゃあお褒めに預かり光栄ですっ」
ピースサインを繰り出して茉梨がドリンクバーに向かう。
その後姿を見送って勝はベルを鳴らした。
”目的地”が無くても苦痛じゃない。
”言葉”が無くても見つけ出せる。
これって、結構凄い事じゃないだろうか。
やって来たウェイトレスに注文を通したら、茉梨がグラス片手に帰って来た。
「はいよーウーロン茶」
「サンキュ・・・なあ、茉梨」
「うん?」
「目的地なしで、ぶらぶらしてしんどく無いのって、凄いな」
「・・・そう?ぶらぶらの先にすんごい愉しみが見つかるかもしれないじゃん。寄り道は最高の冒険なのだよ、勝君」
「なるほど」
自信たっぷりで茉梨がオレンジジュースを飲みほした。
「だから、あんたは迷わなくっていいの。自分が正しいと思った道を信じて大丈夫。間違ってたら、あたしがぶん殴って止めたげるから。それが、友達ってやつでしょう」
眩い限りの茉梨の言葉。
それを真正面から受け止めて勝は小さく笑って見せた。
「心強いよ」
無敵なきみがいるならね。
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