第17話 舞い散る

写真にとって飾っておきたいくらいに鮮やかな青。


白い雲がたんぽぽの綿毛のように、空の中を泳いでいる。


真冬の日差しはすっかりなりを潜め、小鳥もさえずる春本番。


鮮やかに咲き誇ったソメイヨシノが風に煽られて水色の空を舞う。


落ちてきた花びらをスカートの絨毯で受け止めて、茉梨がほうっと息を吐いた。


いつもの屋上。


春休みにも関わらず制服で登校しているのは、友英会メンバーに、入学式準備のヘルプを頼まれたからだ。


冬の間は拷問のように冷え切っているコンクリートの床も、今日は太陽の熱で程よく温まっている。


並んで床に座っている勝が、茉梨の無防備に投げ出された足をちらりと見て、ぎょっとなった。


まーた痣増えとる・・・


膝の上に青黒く染まった個所を見つけて、勝が眉根を寄せる。


「また階段か?」


どうせ急いでいて階段を踏み外しでもしたんだろう。


「ん、あーコレ?なんだっけな・・あ、あれだ!こたつ!」


「は?」


「おこたで昼寝してて、起きた時にぼけーっと膝小僧がつーんと」


膝を立てようとした時に、こたつの天板にしこたまぶつけたと言いたいらしい。


「あんまりにも痛かったから叫んだもん」


「だろーな・・こんななるんだから」


夏の日焼けも収まって白い肌を取り戻していたので、痣がやけに目立つ。


ここ最近ミニの時でもタイツを履いていたので気づかなかったのだ。


「膝ぶつけた衝撃で、こたつの上の湯飲みひっくりかえしたからね」


「叱られた?」


「わーってなった。おかーさんが速攻箱ティッシュでお茶拭いてたから二次被害はナシ!」


「さすが茉梨のフォローはお手のもん」


「いやいやいや、きみもなかなかのもんだよ、ワトソンくん」


はっはっは!と胸を張る茉梨の痣の無い膝を、勝がすばやくぴしゃりと叩いた。


「あいたっ!」


「そういうとこで誉められてもなぁ」


「ちょっとー女の子の膝叩くとかどーよ、それ」


「いっつも出してるだろ」


「出してるけども!普通に突っ込んでよね!他の女子にしたら反感買うからね、あんた」


「するわけねぇだろ・・・恐ろしい」


「あたしの恐ろしいところ教えてあげようかー?ひひひ」


不気味な引き笑いで茉梨が勝に詰め寄る。


プリーツの隙間から花びらがヒラヒラと零れ落ちた。


にじり寄ってきた茉梨の額を押し返して、勝が結構ですと宣言する。


「俺だって相手を選んでんの」


「ほわ!?容赦しない相手と容赦する相手!?」


「・・・なんかもっそい発想に偏りないか?それ・・まあいーけど」


「だって、ほら、あんたはさーインターホン鳴らされたら居留守使うタイプじゃん。門すら開けない、応じない人」


的を得ていないようで、物凄く的を得た答え。


勝の人となりを端的に言い表したセリフ。


思わず真顔になった勝が、茉梨を見つめ返す。


茉梨はその視線に怯む事も、臆する事も無く続けた。


「あたしは、断られても一度はお邪魔してみたい人だから。容赦されたくないから」


「・・・で?」


「んー・・まあ、ゆーなれば・・・選んでくれてありがとう?」


「膝叩かれたけど?」


「そこはそれ。だってあたしも・・・やり返すしー!」


にやっと笑った茉梨が、拳を繰り出す。


肩を狙うと見せかけて、止めようと伸ばしてきた勝の手を掻い潜って、がら空きの脇腹へ。


うりゃ!と掛け声とと共に見事なパンチをお見舞いした。


「うぉ!」


完全に不意打ちだった勝が、顔を顰める。


「茉梨は技、裏を掻く。を手に入れた!!タッタターラーリーラーラッタター!!」


茉梨が某有名RPGのBGMを咥えて胸を張った。


ジト目で犯人を睨み付けて勝が呻る。


「グーはやめなさい、グーは」


「友情とは拳をぶつけて高め合うものよ!ガンガンいこうぜ!」


「・・混ざってるからな、それ」


「うん。知ってる。敢えて混ぜてみました。RPGばんざい」


「この後の仕事残ってっからガンガンはやめて」


「えええええ!真の友情ゲットしようぜ!」


「・・・俺とお前が拳ぶつけあったら問題だろ、それは」


「そお?」


相互理解のために必要な過程かと思われます。


しれっと答えた茉梨が、だってーとしなを作った。


「そりゃあさあ。あたしだってぇー。体育館裏で、にらみ合いの末ビンタしあって頬腫らすー的な憧れがないわけじゃないけどー。それこそ絵的におかしくなるでしょ?考えてみてよ。夕日の屋上で向かい合ってにらみ合う一組の男女。平手打ちした手を握りしめて、それでもあたしたち友達よね!?みたいな」


「はあ!?どっからそっちの話になった!?」


「いや、勝がグーよりパーっていうからさ」


「・・・そもそもお前の発想がな。昭和」


「え!?昭和駄目!?義理と人情、アイドルはローラースケートと聖子さんカットな素敵時代よ!?」


「・・・誰からの影響かすーぐわかるな」


「でしょー?昭和歌謡曲メドレーいっとく?」


エアマイク片手にポーズを決めた茉梨が、視線を屋上の錆びついたドアに向けた。


近づいてくる複数の足音。


そして、ドアが開く。


「休憩終了ー!仕事するよー!」


多恵の言葉に続いて、ひなたと柊介も顔を覗かせる。


「お迎えきたよーう」


「配布資料作成すんぞー」


「えー!もう?早くない?」


「え、なに、取り込み中?」


柊介がいじわるな表情で二人を交互に見つめる。


勝はジト目で見つめ返すにとどめたが、茉梨は拳を握って肯定した。


「全力で取り込み中よぉおおおお!!」


「え!?うそ!まじで!?」


ぎょっとなった柊介が、破顔して勝のもとにすっ飛んで来た。


バシバシと勝の肩を叩いて詰め寄る。


「二人きりで屋上でなーにやってたんだよ?」


「・・・その期待たっぷりの視線やめれ。羨ましがってないで、お前も井上とやれば?」


勝が静かに切り返した。


途端、風向きが変わった柊介が渋い顔になる。


「なんでこっちに振るんだよ」


「自爆覚悟で特攻しかけてきたのそっちな」


ちょっとは痛い目見ろ、と勝が多恵に視線を向ける。


慌てて柊介が勝の腕を掴んだ。


「だーかーらーなー」


お前のとこと俺のとこじゃ勝手が違いすぎんだよ!と、柊介が必死に止めに入る。


と、そこに追い打ちをかける様に茉梨が割って入った。


「ちょっとおおお!?話振っといて放置プレイ!?柊くんは、構う相手間違ってると思いますっ。で、それはどーでもよくてー!!これから二人で昭和歌謡曲メドレーっとこうって話が纏まったばっかだったのに!!」


「纏まってないからな!」


「矢野!一言余計!」


勝と柊介ダブルで突っ込まれた茉梨が、仕方ないなぁ、と視線を団地組の歌姫に移す。


われ関せずと、傍観者を決め込んでいた多恵は、茉梨のにやにや視線に、嫌な予感を覚えた。


「なによ、なんかある?」


「超あるんですけどー」


「なに」


「なんかねーうちの相方ねー昭和歌謡曲メドレーじゃいかんらしーのですよ。歌う気になれーんちゅーやつね」


「で?」


「桜ソングメドレーなんていかがでしょうか?お嬢様」


最近歌ってないでしょう?と視線で問えば、多恵が徐に空を見上げて溜息をひとつ。


ひなたは手を叩いて賛成と叫んだ。


「おひさまの下で、多恵の歌、聴きたいなーって。駄目?」


「・・・そういう上目遣い、あたしにしても無駄だから」


「なら他の誰にすれと?」


「いるでしょ、歌謡曲メドレーの相方」


「無駄だからな」


すかさず勝がツッコミを入れた。


茉梨が絶妙の愛の手に笑顔を浮かべる。


青空と風に舞う桜。


多恵が歌いたくない訳がない。


「ってーことでー。午前中必死に団地組様のお手伝いに勤しんだ、勤勉かつ有能な友達思いの茉梨ちゃんのリクエスト、聞いてくれるよね?」


手伝い、とは言っても、教師陣との連絡役やら備品配達と言った雑務処理なので、茉梨の有能さは発揮されなかったのだが、ここはもう頑張った事にしてしまう。


ほぼ無人の校舎を駆け回る楽しさは、こういう時でなくては味わえない。


十分すぎる程”友英役員のお手伝い”を満喫したので、ご褒美が必要かと言われれば、必ずしもそうと言うわけではない。


けれど、井上多恵の歌、となれば話は別だ。


他人の前では滅多に歌わない彼女が、学校の屋上で歌う場面なんて、そうそうお目にかかれるものではない。


まさに超レアシチュエーション。


ぐっと拳を握るのを堪えつつ、多恵がゆっくりと目を閉じて、息を吸うさまを見守る。


「あんたはほんっと、ズルいよ。矢野」


「けど好きー。でしょ?」


「・・・」


茉梨の問いかけには答えずに、代わりに、茉梨にしては珍しくちょっと切ない桜バラードのリクエストのメロディをなぞる。


柔らかい春の陽気に溶けて流れ出す多恵の歌声。


ひなたと柊介が自慢げに微笑む。


あーいい顔。


見ているこちらまで嬉しくなるような、誇らしげな表情。


茉梨は緩みまくった頬を両手で押さえつつ、勝を振り返る。


待ってましたとばかりに、勝が親指を立てた。


”いい仕事した”


えっへん!と胸を張って、頷いて見せる。


”今日一番の出来高でしょうよ!”


多恵の耳心地の良い歌声が、有名なサビに差し掛かる。


何度も口ずさんだ大好きな曲だ。


茉梨は改めて視線を巡らせた。


余計なものがなに一つない、ただただ楽しさだけが詰まった時間。


堪え切れなくなって、勝に向かって打ち明けた。


”どーしよ!!すっごいたのしい!”

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る