第15話 あの雲なあに

待ちに待った春が来た。


いや、正確にはまだ来ていないけれど、もうそこまで来ている。


そんな柔らかい陽気の水曜日。


週の半ばで中だるみ。


目の前に迫った春休みに妙にそわそわして。


しかも宿題が殆ど出ない素晴らしい春休み。


まあ一週間後に迫ってるから分からんでもないけど。


3年生がいなくなった学校はやっぱりどこかガランとしている。


もともと3年生とは殆ど接点のなかった俺としては何も変わらない。


あ、変わることと言えば、会長が3年になるから前よりもあの部屋に行きやすくなることぐらい。


冬の始めにサッカー部を辞めてから、しつこく勧誘に来ていた柊介たちバスケ部もやっと諦めてくれたし。


まあその代わりに週末は柊たちの団地でミニゲームに付き合わされる羽目になったけど・・


井上にあっさりボールを奪われてあっちゅー間に点を入れられた時には心底驚いた。


あんなにバスケが上手い女子がいるのに、どうしてだかウチには女子バスケ部が存在しない。


斜め前を歩く茉梨がこの間からよくラジオで耳にする新曲を口づさむ。


・・・いや、歌詞間違ってるし・・


あまりに機嫌良く歌っているので、口を挟むのをやめておく。


バスケの才能だけじゃなく、驚くくらい歌唱力が高い井上が聴いたら、笑うか丁寧に歌い直すかのどちらかだろう。


「ファミレスー?ラーメン?ハンバーガー?牛丼ー?」


うきうきとはしゃぐ背中に本日の昼食のメニューを問いかける。


朝飯抜いてきた俺としては、とりあえず何か腹に入れたい。


「~♪・・・・え?」


振り向いた茉梨が訊き返す。


「昼飯、なんにする?」


「ちょっと!歌詞分かんなくなったじゃん!」


眉間に皺を寄せて言われて俺は呟く。


「さっきから歌詞間違ってただろーっつか、サビしか歌ってねーし・・・」


「だってサビがやったら耳に残る歌なんだもん」


「たしかに・・・」


「もういっそこの歌さあ、サビだけでよくない!?」


歌い手と作り手の気持ちを全く無視した発言に俺は一瞬目を丸くして・・・


次の瞬間爆笑した。


腹を抱えて涙目になる俺を見て


「・・・なんで?」


怪訝な顔をする茉梨の肩を叩く。


「いや、もーなんか茉梨らしすぎて・・・お前ってそーゆー奴だよなぁ、うん」


立ち止まったままの茉梨を追い越して、牛丼屋に続く道を曲がる。


追いかけてくる足音がして、すぐに茶色い頭が隣に並んだ。


「んで、結局牛丼なの?」


全く人の話を聞いていないようで、ちゃっかり聞いている茉梨である。


「俺はガっツリ食いたいの。異議は?」


「ございませーん」


「んじゃ決定」


「あ、そのあと、駅前のCDショップ行こうよ」


「わかった」


二重の意味を込めて頷く。


それを正確に理解して茉梨が唇を尖らせた。


「だってさー、2番の歌詞が微妙なんだもん」


「どーせ聞いたってすぐ忘れるって」


「なんでさ」


「テレビでやってるの聞いてすぐ歌ったって、いっつも作詞作曲してるし」


「いつよ?」


「日常茶飯事。こないだも台所で歌番組の後歌ってたけど、すでに曲調から変わってたからなー」


「そーゆーときは訂正してよ」


「アレンジの才能あるかもなーって聴いてた」


「そこ感心するとこじゃないから」


呆れた顔で茉梨が言って空を見上げた。


そして、また性懲りもなくサビしか分からない新曲を歌い出す。


正午すぎの車道は車の通りも少なくて、信号で運よく途切れたところを斜め横断してしまう。


片田舎のこの町は、至る所に畑や田んぼが残っている。


歩道から畑に降りるための階段や、カラスよけの網。


川に掛った短い橋で立ち止まって雪解け水の流れる綺麗な川を覗き込む。


「あ!魚!!」


「ほんとだ・・あっちにもいる」


茉梨の指さした以外にも小さな魚が気持ち良さそうに泳いでいるのが見えた。


夏には虫刺されもなんのそので、子どもたちが虫取り網片手にザリガニ探しにやってくる。


川をじっと凝視していた茉梨がふと顔を上げた。


そして空を仰ぎ見る。


「でっかい雲ー」


釣られて見上げると、前方に大きなまっ白い雲が広がっていた。


小学生のころ見た子供向けのアニメ映画を思い出す。


雲で大きな国を作る話があったなー・・・


再び歩き出した茉梨が、急に黙り込んだ。


俺は別に気にも留めずにそのまま無言を通す。


こうゆうことは良くあるので対処は慣れていた。


放置。


偏にこれに限る。


しばらく黙りこんだ茉梨がようやく言いたい言葉に思い当ったようで、両手を叩いて嬉しそうに口を開いた。


「分かった!!」


「なにがー?」


今日の夕飯のメニューを考えていた俺は上の空で訊き返した。


茉梨は相変わらずにこにこしたままで、空を指さして自信たっぷりで言った。


「鳳凰!!!」


「・・・はい?」


飛び出した奇怪な言葉に俺は夕飯メニューから頭を切り替える。


どっから出てきたその言葉!?


「よっく見て?ほら鳳凰が羽広げてるみたいに見える!」


言われてみれば、たしかに不死鳥とか、そういうたぐいのモンが羽広げてるように見えるか・・


「なんでまた鳳凰?」


最近読んだ漫画の影響?


それかテレビでそんなのやってたかな?


「どー見ても鳳凰でしょ。すっごいデッカイやつ。あたしたちなんて一口でペロリ」


「食わねーだろーけどな・・・・あ、じゃあアレ、フランクフルト」


鳳凰の右隣に見える小さい雲を指さして俺は言う。


あー腹減った・・・


絶対、特盛り食ってやる。タマゴつき。


「その隣のやつはー・・・・できそこないのクマ!」


「パンダでも行けんじゃないの?」


「なんとなくクマっぽくない?」


「そーいわれると・・・」


「あーお腹すいてきた・・・汁だくー♪フランクフルトも食べたいなー」


「牛丼食ってまだ入るかー?」


「分かんないけど、入んなかったら夕飯にするー。どーせお昼食べてから暇だしさあ。海まで下りて遠回りして帰ろうよ」


海まで下りるとなると・・・絶対3か所は寄り道することになるから。


ざっと見て3時間コース?


「そーだなー・・・食った分消費しねーと・・・すーぐ身につくからなぁ」


チラリと茉梨を見て言うと、すかさず右手の拳が飛んできた。


「食後の散歩は重要でしょう!」


それを左手で受けて右手で無防備な茉梨の額を弾く。


「散歩ねー散歩」


飛び蹴りが来る前に俺は牛丼屋のドアを勢いよく開いた。




散歩は3時間どころか4時間半の長旅になった。


途中の海岸沿いの公園で思わずウトウトして1時間も寝こけてしまったのが原因。


まあ、それもまた良し。


そんなこんなでもう間もなく2年生。

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