第11話 欲張りmajesty

これも、これも、欲しいものは


何だって 全部 ぜんぶ 僕があげる


だから きみの笑顔を見せて


☆☆☆


「いま何時ー?」


「んー・・さて何時だ」


ちらっとデジタルの腕時計を確かめた勝が、質問を投げ返す。


バイトも部活も無い平日なので、授業の後、教室で団地組とどうでもいい雑談をして、ちょろっと寄り道してから学校を出た。


茉梨の母親が、本日は会社の飲み会で遅くなるので、夕飯は各自で、と指示を受けている。


父親のほうもそれなら、お父さんも飲みに行ってこようかなぁ、と同僚を誘ったらしいので、つまり茉梨は夜間帯まで一人きり。


ブラブラしよう、どっか行こう!と昇降口を出た瞬間に提案ともいえないような提案が飛んできて、まあ、それなら駅前出るか、と歩き出したのが20分ほど前。


逆算すれば大体の時間は出る。


「学校出たのがー夕方の16時でー・・・あ、でも職員室の前で勝が先生に捕まったからー」


「捕まったっていう程捕まってねぇよ。立ち話してる間にお前がウロウロし始めたんだろ」


「だってさー、単車の話はまじでよく分かんないからさー」


今年赴任して来た新人教師は、教員免許取りたての23歳。


学校までの通勤が愛車のぴかぴかに磨かれたバイクで、勝とは車種やらフォルムやらの話題で会うたび盛り上がっていた。


が、茉梨としては全く興味が無いので退屈この上ない。


年齢的にはバイクなら乗れる歳だが、矢野家の両親が二輪の運転は最初から反対していた。(勝にも、くれぐれも気を付けて乗るように、と会うたび口を酸っぱくして言ってくる)


事故に遭った時が怖いし、茉梨としても必要性を感じていない。


来年には、自動車免許を取る予定なので、別段不便もない。


そんな茉梨が、勝と新人教師の話の間ぽつんと立ち尽くしている筈も無く。


そのまま職員室へ冒険の旅に出てしまった。


勝のほうも、茉梨がじっとしているとは思わなかったので、さして気にも留めていなかったのだが、その後の捜索がなかなか難儀した。


教科会議に出席する新人教師と別れて、職員室に茉梨を迎えに行ってみると、すでに茉梨の姿はなかったのだ。


「にしても、ちょろちょろ移動しすぎ」


「いや、最初はさー、みやもっちゃんのトコで大人しくしてたのよ、これでも」


悪びれずに茉梨が言った。


普段の自分が大人しくしてないという自覚があるだけとりあえずはマシといったところか。


今日の所だけかもしれないが。


英語担当の宮本教諭(通称:みやもっちゃん)は、友英教師陣の中でも人気が高い、若手の女性教師だ。


海外留学経験があり、英語以外にフランス語も堪能な才女である。


20代の女性教師らしくいつも綺麗なメイクとネイルを怠らない。


女子力の高さと雰囲気の良さから、憧れる女子生徒も多い。


茉梨は彼女に会うたび、まずはネイルのチェックをしている。


職員室の机に置いてあるOL向け雑誌は、茉梨世代にはちょっと手が届かない綺麗めなブランドが数多く紹介されていて、それを時々読ませて貰うのが楽しみのひとつとなっていた。


勿論、宮本と茉梨がきゃっきゃと盛り上がり始めたら、勝は無言でその場を離れるが、捜索が必要な程離れない。


「なんでゴールが校長室なんだよ」


「んー、みやもっちゃんが、書類に判子貰いに行くってゆーからさー、じゃあ一緒に行こうかなって。校長先生美味しい玉露出してくれるしね」


「それ来客用だからな・・どこの学校に校長にお茶入れさせる生徒がいるんだよ」


「いや、勧んで入れてくれるよ?今度一緒行く?」


「・・行かねえ・・ほんとお前の物怖じしなさ加減が時々怖い」


「ええー、むしろ入れて貰ったお茶飲まない事の方が失礼でしょ。厚意は有り難く受け取って、お礼を言うように躾けられてきましたー」


「ご立派な教育論で・・」


お宅のお嬢さんは、お望み通り真っすぐすくすく成長されてますよ、と心の中で勝は呟く。


「んで、お前が校長先生の玉露飲んで学校出たの何時?」


すでにこの時点で夕方の16時はとっくに過ぎてました。


腕時計を付けない茉梨は、携帯か勝に時間を尋ねる。


今日は恐らく授業の後はまともに時計を見ていない。


「よし、寄り道時間20分と計算して・・・16時45分」


「17時5分」


「え、そんな時間なの!?どこでタイムロスした?」


「・・・お前が言うの、なあ・・?」


ジト目で見下ろした勝に向かって、茉梨が満面の笑みを浮かべた。


「あ、ねえねえ、そろそろ小腹空かない?」


状況不利をすぐさま察知して、話を変えて来た。


まあ、最初の寄り道は自分だったので、これ以上とやかく言うつもりは無い。


もとから茉梨に付き合うつもりだったし。


「ほんっとにコンビニ増えたよねぇ」


「おれらが中学の頃は、駅前にしか無かったのにな。人も増えたしなー・・」


街と呼ばれる場所から電車で数駅離れた住宅街に住む茉梨と勝にとって、2年程前までコンビニはちょっと遠い店だった。


徒歩で行くには距離があり過ぎて、出かけたついでに寄り道するのが常だった。


散歩ついでにコンビニ行ってきます、と言えば往復30分は余裕でかかるな、というのが普通。


コンビニよりも、駄菓子屋と地元のスーパーとお菓子屋さんが主な利用店舗だった。


それがいまや、学校から駅までの間にコンビニが3店舗もあり、ちょっと足を伸ばせばもう2店舗異なるコンビニにも出会える。


帰宅途中での寄り道にも事欠かない。


古びたガソリンスタンドや、閉めっぱなしのパーマ屋、昔ながらの本屋が、次々とコンビニに生まれ変わっていって、淋しさはあるものの、遅い時間帯になると、少ない街灯にびくびくしていた頃を思うと、随分歩きやすい町になったものだ。


子供である自分たちでもそうなのだから、結婚当初からここに住む矢野の両親にしてみたら、もっと進化を感じているのだろう。


「おかげで買い食いが止まらなーい」


「でも、通り明るくなって安心だろ」


主に自分が、という言葉はそっと飲み込む。


バイト前に駅前で茉梨と遊ぶと、家まで送ってやれない事もあるので、安全性はどれだけ高くても困らない。


「それはね、大いにあるねぇ。まあ、痴漢が出たら撃退するけどさ」


ふふんと根拠不明の自信を見せる茉梨に、それは過信、と呟いて、左右に見えるコンビニを指差す。


「今日はどっち」


「んー・・緑」


「了解、晩飯どうすんの?」


「なんか買って帰ろうよ、お弁当屋さん寄る?母ちゃんお小遣いくれたよ、あんたの分も」


いつの間にか矢野家の食費に勝の分も組み込まれていた。


仕送りとバイトでやり繰りする生活なので、勿論喜んでご相伴に預かっている。


それなりの見返りは差し出している自覚もあるし。


「お、まじで?ラッキー。んじゃあ、コンビニでおやつな」


今日は好きなもの買ってやろうと決めて、緑のコンビニに入ると、茉梨が迷わずカゴを掴んだ。


「いいよ。おやつは買ってやる。晩飯代でチャラね」


途端、茉梨の顔がキラッキラ分かりやす過ぎる位輝いた。


食べ物で釣られるって一番危ないパターンじゃないか、と勝は内心溜息を吐く。


まじで、知らない人には付いて行くなと後でよく言い聞かせておこう。


「ええーいいのーまじでー。すまんねぇ。あ、じゃあねえ・・」


ちらっと茉梨が視線を向けたのはレジ横のカウンター。


「茉梨、弁当食うんだよな?」


「うん、それは買うよ、野菜たっぷり系」


「・・は、そこだけヘルシー志向でも・・」


「あーどうしよ・・豚まん・・・あんまん・・変わり種のえびチリまん・・豚まん・・」


「・・共食い」


吸い寄せられるようにガラスケースに向かう茉梨に、つい本音が零れた。


あ、しまった、と思ったの時には、あーん?と声が聞こえてきそうな冷やかな眼差しが返って来た。


それだけでは飽き足らず、拳が脇腹に命中する。


思い切り油断していた。


「悪かった、イッテ、ごめん、イッテ、まじで」


ドシドシと繰り出されるパンチを避けながら、勝は慌てて謝罪する。


「心がこもってないですけどぉ~?勝さぁあああん?」


「いや、こもってる!こめてる」


「誠意って・・何かね?」


「分かった。わーかったから、いいよ。豚まんもあんまんも、えびチリマンも、欲しいの全部買って帰ろ、な?」


「え!?」


「どれも食べたかったんだろ?どうせなら4人分、4つ選べば?」


矢野夫妻と茉梨と勝で4つ。


4等分して組み合わせれば、まんべんなく食べられて茉梨も満足するだろうという考え。


「豚まん、あんまん、えびちりまーん!もひとつおまけにピザまーん」


いつの時代も子供に大人気の無敵パンヒーローのテーマソングみたいに茉梨が唄う。


はいはい、と頷いて、ドリンクコーナーから定番のジャスミンティーと、烏龍茶を2本。


「これでいい?」


この後夕飯だし、甘い飲み物なら矢野家にもストックがある。


「わっかってるーう!」


ばしんと茉梨が勝の腕を叩いた。


遠慮なし全開の力で。


「うん、だからお前はもうちょっと力加減をな」


「ほんとに4つ買ってくれる?」


「・・それっ位、欲張ってもいいんじゃないですか?」


「だーよーねー!」


頷いてきゃっきゃとはしゃぐ茉梨が、いつものように笑う。


何の予感もなく、それはいきなり来た。


”あ、この顔は好きだな”


ふいに頭に浮かんだ感想に、思わず手に持ったカゴを落としそうになった。


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