第2話 ラムネの開け方

「そーっと、そーっと・・・」


「なんでそんな力入ってんだよ」


「いつもの感じで力技やると、どばーっとなるでしょ?」


「よく分かってんな」


いつもの自分が力技の塊である事を、茉梨が認識していた事に驚きつつ勝は言った。


茉梨の手元にあるのはラムネの瓶。


押し込んだ蓋を押さえたままで、茉梨がにこっと笑う。


「ふっふっふー。ちょっと成長して大人になった矢野茉梨もなかなかのもんじゃろ?おぬしも悪よのう、うししし」


「・・・もーどっから突っ込めばいいのか分かんねぇよ」


「えー、とりあえず、ラムネの正しい開け方をマスターしたあたしを褒め称えよ。喝采と賛辞を所望す」


えっへんと胸を張った茉梨が腰に手を当てる。


と、途端押さえていたラムネの蓋が持ち上がって、泡が毀れ始めた。


「あーあ。言った傍からコレだよ・・・」


大げさに肩を竦めた勝が、ラムネの瓶を持ち上げて、テーブルから非難させる。


「いやいやいや、結構押さえてたよ?」


「まだ押さえ足んなかったんだろ」


「えー・・・もう・・・あー!!なんで先に飲む!?」


目の前でラムネを口に運ぶ勝。


すかさず茉梨が突っ込むがもう遅い。


「買ったの俺。あー懐かしいわ、コレ」


「ちょっとー!あんたコーラ買ったじゃん!」


「アレまだ冷えてないの」


「知るか」


「うーわ。お前、そういう事言うの?」


取り返したラムネを勢いよく飲みながら茉梨がふん!とそっぽ向く。


「くはーっ!これこれ!!この炭酸が抜ける感じー!なぁーつー!」


まるで炭酸飲料のCMのようなセリフを吐いて、茉梨が笑った。


「なんか、お前アレだよな。風呂上がりに牛乳飲むおっさん・・イッテ!」


うら若き女子高生をおっさん呼ばわりした相方には、グーパンチをお見舞いする。


「おっさんなんて、ここにはいませーん」


「どこに制服で胡坐掻く女子高生がいるんだよ」


「だって、これが楽なんだもん」


しかもここ畳だしー!と茉梨が胡坐をかいた足を伸ばして遠慮なく寝ころんだ。


まるで我が家の様な自由ぷりだ。


これが外なら、迷わず、スカート!とか怒るとこだ。


が、貴崎家には今二人しかいないのでそこはスルー。


暑さで、怒る気力も無い、というのもある。


古びたクーラーがガタゴト鳴って、冷たい風を送り始めた。


「お前アレだろ、扇風機の前でスカート捲るタイプだろ」


「・・・なんで知ってんの?もしかして見た?」


「見ねぇよ!っつか、見なくても分かる」


「あれねー、もう、すんっごい涼しいんだから!」


「熱いからってそれ以上スカート短くすんの禁止な」


「このバランスが絶妙だから、これ以上はいじらんツモリよ」


「ほんとかよ・・・」


「さすがにこれより短いと、階段とか困るしさー」


「・・・そういう概念あったんだな、お前」


「なぬ!?矢野茉梨。人もうらやむ現役女子高生!」


ピースサインを繰り出して何故だか自慢げな相方に、勝がなんだかなぁ、とぼやいた。


「なんで、茉梨ってそーなんだろなぁ」


「そう、とは?」


「それ、そのまんまって事」


「あらら?殿方はご不満がおありと?わらわに言うてみい、聞いてやろうぞ?」


どうしてだか公家口調になった茉梨の額を弾いて、勝がラムネを取り返す。


「不満は・・・別にねぇけど・・・」


「あ、そう、なら、よし。っつか、あたしがこう、なのは、あんたにも責任がある!!」


ラムネを煽った勝をびしっと指さして、茉梨が言った。


「どのあたりに責任が?」


「茉梨は茉梨だし、っつった!」


「いやー・・・なんだろ、なんでそこで、それ?」


「あたしの背中、押したのはあんたの癖に」


「うーわ、いつだ、それ」


「知らんっ!あーもう、無い!!」


空になったラムネを見た茉梨が、思い切り不貞腐れる。


「コーラ」


「いいけど、温いよ?」


「氷入れて!」


「マジで?薄くなるだろ」


「それでもいいからー」


早く、早く!とせっつかれて、勝がしぶしぶ台所へ向かう。


居間との仕切りになっているガラス戸を開けると、一気に蒸し暑い空気が押し寄せてきた。


「あっつ・・・」


「あ、コレの処分よろしく!んで、さっさと閉めるー!」


空のラムネを受け取るなり閉じられたガラス戸。


ぴしゃん!と締め出された勝は、手に残ったラムネを持ち上げて嘆息する。


「おい・・・ったく・・・」


瓶の中では、取り出せないビー玉がカラコロと鳴る。


すぐそこに見えるのに、すんなりと手に入れる事は出来ない。


同じ様な存在を俺はもの凄く知ってる・・・


「茉梨・・・?」


無意識に呟いたら、なんだか急に気恥ずかしくなった。


「掴むつもりないっつの・・・」


誰にともなく勝は言い切った。

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