第9話 すききらい
じゃんけんに負けて買出し隊を仰せつかった俺は紙パックのジュースを両手に抱えて教室に戻った。
が、ジュースをリクエストしたメンバーの姿が教室の中に見えない。
「っれ・・」
さんざん急げだ何だ言っときながら・・・
俺はぐるっとクラス中を見渡してようやくその中の1人を見つけた。
とそのすぐ隣で楽しそうに話し込む望月ひなたと和田竜彦を見つける。
ここも纏まるのは時間の問題かなぁ・・・
ほのぼのムードを邪魔するつもりは毛頭ないので、声はかけない。
人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるそうなので。
教室に残って窓から階下を熱心に見下ろしている柊介の隣りに滑り込んで、視線を下ろす。
あー・・・そーゆーことな。
放送室前の花壇に座り込んで何やら話し込んでいる生徒が3人。
ひとりは言わずもがな、放送室の主こと井上多恵だ。そしてその隣りにいるのが、同じ団地組の学年1のクールビューティーと評される(本人かなり不本意らしいが)早川京(はやかわみやこ)。
んで・・・
最後のひとりが茉梨。
にこにこと柔らかい表情で井上を見守る柊介に向かって俺は率直な感想を述べた。
「そーんな幼馴染がいいかあ」
「・・・!!・・・早かったな」
驚いた顔をした次の瞬間にバツの悪そうな表情を見せた柊介の手に御所望のコーヒー牛乳を載せてやる。
「良いも悪いもないっつーの」
「あーまー刷り込みだもんな、お前のは」
好き嫌い以前の問題。
物心ついた時から一緒に育ってきた幼馴染なので、最初っから井上しか見えてない。
つか見ていない。
「んで、なんで放送室?」
「んー、多恵が聞きたいCD置き忘れたっていうから取りに行くのに、矢野がついていった」
「ふーん・・・早川が一緒ってのが珍しいよな?」
「実とゲームマニアの館に行くってさっき教室出たんだけどさぁ。なんでか京ひとりだけこっちに合流したらしい」
「どーせ武内が、職員室に呼ばれたんだろ」
寝食忘れてゲームに熱中するクールビューティーと引率役である武内は、ゲーム部が占拠しているコンピューター室の常連だ。
そして、ほぼ毎期欠かさずクラス委員を任される武内実と和田は、職員室と会議室の常連でもあった。
「たぶんなー。春になったら新入生入って来るからその準備やなんやあるらしいわ」
「へー・・・3年生(うえ)がいるのにご苦労なこった」
「綾小路さんが使えるヤツは学年関係なく採用!って教師と前友英会会長にかけあったらしーぞ・・・噂に違わぬキレ者だなぁあの人」
「あー・・・やるね、あの人なら」
現在学園の実権を握っているのはこの秋に会長職に就いたばかりの綾小路一臣なのだ。
甘い雰囲気と柔らかい物腰で甘く見積もると痛い目を見る。
味方にしとくにはあれほど強みになる人はいない。
と同時に、絶対的には回したくない。
どんな目に遭わされるのか・・・想像するだに恐ろしい。
「おー・・めっずらし・・早川が笑ってる」
昼休みの中庭で繰り広げられる雑談を見下ろしてクラスの男子が話題に上げた。
「わ・・ほんとだ・・・やっぱ美人だよなぁ。あの笑顔で頼み事されたら断われねーわ」
「わかるわかる」
確かに。
早川は基本無表情。
団地組の前では怒ったり笑ったりするらしいが俺や茉梨は彼女の笑顔なんて滅多にお目にかかったことがない。
学年1美人(ちなみに学園1の美人は望月南)である早川が友達相手であっても微笑みかけているのは一見の価値ありということだろう。
望月と和田以外の残りのメンバーのジュースを机に並べていたら観客のひとりの声が聴こえて来た。
「でも、矢野は何処居ても目立つなぁ」
「まー。見た目アレだしなぁ。黙って立ってりゃ、早川より声掛けやすい」
「あ、それ分かる気ぃする。なあ、勝ー」
同じサッカー部の木村が俺の方を見てきた。
「んあ?」
「矢野ってどーよ?お前、中学違うけど仲いいだろ?」
「どーって・・なぁ・・」
俺は思いっきり顔を顰めた。
”どう”も”こう”もないから。
「別に、俺には扱いやすいちゅーだけの話」
「やっぱ可愛い?」
「あのなぁ・・・そーゆ価値判断を俺に求めんな」
「いや、でも普通に可愛いよ。矢野、喋りやすいしさぁ」
ここで口をはさんだのは柊介だ。
さっきの報復らしい。
「あっそ」
「あっそってなぁ」
苦笑交じりで呟いた柊介の頭を小突く。
「あ、でも俺も可愛い部類に入ると思うけど」
望月と話し込んでいた和田まであっさり言ってのけて俺はますます面白くない。
和田の言葉にうんうん頷く周りの連中。
何かと話題の学園のアイドルが”可愛い”なんて言ったらややこしいことになるにきまってんだろが!!
それに、なにより。
「可愛かろうと、可愛くなかろうと関係ねェし。好き嫌いもどーでもいいけど・・・お前らに好き勝手批評されんのは面白くないなぁ。・・・茉梨のどこ見てソレ言うわけ?」
茉梨の見た目、性格。
あいつの思考や感受性、好きなもの嫌いなもの。そんなもんを何も知らない癖に。
「勝さぁ・・・それって・・」
柊介が可笑しそうに口を開くと同時にドアが開いて話題の3人が帰ってきた。
「たっだいまー。ジュース!!」
「バナナオレ無かったから、フルーツオレな」
「嘘、マジで!?フルーツー」
「文句言うな文句」
呆れた顔の俺の手から、カフェオレを取り上げて茉梨が楽しそうに笑った。
「じゃーあたしこっちにする」
茉梨の好きなもの。
砂糖たっぷりのコーヒー牛乳。
幸せそうな顔をする茉梨を見てなぜだか満足している自分がいた。
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