第6話 不本意ながら
「・・・ナンパされました」
屋上にやってくるなり、広告で作った袋からポテトを摘まみながら茉梨がそんなことを言った。
俺は週刊少年誌から視線を上げて、逆光を受けて立つ茉梨に向けて目を眇める。
なんつった・・・?
よくもまあ、そんな恐ろしいことしたもんだ。
世の中には”見てくれ”と”中身”があり得ない位かけ離れていても、全然おっけーな男もいるらしい。
・・・へーえ・・・
「どこで・・・?どんな奇特なオトコに?」
「んー・・・なんだっけかなぁ。食堂出たとこで、7組の・・・岸元くん・・・?っていたっけ・・・?」
「覚えてねェのかよ」
つくづく不運な男だなぁ・・
その恐らく岸元くんに同情さえしそうになる。
引き取ってくれるってんなら、喜んで。
いつだってコレをお願いするのに。
「ほらー・・お腹すいてたしさぁ。たぶんー・・・岸元くん・・・?」
「疑問形やめれ」
「んなこと言ったってさぁー」
「んで。ナンパされたお前がなーんでココにいる?お茶の一杯もおごって貰え」
「・・・ソレが読みたくなってー」
「マンガかよっ・・・あのなぁ、茉梨ちゃん」
「なんざましょ?」
「ちょっとココ座んなさい」
むきだしコンクリの床をペシペシ叩く。
「・・・説教?」
「じゃなくて・・・教えを説いちゃる」
「・・・・うわー・・・胡散臭い」
眉根を寄せた茉梨を手招きして、向かいに座らせる。
俺は咳払いをひとつして、口を開いた。
まさか俺が、コレ相手に恋愛ゴトの云々を説くことになろうとは・・・・
「岸元ってどんな奴?」
「・・・えーっとだから、たぶん、7組の委員長」
なるほど。
てことは、リーダーシップの取れる男ね。
自由奔放な茉梨の目付け役には持ってこい。
妙なヤツじゃないなら安心だ。
しっかし・・・真面目なヤツは、自由な気質に憧れんのかね?
岸元(たぶん)に茉梨が捕まえられるか謎だけど。
第一ハードルはクリアってトコだろう。
「なんて言われたんだよ」
「ほら、9月の総代会あったじゃん?あたし、副委員長だから、行ったっしょ。そん時になんか喋ったらしくって」
そう思ってみれば・・・1学期の副委員長に任命されてたな・・・
優秀な委員長がほぼすべての仕事をこなしていたので、茉梨は盛り上げ役のみ担当していて、記憶に残っていなかった。
「へーえ・・・」
「んで、そん時から・・友達になりたいって思ってたって言われまして・・・」
「・・・・・・トモダチ?」
その言葉に思わず俺は身を乗り出した。
なんつー保守的な攻め方!!
茉梨の性格をめちゃくちゃ掴んでいる。
”好きです”なら”ごめんなさい”もアリだが。
”友達になりたい”なら”喜んで”が茉梨的正解。
まずはお友達から、徐々に仲良くって・・・ヤツ?・・・なんっか・・・ムカツクんですけど・・・
「そう。友達って・・・トモダチってさぁ・・・」
「なに?」
「友だち・・・だよねぇ・・・」
悩むなそこで!!友達で終わるワケねーだろが!!
”友達”は”彼氏彼女”の通過点だよ!!
声を大にして言いたいけれど・・・イヤ・・・待て。
なんで俺がコレのことでイライラせにゃならん?
恋でも、愛でもお好きにどーぞ?
その筈だ。
☆★☆★
「眉間に皺寄ってるねー」
トントンと指でさされて、俺は頬杖ついたまま机に突っ伏した。
よりによって井上かよ・・・
「・・・どーした?柊なら部活にすっ飛んでったぞ」
団地組の井上多恵は、放送部員だが、ちょくちょく体育館に遊びに行っている。
バスケ部員の柊介とミニゲームをするために。
茉梨の話が気になって、どうにも動く気になれずにそのまま不貞寝してやろうかと思う。
帰る気にもなれない。
・・・今日に限って茉梨来ねぇし・・・呼ばねぇ時は来る癖に・・・
午後の授業は選択科目が殆どで、茉梨とは重ならない事の方が多い。
「柊介には別に用事ないし。・・・そんで、不機嫌の理由は?」
「・・・・なんで?」
「矢野が、勝がピリピリしてる!って言ってたからさぁー」
「あーそう・・・」
「暇だし、愚痴ぐらい聞きましょうか?」
「・・・愚痴なんかねぇよ」
俺の言葉を聞き流して、井上が視線をグラウンドに向ける。
そして、何かに気づいて声を上げた。
「・・・あ!・・・矢野と・・・」
勢いよく身体を起こした俺は、慌てて窓の外を覗きこむ。
そして・・・
「・・・残念でした」
ハメラレた!!!
にやっと笑った井上の言葉に、がっくり項垂れる。
「・・・お前さぁ・・7組の岸元って知ってる?」
「7組・・・?さぁ・・・てか、あたしに聞くのが間違ってると思う」
確かに、井上は自分のクラスメイトですら名前と顔が一致しない人間なのだ。
他所のクラスのことまで覚えているはずがない。
「・・・だよな・・・なんか委員長らしいけど」
「矢野のこと取られそうになってんの?」
「いや・・・別に。オトモダチしましょうって言われたらしいけど。俺には関係ない話」
「・・・関係ないって顔じゃないけどね」
「俺は・・・・アイツがどこの誰を好きになってもいいけどさ。”お友達”って切り口であいつが戸惑ってんのが何かムカツクんだよなぁ・・」
「・・・オトモダチ第一位取られそうで?」
井上の言葉で俺は我に返った。
・・・そうなのか?
茉梨のいう”友達”の枠の中に(分かりやすく言えば、俺や井上と同等の立場に)別の人間が入ってくることが面白くなかったのか?
”不動”だって知っているのに。
茉梨が俺の預かり知らぬところで、恋愛したってそれは、俺達の関係に何も影響しない。
・・・はずなのに?
なんでこんな焦ってんだよ・・?
「第一位かどーかなんて知らねぇし・・・つか、興味ねぇよ・・・」
考えたことだって無い。
井上は呆れたように溜息をついて立ち上がる。
「・・・あたしは、団地組(うち)の連中にあたしらより大事なもんが出来たら絶対嫌だし腹立つけどね」
「・・・・なるほどね」
なんやかんや言っても、柊介が焦らずに井上と幼馴染のままでいられるワケが分かった気がする。
「矢野に言ってみれば?」
「・・・なにを?」
すでにけしかけた後だっつの・・・ストレートのボールで、間違いなく綺麗にホームラン打ち返したと思ったんだよ・・
しょっぱなから”除外”扱いされないためにカーブで”お友達”なんて言ってくると思わなかったんだよ・・・
・・・しょーもねぇ・・
”誰を好きでも構わない”
”恋だの愛だの関係ない”
俺と茉梨の間にあるのは”名前のない関係”一番居心地が良くて、強くて、くだらない感情に振り回されたりしないもっと絶対的な。
新しい”友達”・・・が加わるなり崩れたりするような・・・
そんな関係じゃないはずだ。
「独占欲で離したくないって言えばいいじゃん」
「・・・は?」
「あんたのソレは、独占欲よ」
「・・・保護者意識と言ってくれ・・」
「保護者意識ねぇ・・・まあ・・・いいですけどー・・・」
バタバタ走ってくる特徴のある足音に気づいて井上が席を立つ。
「じゃね」
「あー・・おう」
俺は頬杖をついたまま彼女を見送って、入れ替わりで入ってきた茉梨に向かって手を振る。
「はいっカルシウムたっぷり牛乳お待ちどー!!」
「・・・待ってませんが?」
「イライラにはカルシウム!」
ドン!と紙パックを差し出した茉梨の顔を眺める。
確かに・・・ほんの少しだけ・・
俺以外にこの顔を見せてたら嫌だなぁと思ったりした。
・・・実に不本意ながら・・・
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