第5話 折り鶴折って

「いや、それは何かおかしいだろ?待て待て」


友英学園の広い敷地に並んだ特別棟の一角にある第二生徒会室。


友英会執行部の生徒会役員が集うのは生徒会室で、第二生徒会室は資料庫として使われており、殆ど人の出入りはない。


ここは、放課後の彼らの集合場所であり、秘密基地でもある。


住人は3人で、うち1人は現在不在にしている。


友英学園の首脳陣が集まる会議に出席のためだ。


長机に向かって、ひたすら難しい顔でウンウン唸っている茉梨の手元から、一枚の色紙を取り上げて勝がやっぱりなんかおかしいと呟く。


「なんで、あってない?これで」


言われた意味が分からず怪訝な顔をする茉梨。


折りかけの色紙は、このままいくとメジャーな鶴になる予定だ。


上手くいけば、の話だが。


「それだと鶴の羽が広がらんだろ」


勝が折り方を確かめて、溜息を吐いた。


「え、そなの?」


「茉梨、中学の時とか折らなかった?鶴」


呆れ顔で色紙を元通り広げて、手でアイロンをかけていく。


オレンジ色の色紙を一から折り直される様を見ながら、茉梨が遠い目をした。


出会ってからこちら、不器用、大雑把を間近で見て来たので何となくそんな気はしていた勝である。


「あー、そうね、うん、いやー・・・やってもらった・・・ほら、あたしの分野ではないからさぁ。いつも席隣の男の子とか、同じ班の子が折ってくれてた」


「まあ、回りのメンバーも茉梨に一般女子と同じ教養は求めてないと思うけどな・・・」


”わかんないから折ってー”そう言って色紙を丸投げする在りし日の茉梨の姿は、別の中学に通っていた勝にも容易に想像できる。


茉梨の良いところは、人見知りしないところと、人懐こいところ。


恐らく、初対面で茉梨を嫌う人間は皆無に等しい。


ちょっと油断した隙にするすると懐に忍び込んできて、あっという間に居場所思った作ってしまう。


それが、不思議と心地よいから、嫌えない。


こっそり茉梨の分析を行う勝の顔を覗き込んで、目の前で茉梨が笑う。


「あら、折り紙って必須科目?」


必須科目ではない。


そんな必須科目あったら、間違いなく茉梨は落第だ。


「普通はこーゆーの、女子のが得意だろ?」


折り紙や着せ替え人形にあやとり。


茉梨が楽しそうに遊ぶさまを思い浮かべて、勝が首を振る。


ダメだ、全然っ似合わねぇ・・・


あやとり位なら自分の方がむしろうまい気さえしてくる。


勝の言葉を受けて、茉梨がなぜか自信満々に言い返した。


それも、思い切り胸を張って。


「得手不得手は誰にでもある」


「開き直ンな」


記憶を頼りに数年ぶりに折り鶴に挑戦する勝の手は、一度も止まることが無い。


折り始めると記憶が甦って来て、するすると次の折り方が出て来る。


「あんたが出来るんだから問題なし」


どこから来るのかその自信は。


茉梨的100点満点の答えを受け止めて、勝が苦笑交じりに笑う。


この答えを引き出すに至った経緯を聞き返したくなったが、問うても同じことは分かっていた。


茉梨には他の誰も持たない”絶対”がある。


確実にこうだと信じているものがある。


それは彼女の中に無数に存在していて、いつもは眠っているのにたまにこうして顔を見せる。


そのたび、茉梨は最高に幸せそうに、最強の顔で笑うのだ。


眩しいとしか表現出来ないその強い強い光。


そういう時、堪らなく自分が救われていることも知っている。


勿論、勝は茉梨に対して何も言わないけれど。


これだから、一緒にいるのをやめられないのだ。


「・・・・じゃあさぁ、俺がお前の欠点補ったら、茉梨は俺に何してくれるわけ?」


「んー・・・どうしようかねぇ?何か、あんたの苦手なことってあったかしらん?あんたオールマイティーだからなー・・」


頬杖を突いて、折り紙を眺めながら茉梨が呟く。


勝はどちらかというと器用なほうだ。


複雑な家庭環境で育ったせいか、高校生にして、家事は殆ど完璧にこなす。


茉梨が手を出す暇もない。


というか、茉梨が手を出せば、仕事が倍に増えることが分かっているので、勝が簡単なお手伝い以外はさせないようにしていた。


眉根を寄せて宙を睨んでいた茉梨が、パッと表情を明るくした。


「そうだ!!めっちゃ名案思いついた!スーパースペシャル凄い事!あたしのが誕生日早いから、先に免許取ってドライブ連れてく」


「拒否権は?」


「当然なし!」


「・・・後部座席希望」


「却下!助手席!」


「俺が自動車恐怖症になったら茉梨のせいな」


「・・・怒ってもいいですか?」


早速グーを作って臨戦態勢になった茉梨はシュシュっと二人の隙間にパンチを繰り出す。


「パーにして」


ぴくりと眉を上げた茉梨の手のひらに出来上がった鶴を落として勝が言う。


「つーか、もう怒ってるし」


「良くない?きっと高3のうちには免許取れてるはずだしさあ、どっか遠出しようよ!」


「免許取れてたらな」


「とってるし。確実に」


「・・・あそ。で、なんでまた鶴なんだ?」


「カズくんが余りものの折り紙くれたからさ、やっぱここは鶴かなーと」


「初心者なんだからせめて兜とかにしときゃいーのに・・・」


「兜?あー!幼稚園で新聞のヤツかぶったなー」


長机に残っている折り紙を引き寄せて、大胆に三角に追った後で、むうと眉を顰めて手を止める。


あ、嫌な予感がする、と思ったがもう遅い。


「よろしくお願いしまーす!」


茉梨の溌剌とした声が響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る