第4話 最後の砦
期末テストは終わった。
憂鬱な最後の難関を突破して、開放感に満ち溢れた校内に集う生徒たちの表情は明るい。
テスト期間終了と共に一気にバカンスムード全開になった平和な教室では、そこかしこでアルバイトや夏祭りに向けたスケジュール調整が行われている。
名前ばかりのHR。
”1学期のまとめ”とかいうアンケートはものの数秒で終わり、後はチャイムが鳴って、昼休みを待つばかり。
はしゃぐ声が至る所から聞こえる。
そんな賑やか過ぎる教室の片隅で、どのグループの輪にも加わらず一人惰眠を貪っているのは勝だ。
無音の空間が苦手な勝にとっては、騒がしい教室は丁度良い昼寝スポットになっていた。
今日もバイトが入っているので今のうちに足りない睡眠を補うべく、机に突っ伏しているとチャイムが鳴った。
「じゃー解散。お前らあんまりはしゃぎすぎで午後の授業遅れるんじゃねェぞー・・っと矢野ぉお前早いなぁ!」
いの一番に立ち上がった茉梨を見て、担任がすかさず勝の名前を呼ぶ。
「貴崎ぃそろそろ起きて相手してやれやぁ」
「あ、センセ違うのさぁ。ちょっとそこまでー!多恵、行くよー」
あたしも忙しいのよオホホ、と茉梨が高笑いを返す。
「走らなくても自販機逃げないってば・・あ、ごめん、貴崎。矢野借りるね」
わざとらしく片手を上げて見せた多恵が、茉梨と一緒に担任を追い越して教室を出ていく。
「だとさぁ。フラれたなぁ、貴崎ぃ」
「せんせ・・もーほっといて」
入学してから四か月で定着したコンビの扱いに、反論する気もない勝はひらひらと担任に向かって手を振って、もう暫く寝ようと意識を閉ざす。
昼休みになると同時に、ガタガタと机を移動させる音や、廊下を行き交う足音、そして圧倒的に話し声が増える。
どこからか携帯の着信音まで聴こえて来て、さすがに二度寝は諦める事にした。
と、寝ぼけ眼で欠伸をしながら身体を起こした勝の額に何かがぶつかった。
冷たい・・・?
「なに?」
「お目覚めコーヒー牛乳ー喜べーいえーい♪」
「・・・あーそう・・・イタダキマス」
「よし、召し上がれ!んで、ご飯するよー。和田っちたちも呼んでるからね」
どうやらこれを買いに教室から飛び出して行ったらしい。
先にお昼を食べてから寝るか、ぎりぎりまで寝て、予鈴の後でコンビニ飯をかきこむかのどちらかなのだが、今日は前者になりそうだ。
教室の後ろで集まること数分。
机を4つくっつけたテーブルにぎゅうぎゅうに集められた椅子が8脚。
幼馴染全員で同じ高校に進学した、多恵達、通称団地組に茉梨、勝、隣のクラスの和田を加えた総勢8人。
入学してから集まる固定メンバーではあるが、お昼休みまで全員一緒に過ごすことはまずない。
多恵、京、ひなた、茉梨の四人は大抵クラスでお昼を食べて、その後、多恵の城と化している放送室に遊びに行く事が殆ど。
バスケ部の柊介と、幽霊サッカー部員の勝は、食堂に行く事が多いし、実と和田は執行部に選ばれているので、ランチミーティングに呼ばれて週の半分は会議室でお昼を摂る。
「夏休みどっか行こうよー。みんなで揃ってお出かけお出かけ」
「なるほどな」
勝の声に、隣に座った茉梨が卵焼きを頬張りながら首を傾げる。
「なにのなるほど?」
「このメンバーが召集された理由」
「40日の夏休みよ?1日位フルメンバーで遊びたくない?」
「賛成!」
「いいかもなぁ」
最初に声を上げたのは一番大人しいひなたで、穏やかに続けたのは和田だ。
ひなたの意見にはいつでも全力肯定で対応する分かりやすい秀才に、生ぬるい視線を向けながら弁当をつついていた多恵が、思い出したように言った。
「ねぇ・・・矢野ぉ」
「んあ?」
「あんたって一日何時間寝てんの?」
「・・・・その日によってバラバラ?多分」
自分の事のくせに把握できていません、と怪訝な顔になった茉梨から視線を勝へと移動させて、多恵が問いかける。
「睡眠時間6時間切ると思考回路止まるだろ」
どこにいても、なにをしてても。
最近では大体ガソリン切れになるタイミングが分かって来たので、どうにか対処しているが、おやすみなさいの後始末は全てさせられるので面倒な事この上ない。
「だってさ。それがなにか?」
自分の睡眠時間をさも他人事のように告げた茉梨が、勝の手に持っていた焼きそばパンに齧りついた。
もぐもぐごっくんの後で、ちょっと頂戴、と後付けされる。
さっきまで弁当食ってたくせに・・・
「底なし胃袋」
「底はある」
「当たり前だ」
「ないって言ったのそっちだしー」
「揚げ足とるな、ばか」
「ばかっていうほうがばかー」
「じゃあもうどっちも馬鹿でいいじゃんな」
「柊介纏めんな」
「茉梨ちゃんの活動時間が限界になったところまだ見た事ないかも」
「あ、そう?電池、結構すぐ切れるよ?でも結構すぐ回復するかも」
「充電式かあんたは」
呆れ顔で言った多恵に、茉梨が驚くほど自慢げに胸を張る。
焼きそばパンの次は、コーヒー牛乳に手を伸ばしながら口を開く。
これは茉梨が買ってきたものなので奪われても怒れない。
「あたし、慣れたとこだとすぐ寝るからなぁ」
「・・・・・・へえー」
生ぬるい視線の行き先を勝に切り替えた多恵から思い切り顔を逸らした。
「確かにお前はすぐ寝る。電話してても、メールしてても、喋ってても」
「休息時間は必要なのさ」
「持久力を養え持久力を」
突っ込んだ勝に向かって茉梨が意味不明という表情をしてみせた。
「なして?あんたいるのに必要なし」
「・・・・」
虚をつかれた勝が思わず黙り込む羽目になって、そんな友人の表情に斜め前の柊介が小さく吹き出す。
「・・・こりゃあ無敵だわな」
死ぬほど悔しいが、ずっと前から知っている。
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