第5話

 街の調査を始めて一週間ほどが経った。

 分かったことは、この街には住人で結成されたいくつかの派閥が密かに存在し、表向きは協力し合っているが裏では足の引っ張り合いや、自身の利益だけを求めて悪行を重ねている。

 街の復興が一週間たっても簡易的な建物が数件しか建っていないのも、それらの水面下での争いがあるからだ。

 本当なら街の中心である行政関係の場所は完成していてもおかしくは無い。


 冒険者協会は既に冒険者の召集を開始するために独自で拠点を設置し、冒険者を募っている。

 近隣の街や村からは応援が駆けつけているものの、資材の調達にも時間が掛かっており思うようには進んでいなかった。


「今まで、よく街として存続できていたな。まあ、今となっては街になるまで復興できるかも怪しい所だが」


 そして、戯神信仰守護騎士団との関係性も分かった。

 とある派閥が、自分たちの力を得るために街に拠点を置かせて、権力と利益を得ようと企んでいたところに、その協力者として現れて、まんまと口車に乗って街の中に入れてしまったのだ。

 その際の契約内容が、邪戯創神教への新規入信とその勧誘を行う事だった。

 だが、どの国でも評判が極めて悪い宗教なので安易に話を持ち出すことができず、新規が増えなかったことにより、邪戯創神教が戯神信仰守護騎士団を派遣したのだった。

 拠点が破壊されたとの理由付けは後付けで、実際にはそれらしい拠点は構えていなかった。

 正直、ロクでも無い奴らと手を組もうと思ったことが不思議だが、手の届きやすい場所に力があれば、それを欲してしまうのも人間の性と言うものだろう。


 今は反省しているのか、その派閥は邪戯創神教とは連絡を取り合っていない。

 だが、邪戯創神教側から何人かが街に派遣されており、状況偵察や魔物を利用した武力偵察を行っている。

 その全てをアレンが追い返しているので、最近は観察することだけに徹底しているようだった。


「魔法師様、街の復興にご助力いただき誠に感謝します。ただ……」

「復興するための人でも足りなければ、資材も足りないと言いたいのでしょう。私が使える魔法の中には、確かに物体を形成する魔法があります。しかし、それも一時的なモノで時間が経てば消えてしまいます。今以上の支援はできないですね」

「そうですか……」


 トウヤの両親は落ち込む。

 あてにされていたのはここに来ていた時点で分かっていたので、資材調達やその運搬を魔法で手伝っていた。


 実際のところ、アレンが魔法で建物を作成しても壊れることは無い。

 素材は魔力だが、発現した物質に関しては魔力ではなく、素材そのものなのだ。

 なので、魔力が切れれば消滅したり、常に魔力を補充しなければならないなんてことも必要ない。


 では、なぜアレンはその方法を教え、復興を進めないのか。


 それは、トウヤたちの両親で、父親である街の長が一番怪しい所にいるからだ。


 実は邪戯創神教と手を組み、裏で街を襲わせ、その恐怖に屈した他の派閥を飲み込み、富と権力を更に得ようと考えていたのは、この街の長だった。

 それに気づいたのは、つい先日だが、この街を訪れた際に最初に会話をした時の表情が、何処か暗く他人事だったのが気になっていた。

 その勘を頼りに、特に監視の目を付けていたら、やはり正解だった。

 彼らが戯神信仰守護騎士団の騎士数名と密会を行っており、そこで詳細が知れたのだ。


「魔法師様、我々は復興に向けて、明日に街の人々を集めて集会を開きたいと考えております。どうかその知恵とお力をお貸しいただけないでしょうか」

「……分かりました。力は貸せるか分かりませんが、知恵や工夫の方法など知っていることは教えましょう」

「ありがとうございます。本当になんとお礼をすれば……」

「いえいえ、気にしないでください」


 アレンは密会の内容を思い出す。

 彼らは街の人々を邪信仰守護騎士団の力で奴隷化し、一生使える駒として使いつぶし、いずれはこの国を乗っ取るとのこと。

 要は、この街はこのままでは最悪な環境の元、強制的に働かせられる監獄のような場所になってしまうことを意味していた。


 それが、次の集会時に行うという事。


 アレンは誰も聞こえないような小さな声で、空を見ながら呟く。


「……これは、いよいよ本格的に動くしかないようだな」


 そう言って、自身の貸してもらっている宿の一室へと戻り、支度を始めた。














 夕方、日が水平線に沈みかけていた頃、街の住民たちは街の中心にある広場に集まっていた。


「それでは皆さん、今後の街の復興について現時点の状況を共有したいと思います」


 長であるトウヤ達の父親は集会を始める。


「現在、この街の復興の進行具合は思うようには行っておらず、元あった頃と比べるとおおよそ二割程度しか復興できていません。資材不足や労働力不足などが主な原因と言えますが、その他にも魔物への対処や生活用品の確保なども挙げられます。近隣の街や村からも多少なりとも支援を頂いておりますが、彼らの生活もありますので期待を寄せすぎることも出来ません。魔法師様の滞在時の支援もあります。しかし、現状その力を私達は持て余している状況でもあり、資材不足が顕著です。貯えも無限にある訳ではないので、現在の復興速度だと冬季までに間に合いません。何か手は無いでしょうか」


 言った通り、この街には今の復興の労働力である人々が集団で生活できるぐらいの大きな宿と数件の民家、行政の仕事を行うための仮作成した役所、炊き出しなどの調理を行うための屋外調理場ぐらいしかない。

 手の付けやすい民家から復興を進めつつ、街の機能して必要な設備も同時に作成している状況なのだ。


「国王に復興支援を要請することは出来ないのでしょうか」


 街の住人の一人が言う。


「中央の方には既に連絡を行い、支援を貰うことを約束しました。しかし、国家運営の会議による採決を行った後でないと軍を動かせないとのことで、最短でも一週間、最悪一ヶ月は来ないと考えた方が妥当です」


 長がその質問に答える。


 この街は魔導都市アストレザではなく、商業国家アファトの領土に属する。

 商業国家アファトは国王を置きその下に議会を設け、その採択によって運営を行っている。

 国家運営の仕組み自体はアストレザと似ているが、トップに権限を集中させその発動を会議するアストレザと違い、アファトでは国王に権限はほとんどなく、国の象徴として存在しているぐらいの認識となっている。

 軍の最高指揮権も軍総司令官が保有しており、国王は軍の出動命令権しか持っていないのだ。

 そのような状況なので、アファトの行動力はいつも遅く、国交を結ぶ時も半年以上かかった記憶がある。


 因みに今回、アファト側は街の状況などは一切の詳細を知らない。

 なぜならば、邪戯創神教が関わっていると知った時に、この街の所有を放棄したからだ。

 アストレザはその際に、街をアストレザの領土して管理することを通達。

 最初は反対していたものの、アストレザを敵に回しても勝ち目がないことと、自分達が先に所有権を放棄していたことを付かれたため、結局は何の代償もなくアストレザが街の領土を確保したのだ。


「王族はやっぱり、平民のことなど重要視してないんですかね……」

「かもしれんな」

「あまり悪いことは言うものではありません。私達は出来ることをやっていくしかないのです」


 長は不満が出てきてざわつき始めたところを抑え、集会を進める。

 いろいろと案は出てくるが、そのどれもがその場しのぎでしかなく、復興に直接的に繋がるものは出てこなかった。


 日が完全に沈み、星が見え始めてきたころ、集会は終わりへと向かっていた。


「ではそろそろ夜も良い時間になってきたので、集会を終わりたいと思います。最後に何か話があったりする者は居ますか?」

「はい」


 長が集会の終了を宣言し、何か言いたいことが無いかと尋ねる。

 アレンはその問いに手を挙げた。


「おお、魔法師様。何かありますでしょうか」

「ああ、復興に関してはあまり力になれていないようで、すまない。だが、復興が進まない原因はもう一つある」

「それは一体……?」


 住人たちが交互に顔を見合う。


「戯神信仰守護騎士団だ。実は復興が始まったこの数日の間に、奴らからの攻撃と思われることが数回発生している。その全ては事前に感知し対処したため大事にはなっていないが、今でもこの街に何かしようとしているのは明確だ」

「なんと!?」

「更には密偵らしき者も数人確認されている。特に害は無いので警戒ぐらいにしているが、いつまた襲われてもおかしくない状況だ。なのでこっちで勝手に調べさせてもらったところ、驚きの真実が分かった」


 アレンはここで事の顛末を全て話すことにしていた。

 ずっとここで復興に携わっているわけにもいかないので、そろそろ終止符を打つことにしたのだ。

 弟子候補は既に見つかっており、今知っていることを開示すればそれも確定することになると考えている。


「この街がやつらに襲われた際、やけに奴らによる街の掌握速度が速かった。調べによると、なんせ二日で落とされたのこと。あまりにも手際が良すぎる。私がここに来ることになったきっかけである敵アジトに戻ろうとしていた馬車を発見した時、トウヤ達を助けた時も、正直手練れではあったが、手際は悪かった。なのでこう考えたのだ、街の中に彼らを引き込んだ者がいると」

「なッ!?」


 住人たちがざわつく。


「街の中にそのようなことをする者が、ましてや街を害することを良しとする考え居を持つ者がいるはずがありません。魔法師様、いくらなんでも街の住人でないのに憶測で口にしないでいただきたい」


 長が憤りを示す。


「それはどうかな。確かに私は部外者だが、仮にも街の復興に手を貸したのだ。違和感や異変を感じれば調べるのが当然じゃないか?」

「そ、それはそうだが……」

「それにその引き込んだ、いや手を組んだ者も既に調べはついている。そして今日、新たに住人たちを襲わせる算段をしていることもな」

「なんだと!?」


 そのことを聞いて、住人たちは慌て、冒険者たちは武器を抜いた。


「それは一体誰なんだ!」


 住人の一人が叫んだ。


「この街を襲わせる計画を立て、やつらと手を組み、更には復興も儘ならない今でも住人を襲うことを実行しようとしている人物。それは――――街長、貴方だよ」

「な!?」

「なんだって!」

「そんな訳が……」


 住人たちは絶句する。


「と、突然何を言いだすかと思えば、私がやったと。一体何を証拠にそんなことを」

「証拠ならある。二日前にあなたと奴らが密会している所を記録した」


 アレンは懐から、映像記録ができる宝玉型の魔道具を取り出した。

 魔力と込めることで指定した範囲の出来事を映像として記録することができ、何度でも利用できる。

 貴重品だが、アストレザでも売っているぐらいの代物だ。


 映像を再生し、住人達に見せる。

 そこには長が、やつら数人と森の中で計画の話し合いをしている所だった。


「……」


 長は黙る。

 トウヤはその様子を伺い、妹を背中に寄せた。


 住人たちは道具取り、冒険者は長へと武器を向ける。


「……なるほど、もう隠す必要は無いようだな」

「街長!?」


 そう言って長は指を鳴らす。

 すると、どこからともなく戯神信仰守護騎士団が姿を現し、集会場の回りを囲った。

 その数は数百人ほど。


「そうだよ、私だ。私が奴らと手を組み、街を襲わせたんだ」

「一体何のために……」

「私の思い描いた理想のためだよ」


 そう言って、街長は話し始めた。



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