第4話

「ほう、もうさっそく弟子候補を見つけたのか。やっぱりやる気になれば、どんな物事にもすぐに結果を出すのは、昔から変わっていないようだ。まさか、隣国まで行くとは……」


 魔法学園、最上階より一階下の大会議室。

 そこでは学園の運営方針を決める会議が行われようとしていた。

 学園長を議長とし、それぞれの分野にて主任クラスの役職に就いている十人の魔導士が揃っている。


「学園長、何かありましたか?」

「いや、こちらの話だ。話を続けるとするよ」


 学園長は自身の対鏡が反応していることに気づき、会議直前だったがその中身を取り出した。

 出てきたのはアレンからの手紙で、そこには弟子候補が見つかったとされる文面が書かれており、同時にその子たちが住んでいる街での状況が書かれていたのだった。


「了解しました。それでは、早速会議の方を行います。本日の議題は〈次年度入学式実施に関する内容の取り決め〉となります。いつもの様に進めさせていただきます、話がある者は挙手にてお話しください」


 魔法学園入学式。

 それは魔導都市において、都市の始まり一番の大型の企画となる。

 学園の入学なので、都市からすれば人が集まるだけと思うかもしれないが、実は都市としても一番重要なことなのだ。

 

 魔法学園は、魔法に興味を持つ者、魔術に興味を持つ者、神秘に触れた者、魔法に優れた素質を持つ者、魔術の適性がある者などを広く募集している。

 つまりは、自身の国以外からの入学希望者も応募できるのだ。


 入学式は自身の国の防衛の要でもある、首都の大門を開かなければならない。

 もちろん優れた魔法師や護衛騎士、警備隊を配置し、何があっても対応できるように備えておくつもりではいるが、他国の人間を受け入れるのだ。

 いつ、魔導都市に害を成すものが入ってくるか分からないため、そう一筋縄ではいかない。


「はい」

「ふむ、属性教育主任、カレンよ。発言を許す」

「今回の式典には、他国の来賓は来られるのですか?」


 魔法属性の教育主任のカレン・モーファンが質問する。

 彼女は若くして全属性の研究の第一人者になり、魔導師の称号を与えられた天才で、出した研究発表〈属性の付与に関する魔術と魔法の相互作用〉では素晴らしい成績を収めた有名人でもある。

 細かいことまでしっかりと決める性格で、彼女と話し始めるといろいろと考えこみながら話すために時間が掛かると言われるほどだ。


 カレンの質問に、学園長が答える。


「今回、国外から来られる来賓は、いつもよりも豪勢になる予定だ。隣国である商業国家アファトや神聖フォーミリア教国からも来る。小王連合国からも入学者は来るが、来賓は今のところ予定されてない無い。細部はまだ詰めていないが、アファトやフォーミリアは、次期国王の皇太子や皇女が来る予定だ」

「なるほど。そうなると学園周辺の警備の強化と、都市の防衛人員の増員を考えなければならないですね。式典の内容は学園長主導で考えられていると思うので、そちらについては私から言うことはありません」


 カレンは学園の警備について触れる。

 学園には、アストレザの住人だけではなく、友好関係を持つ国々からも入学することができる。

 アストレザの住人は入学金が国から負担されるが、他国からだと自己負担になるので、なかなか入学してくることは無い。

 ただ、魔法に関する知識を得るには常に最新の教育を行う魔導都市アストレザの魔法学園で教育を受けることが一番なので、王族や皇族が入学してくることがあるのだ。


「学園の警備については、情報漏洩の対策のため、例年通り入学式前日に伝達する。式典の内容も例年と大して変わることは無い。都市の防衛に関しては、既に防衛計画を魔導都市の議会にて可決したので、問題は無い。学園の警備担当は後ほど召集する」

「了解しました」


 カレンはそう言って、質問を終える。

 司会進行役である副学園長のルシカ・フィーゼンが続ける。


「それでは次の者」

「はい」


 次に挙手したのは、基礎学教育主任のトリム・ラアルートだ。

 トリムは魔法や魔術以外の、社会生活で必要なマナーやルールなどの教養や基礎的知識の教育のまとめ役だ。

 普段からやる気の無い気だるげな雰囲気を出しているが、生徒に対する指導は人一倍厳しく、泣き出してしまう生徒までいる。いつも白衣を着ており、学園内に設けられた教員の自室には薬学に関する物品が転がっている。

 規模は小さいが、現在の魔法や魔術の基礎学を定着させるための論文を数百ほどだしており、その研究の熱心さが評価されて魔導師となった。


「基礎学教育主任、トリムよ。発言を許す」

「はい。今回の入学について、事前の試験が行うことなく応募者全員が入学するというのは如何なのでしょうか?」


 トリムのその言葉に、他の参加者がざわつき出す。

 例年だと入学前に試験を行い、こちらが予め決めていた条件をクリアしないと入学することが出来ないようにしていたのだ。

 今回の入学が、何の試験も行わないことは知っていたが、その全てが入学することになっているとは学園長と副学園長と一部の人間以外、誰も知らなかった。


「今までの入学では、学科試験と実技試験を行い、条件以上で一定以上の結果を出した者のみ合格としていました。しかし、今回はそれらを行わずに入学希望を出した者が全員入学できるとなっているのは、今の在校生の反感と学園の負担になりませんか?」

「……今回、確かに入学試験を行うつもりは無い。理由は二つほどある」


 学園長が答える。


「現在の魔法学園には、全学年合わせて大体二千人程の在校生がいる。各学年には、それぞれに六百人前後在籍していることになる。そこに新たに今回は二千人ほどの枠を用意して、新しい学生が増える予定だ」

 

 学園では各学生にクラスが振り分けられているが、そのクラスごとに寮生活する以外で、はっきりとした教室は存在しない。

 教育は基礎学科以外は自分たちが受けたい学科を選択し、その学科を行う教育講堂へと参加する。

 授業へ参加し、各学科で指定された受講数を受けると、学科修了の試験を行い、試験を通過することで単位が貰える仕組みになっている。

 各学年で進級に必要な単位数が定められており、その単位を超えると年度ごとに上の学年へと上がることができるのだ。

 実は単位をいち早く集めることで、飛び級の仕組みも存在するのだが、その難易度が異様に高いため、過去に一人成功した以外で行った者は居ない。


「ではなぜ今回からこのような方法を?」

「今までの入学条件だと、ある程度の魔法や魔術に関する知識を有している者しか入学することが出来ない。我が学園の掲げる〈誰でも魔法魔術の教育を〉という方針に反すると思わないか?」

「なるほど……今までが当たり前すぎて、考えたことはありませんでした」

「そうだろう。だからこそ、今回から全員入学とすることで、知識が一切ない者でも学園に通うことができ、魔法と魔術の使い手が今までよりも増加するとの考えが出てきたのだ。その考えを、今回の入学で実証してみようと言うのが魂胆だ」


 現行の入学条件だと、学園に入学するには魔法か魔術に関する知識や技術をある一定以上は習得しておかなければならない。

 それだと学園で初めて魔法や魔術を学びたいと考えている希望者達を追い返すこととなり、学びの施設としてその意欲を削ることになってしまうのだ。

 教育者として、その現状を見逃すことは出来ず、今まで気づいてこれなかったことが不甲斐なかった。

 なので、今回の入学に便乗し、条件を変え、学ぶことを希望する者は全員入学することが可能としたのだ。


 学園の負担が増えるのは承知しているが、学園の設備と講堂の広さは今の学生数でも余るほどあるし、教師は魔法や魔術に関するプロである。

 現状でも問題なく学園として運営出来ているので、人数が増えたぐらいでは手間は増えるかもしれないが問題ないと考えているのだ。

 もし、教職員の人手が足りなくてもその増員は既に確保済みだった。


「なるほど、学びの意欲を消すことは教育を行い、魔法と魔術の研鑽と進歩を謳い、誰でも教育を受けると掲げている学園としても間違っている、と。そう言う事ですね」

「そうだ」

「……その考えは一理あります。しかし、在校生の反感と学園の負担が増えることに関してはどう考えていますか?」

「在校生に関しては、特にこれといった対策は行わない。既に入学の条件が変更され、後輩の人数が増えることに関しては周知している。確かによく思わない者も居たが、後輩の面倒を見るのも上級生の役割であり、後輩指導も魔法師や魔術師になるための第一歩だ」


 対策は行わないが、いままであやふやにしていた部分を明確化し、新たなシステムを組み込むことも検討中だったりする。

 現状、上級生は下級生の面倒を見ることが当たり前だとされているが、それを義務化し、寮の中でもグループを作り、そのグループで競い合わせたり指導や教育を行っていければと考えているのだ。

 まだ草案も出来ていないので、今回の会議では言うつもりはなかった。


「なるほど……」

「学園の負担に関しては、生徒の人数が増えるのだから、教員の人数も増やすことを考えている。既に何人か心当たりがある者には声をかけてあるし、良い返事も聞けている。もし、問題が起きたとしてもその時に対処することにしようかと考えているがどうだろうか?」


 学園長の言葉に、トリムは顎に手を乗せ考える。


「……そうですね。今までの運営方法でも対処できなかった事例はありませんし、人数が増えたとはいえ、寮も空き部屋が多ければ、教員の質もそれなりに高い。増員もあるのであれば、負担に関しても問題なさそうですね。分かりました。ありがとうございます」

「こちらこそ、ちゃんと考えてくれていることが目に見えて分かったので助かる。学園の運営に関してもしっかりと考えがいくつかあるので、決まり次第会議にて伝えることにしよう」

「了解しました」


 トリムはそう言って、席に座る。


「次の発言者は居ますか?」

「はい」


 次に手を挙げたのは、副学園長のアリス・ファクトビア。

 学園長の次に魔法と魔術に関して長けており、その力は本気になれば国を一瞬で滅ぼすことができる才能と実力の持ち主。

 銀色の長髪で、「天魔の魔眼」と呼ばれる紫色の瞳を持っている。


「副学園長、ルシカ・フィーゼンよ。発言を許可する」

「はい。今回の入学式に際して、意図と式典の内容についてはおおむね理解しました。しかし、この入学者リストを確認する限り、魔導都市と国交を結んでいない国からの入学者や種族まで関係なしにしたのは問題ではないのですか」

「……確かに友好関係に無い国からの入学者も、今回に限り受けれ入れている。だがそれはあくまでも国同士の話であり、その国に住む国民すべてが魔導都市に対して不満や疑念を抱いているわけでない。今回の入学に関しても、友好関係に無い国からの入学に関しては、事前に親御若しくは師匠や先生に当たる人物に承諾を得ていること、魔法や魔術を学ぶ意欲がどれだけあるかで本人の人柄を確認している。現状、我々に対して何か問題を起こしたり、潜り込みの可能性も限りなく低いと言ってもいいだろう」

 

 他にも特殊な魔法を利用して、不審人物の確認を行っているのだが、学園長しか知らない方法なので、それを他の教職員に伝えることはしなかった。


 現在、魔導都市はいくつかの周辺諸国や大国からは良好関係を築けていない。

 なにせ、魔導都市は一応は国として認識されているものの、実際のところは都市や町の集合体なのだ。

 魔導都市がその中で一番力を有しており、周りの街や小国が魔導都市の傘下に入ったことで、魔導都市を中心とした国が形成されているに過ぎない。


 更には魔法や魔術の第一人者が勢ぞろいしていると言っても過言ではないので、それなりの技術と力を保有しており、それが周辺諸国に影響を与えているのは確実だった。

 つまりは、魔導都市の研究結果の不正入手や都市内での犯罪行為を行うことを目的にした組織など、スパイや犯罪者がやってくると考えているのだ。

 因みにスパイのことを、学園長は潜り込みと呼んでいたりする。


「学園及び都市の防衛に関しては、しっかりと定め切らなければならないですね。私達教員はともかく、生徒達の保護、更には国民を守ることは学園だけでなく魔導都市としての責務でもありますから」

「そのことについてはまた後程示すので、今は聞かないでくれ。議会の方でも細部の議論中だ。決まり次第、書面にて通知する」

「……分かりました」


 ルシカは学園長の言葉におとなしく引き下がる。

 その様子に他の役員達は静観を決めているが、内心は穏やかではなかった。


 学園長であるアリス・ファクトビアと副学園長のルシカ・フィーゼンは、古くからの腐れ縁で、お互いをライバルとして認め、切磋琢磨してきた仲。

 その対抗意識は現在でも続いており、ちょっとした意見の食い違いだけでも言い合いをしたり、激しい時には魔法を使用した決闘まで行ったりする。


 会議でそのようなことが何度も起きており、実際学園の運営でどれだけの魔法師が修復や防御なので時間を費やしたか分からない。

 

 なので役員達はいつでも動けるように、魔法を水面下で構築しているのだ。

 だが、今回は衝突することが無さそうなので安堵している。


「他におられますか?」

『「……」』


 副学園長の質疑までで大体を把握したのか、他の役員は誰も手を上げない。


「誰も居ないようなので、今回の会議は終了します。明日には会議の内容を改めて書面にて渡すので、以後の質疑は直接担当者に聞いてください。それでは解散願います」


 次々と役員が席を立ち、大扉から出ていく。

 その様子を肘を付きながら、学園長は眺めていた。


「……ルシカ、お前が私以外で唯一対等だと認めているあいつが、いよいよ弟子を選定したぞ」

「……そうですか。魔導師としての尊厳を失わずに済みそうですね」


 ルシカは冷たい視線をどことなく空に送る。


「お前の性格は理解しているのだが、もう少し柔らかく対応することはできないのか?」

「私は私ですから。これ以上も以下もありません。性格も態度も変えるつもりはありません」

「……そうか」

「では、失礼します」


 ルシカはそう言うと、会議室を後にする。

 学園長はルシカが出ていったことを確認すると、どこなく喋りだした。


「……私も歳かな。ルシカが何かを抱えているような気がするんだが、如何せんどうすればいいかが分からない。あいつなら何とでもするんだろうだが。まあ、学園の頂点として君臨する間はこの学園を、都市を、簡単に手放すつもりはないがな―――〈転移魔法テレポート〉」


 学園長は誰も大会議室に居ないことを確認し、魔法を使用する。

 学園内では授業や対決以外での魔法の使用が制限されているのだが、教職員は緩和されており、学園長はその制限さえ掛けられていない。

 なので自由に魔法を使用できるのだが、時空系の魔法は全て全員が大幅に制限されているため、人目に付くところでは簡単に使用できないのだ。

 学園長は転移魔法で、学園長執務室へと戻ったのだ。


 会議室は再び静寂を取り戻すのだった。

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