第3話

「お父さん!お母さん!」


 妹のレナが、両親を見て声を上げ、走る。

 帰ってこられたことで安心してなのか、少し涙声だった。


「え!?ト、トウヤなのか!?」

「まあ、レナまで!?」


 両親は驚いて振り返り、飛んでくる二人をやさしく抱きとめた。


 アレンは襲われた街を見てみると、圧倒的武力の差で蹂躙された様子が窺え、街の住人たちが復興に向けて、汗水を流していた。

 いますぐに修復できそうなモノは人数を割いて早めに手を付けて、時間が掛かるものは後回しにし、自分たちが最低限の生活ができるように考えて行動している。

 

 街は魔法で焼かれたのか、家屋は燃え、道路には亀裂が入り、畑は荒らされ、家畜は無残にも殺されていた。

 正直、ここまで街を壊す必要があったのかと思う。


「お前たち、あいつらに連れていかれたんじゃ……」

「あの魔法士さんが助けてくれたんだよ!」


 帰ってこないと思っていた両親はさぞ驚いており、レナが両親にアレンのことを紹介する。

 父親がアレンを見て、尋ねる。


「君が息子たちを?」

「そうです。あ、申し遅れました。私の名前はアレン。魔ど―――魔法師です」


 アレンは魔導師と自己紹介するところを、魔法師と偽り名乗った。

 何故魔法師と名乗ったかと言うと、実は魔導師は世界に数えられるほどしか存在しない。

 魔術師と呼ばれる者は、魔法と魔術を極め、それらの知識技術を後世に教育、研究を行い、過去に偉業や覇業等と言える功績を果たしていなければならない。

 もし、こんなところで魔導師と名乗ると、確実強力な力を有している証明であり、後々面倒ごとになると考えたからだ。

 弟子探しで来ただけなのだから、既に面倒事に巻き込まれているところ、これ以上の面倒事は勘弁してほしいのだった。


「それは、何とお礼を言ったら……」

「何かお礼の品でも差し上げたいが、現状だと渡せるものなどないしなぁ」

「いえいえ、お気になさらず」


 アレンはトウヤとレナを弟子にするために許可を貰いにこの街へときたのであって、お礼をさせるつもりではない。

 正直、これが大きな国の王様だったりすれば、構わず褒美をもらうのだが、ボロボロの村から貰っても負い目が生まれるだけだ。

 お礼などをするぐらいなら、その余力を復興に使用してほしいと思った。


「いえ、そう言う訳にもいきません。大事な息子と娘を救っていただき、ありがとうございました。このご恩は一生忘れません」


 アレンは深々とお辞儀をする父親に対し、少し照れながらも大丈夫と伝えた。

 だが両親は折れることなく、何か土産を軽く包むように他の住人に伝え、一人が慌てて倉庫らしき建物へ入っていく。

 そこまでして土産を押し付ける理由が分からないが、家族を救ったお礼をどうしてもと言うのであれば、無下にする訳も行かない。


「お礼は本当に大丈夫ですよ。それよりも、なぜ彼らがこの街に?」

 

 アレンは気になっていたことを聞く。

 戯神信仰守護騎士団は標的にする街は、大体が裕福で金を多く持っているところか、自分たちの信仰に反することを行なっている場所のみとされている。


 この街は裕福といえるほどの資金や蓄えがあるわけでもなく、それらしい教会も無いので、信仰も高くないように見える。

 物資補給の為とかならば分からなくもないが、宗教を広めるにはいい場所だと思うのだが。


「どうやら私達の街が教壇の邪魔をしているとかで、急に襲ってきまして……」

「教団の邪魔?」

「はい、指揮官らしき男が言っていたのは、なんでも教団の施設を片っ端から潰されているらしく……でも、私達には一切覚えが無いのです。そもそも、彼らの拠点の場所を把握どころか、この街に潜伏していたこと自体知らなかったんですよ」

「そうなんですね。それはまた……」


 多分、この街の長の男の話は半分は嘘だろう。


 邪戯創神教に所属している者達は、良い意味でも悪い意味でも嘘を付くことが宗教の経典で禁止されている。

 彼らの行動原理は、宗教の信仰領域の拡大と自由な世界を目指しており、そのための手段の詳細は一切を問わないとしているのだ。

 その中に、自身が受けたことは徹底的にやり返し、叩き潰すと言った文言も存在すると言う。


 つまり、彼らの拠点が街にあり、その拠点が片っ端から壊されたと言うのは本当なのだろうと推測できる。

 だが、この街の住人がどうやって拠点を見つけて、破壊したか。

 それが疑問だった。


「私も微力ながら、街の復興を手伝いましょう。困っている者を放っては置けないので」

「おお!それはありがたい。ぜひお願いしたい」


 アレンは街に残り、復興を手伝いつつ戯神信仰守護騎士団について、調査をすることにした。










 その夜。

 アレンは一人、街の近くにある森の中へと訪れていた。


「ここなら誰も気づかないだろう。〈召命・黒鳥〉」


 自身の使い魔である黒鳥を召喚し、予め思案していた命令を実行させる。

 黒鳥は一鳴きすると、夜の星空に身を翻し、飛び去って行く。

 目標は、部下だった男に持たせた首である。


 あの首には予め、魔力とそれを隠すための隠蔽魔法を仕込んだ。

 黒鳥にその魔力を辿り、その位置を特定したのちに、その場所を教えるように命じたのだった。


「次、〈召喚・隠密者〉」


 次に召喚したのは、自身の形を持たない煙のような存在を十体ほど。

 彼らは影に生き、闇を好む者たちで、実態は無く、存在だけを残した者たちだ。


 諜報や監視が得意としており、彼らを認識するには相当な魔法技術を修めた者か、暗殺者や隠密、忍者といった似たような世界に生きる者だけ。

 つまりは殆どの確率でバレることが無い、優秀な密偵という事だ。


「――我ら、主の元に」

「お前たちには街の警護と、住んでいる人々の監視を頼む。もし怪しい行動や言動をしている者が居れば、そいつを注視して報告してくれ」

「――了」


 そう言うと、彼らは自然と一体化するように存在を消した。

 こうなっては召喚したアレン自身も認識するには難しく、探知魔法を使ってやっとだった。


「取り敢えず、時間が経てばこの街が襲われた理由は知れるだろう。正直、長は知らないだろうが、若い者達が張り切ってやらかしたのがオチだろうな。〈対鏡〉」


 アレンはそう言うと、自身の手に小さな手鏡を取り出した。

 一見何の変哲も無い手鏡の様に見えるが、実際にはもう一つ対として作られた手鏡がある。

 その手鏡とは常に繋がっており、超遠距離でも物の受け渡しが可能という、高性能な魔道具である。

 もちろん研究の過程で出来た副産物であり、アレンと学校長ぐらいしか使えない。

 使用する時も、膨大な魔力を使用して送るため、普通に使うと魔力貧困で死ぬ可能性まですらある。

 原理は古代遺跡からの産物品を応用して作ったため、古代技術の研究課程で出来たのだ。


「良さそうな弟子を見つけたので、もう少ししたら学園に戻ります。っと。取り敢えず、手紙ぐらいは出しておかないとな。一応あの学園の講師だし、非常勤だけど」


 魔法文で書いた手紙を、対鏡の鏡面の中へと放り込む。

 手紙が届くと、音が鳴る仕様なので向こうも気づかないことは無い。


「さて、と。取り敢えずはこんなものか。さっさと面倒事を解決して帰りたいものだな」


 アレンはそう言って、街での宿泊先へと戻る。








「やつがそうなのか?」

「はい、あいつが団長を殺した奴です」


 アレンが魔法を行使していた森の中で、その近くの茂みに隠れている二人の男。

 

「……魔法士、いやあの紋章はアストレザの魔法学園の者、ならば魔法師でもおかしくは無い。わざわざこんな事で、魔導師を送り込んでくるのはあり得ないだろうから、魔法師か魔術師といったところか」


 片方は団長の首をアジトまで持って帰った男で、もう一人は全身黒ずくめの服装でコートをした男だった。

 コート男はどうやら魔法の心得があるようで、アストレザのことを知っていた。


「どうします?」

「……ここは取り敢えず様子見だ。あいつが使った魔法も何か分かっていない。下手に藪を突いて蛇を出すことも無いだろう。あいつを殺したことは、もう少しこちらの準備が整ってからだ」

「了解です」

「それと、この後のことは奴に任せるつもりだから、その補佐を行え」

「あいつをここに……なるほど、だいぶ力を入れるようですね。了解しました」


 二人はアレンがこの場所を離れていくことを確認して、近くの岩場の横穴へと撤退する。

 そこを根城にして、街の状況とアレンを監視するつもりのようだ。


 二人は知らない。

 その行動の全てを、既にアレンに知られていることに。



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