第2話
「どうか、どうかこの子だけはやめてください!!」
「うるせぇ!それを決めたのは俺じゃなくて、団長だ。団長に言え!」
魔導都市の南側に国境を面する、商業国家アファト。
その郊外から数キロ先に存在し、魔導都市との国境付近にある街。
いや、街だったものが存在していた。
街の人々が住んでいた家々は壊され焼かれ、多くの兵士と街の自警団が屍と変わり倒れ、生き残った街の人々が街の中央にあった噴水に集められ人質となっている。
人質を取っている者達は、全員が騎士のような恰好をしており、その胸元にはとある宗教を示すシンボルが入っている。
人々はその誰もが恐怖で竦んでおり、事態を対応する者は居ないに等しかった。
―――戯神信仰守護騎士団。
邪戯創神教という宗教団体の信仰者と、その関係者を守護するために結成された騎士団。
邪戯創神教とは〈世界に真なる幸福を〉を心理として掲げ、そのためには必要悪が世界に必須であると説いている教団である。
教祖は存在しているが、姿や名前は一切表に出てきておらず、どの国も捜査しているが痕跡すら見つかっていない。
彼らはあくまでも宗教として名乗っており、教団を組織している。
しかし、どの国もまともな宗教として認めておらず、むしろ〈真なる幸福のためには、悪事も必要である〉という名目で、虐殺や強奪などの悪事を働いていることから、警戒し討伐の指示が出ているぐらいだ。
だが、彼らはそんなことは関係ないと、教団運営のために信仰を断った人々や裕福な人々から略奪を繰り返している。
今回もその一つ。
「おい、早くその子供を連れて行け。この街を我々の守護下に入れる契約の履行だ」
「了解です、団長」
団長と呼ばれる男が、両親からぴったりくっついて離れない子供二人に指を指す。
命じられた部下は、不気味な笑顔を浮かべて、子供へと近づく。
「や、止めてください!」
「父さん!」
「ママ…!」
末端の教団員が少年と少女を、無理やり両親から引き離す。
彼らはその悲しみの声など聞こえていないと、そのまま用意していた牢に入れて馬車へと放り込む。
「よし、これで契約は完了だ。お前たちの街は何があっても我らの神の元、俺たちが守ってやろう。もちろん約束を違えなければの話だが。もし、俺たちのことを売ってみろ、あいつらの命は無いと思え」
「そ、そんな……」
「そもそも、俺達は守ってくれだなんて……」
そう言いかけた父親に対し、団長は剣を抜いた。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「……いいえ、申し訳ない。息子たちをどうか頼みますッ……」
父親はそう言って、悔しさを顔に出さないように頭を地面につける。
子供たちはその姿に言葉を失っていた。
「ああ、分かった。そこは約束しよう。おい、行け」
「了解です!」
団長は剣を仕舞うと、軽々と馬車に飛び乗り、出発させる。
街からは団員の姿はいつの間にか消えており、残ったのはボロボロになってしまった街の建物と町で暮らしていた住民だけだった。
「…ッ、クソ!」
「あなた、まだ諦めては駄目ですよ……」
「ああ、分かっている。息子たちは必ず救い出す。だが現状のままでは、街で生きていくこともできない。せめてこの街で最低限の生活は出来るように、長として行動しなければならない」
「だったら私は食材と料理を」
「だったら俺は壊れた家の修復をやるぜ!」
「俺もだ!」
「私も!」
街長の言葉に、住人たちが鼓舞されたのか、街の復興に手を貸すことを宣言した。
「団長、貴方も悪い人ですね……」
「なにがだ?」
馬車の中、檻に入れられて揺られていると、会話が聞こえてくる。
「最初からあの街、守る気ないでしょ?」
「なんだその話か……そんなの決まっている。俺たちが守護するのは俺たちと同じ思想を持った同胞だけだ。見ず知らずの他人まで、なぜに守らなければならない?」
「うわぁ……。人質まで取っておいて、そう言えるのは流石ですね。味方ながら少し引くレベルですよ」」
「うるさい。それ以上くだらないことを聞くのなら、貴様の首をここに置いていくぞ?」
「分かりました。アジトに戻ります」
会話が途切れると、馬車の速度が上がった。
どうやら本当に、このままアジトとやらの場所に行くようだった。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫。僕が何とかするから、心配しないで」
少女は震えて身を縮こませているが、少年の方は何かを考えているようで、あたりを頻繁に見渡していた。
「ん?あれは……」
そして、馬車の隅の方に何かが転がっているのを発見する。
それは矢の先につける矢じりだった。
「なんであんな所に……、まあ幸い届く距離にあるし、何かに使えるかもしれないから持っておくか」
少年はその矢じりを拾うと、檻の鍵を見る。
鍵は檻と一体化になっており、開けるのは専用の鍵が必要となる。
鍵は団長と呼んでいた部下らしき人物が持っているのは確認しているが、如何せんそれを奪ってここを開けるには無謀な挑戦だと言える。
彼らは少なくとも実力者であり、子供である少年が立ち向かったところで、勝てる相手ではないことが簡単に想像がつく。
「……団長、何か先にいますよ?」
「あ?」
すると、また彼らの会話が始まった。
「おい、そこにいるやつ。そこを退け!」
馬車は速度を落とすことなく、道の中央で立っている男へと進む。
教団側は止まるつもりは毛頭なく、あわよくばそのまま轢き殺して、物資を奪おうとまで考えていた。
「あ?―――あー、あの紋章は確か奴らの……。ふむ、荷台には二人か。しかも子供ときた。十中八九、誘拐か奴隷売りだろうなぁ。ま、ここであったのも奇跡に近いだろうし、子供の方は興味深い結果が出てるから、助ける選択肢の一択だな。『泥蟻地獄』」
道の真ん中に立っている男―――アレンは、突っ込んでくる馬車の二メートルほど先に魔法を発動する。
一見、何も起きてないように見えるが、馬車がその上を通ると、その魔法は地面を液状化し、瞬く間に底なし沼へと変貌を遂げた。
「なッ!?」
御者は急いで馬を抑えるが、沼に嵌まる状況になり、驚いた馬は暴れて、馬車はその反動で深々と沈んでいく一方だった。
「次、『土結捕縛』」
「ぬお!?なんだこれ!」
「クソッ!あいつは魔法士か!」
団長とその部下は、馬車から飛び降りるも、あっさりと土による魔法で手足を縛られて、捕縛される。
「さて、一応お前らにも聞いておかないとな。何を目的に荷台の檻の中に子供二人を閉じ込めた?」
「な、何のことだか……」
「おっと、しらを切っても無駄だ。俺の後ろを見てみろ」
アレンが指さした背後には、少年と少女、兄妹の姿があった。
「なッ!!」
「いつの間に……」
「さっき沼に馬車を嵌めた時だ。その隙に召命させた黒鳥に回収させたんだよ」
「こ、黒鳥だと……」
空を見ると、そこには悠々とした姿で円を描くように飛んでいる黒鳥の姿があった。
黒鳥とは、鳥の中でも比較的温厚で仲間意識が強い動物だ。
集団での行動が多い魔法士が好んで使う傾向があり、黒鳥は魔法士のシンボルとしても有名となっている。
「魔法士なら誰でも持っているような使い魔だ。別に驚くことではないだろ?」
「……黒鳥を使役できる魔法士は、そのほとんどがそれなりの練度を持っていると言われているぞ」
「ああ、それね。そんな訳ないだろ、たまたま使っているやつが表舞台で目立ってしまっただけで、本当は魔法士の殆どが使役してるが?」
数年前に、黒鳥を連れて旅をしていた魔法士が、たまたま訪れたエルフの村を巨大な魔物から救ったという話があった。
巨大な魔物は、ジャイアントキングオーガと呼ばれ、魔物の中では最強格と呼ばれるモノだ。
それを黒鳥が翻弄し、魔法士がとどめを刺したという話である。
その話が誇張され、黒鳥はそれなりに強い魔法士しか使役することができない、なんていうデマが噂されていたのだ。
「まあ、そんなことはどうでも良い。取り敢えず質問に答えてもらおうか?」
「「………」」
捕縛されている二人は、口を開くことなく黙秘を続ける。
どうやら、自身の仲間や情報は売らないという意思表示なのだろう。
「そうか、話さないつもりか……。なら、直接見るまでだ。『
アレンの眼に、一瞬だけ魔法陣のような紋章が出現し、それを直視してしまった二人は全身から力が抜けた。
「……そうか。この先の街を魔物に襲わせて、守ってやる代わりの人質として彼らを連れてきたと。しかも利用目的は、召喚用の媒体ときたか……。これはまた厄介なことを持ち込んでいるようだな」
アレンはそう言って、右手首を捻り何かを掴むようなしぐさを見せる。
「『
瞬間、アレンの右手には紺色の剣が粒子と共に現れた。
一見するとただの剣の様に見えるのだが、その剣が放つオーラと独特な文様が普通ではないことを示していた。
「少年」
「は、はい!」
アレンに突然呼ばれた少年は、声が裏返りつつも返事をする。
「彼らのうち、どっちが上官か分かるか?」
「……そのマントを着ている方が、団長と呼ばれてました」
「そうか、ありがとう」
そう言って、抵抗することができない団長の首を、躊躇なく崩剣で切り落とした。
「うわぁ!!」
「きゃ!お、お兄ちゃん?」
少年は驚き、咄嗟に妹の眼を隠す。
流れとはいえ、目の前で人が死ぬところなど、妹に見せてはならないと思った行動だった。
アレンはその様子を横目に見て、心の中で感心していた。
「……少年、名前は?」
「……トウヤ、こっちは妹のレナ」
アレンは団長の遺体を土で埋めて、首だけを部下に放り投げた。
「おい、お前」
「は、はい……」
部下の方は完全に恐怖から、何も出来ずに頭が真っ白になっていた。
「その首を持って自分たちの本部に戻れ。これ以上関わらないのであれば逃がしてやる。約束してもいいぞ?」
「わ、分かりました。関わらずにすぐにこの場から去りますので、どうか殺さないでください」
「いいぞ、行け」
「す、すみませんでしたぁ!!」
部下はそう言って、団長の首を持って一目散に走り去る。
アレンは首に仕込んでいた魔法を起動して、様子見をすることにした。
「さて、トウヤ。お前たちには二つの選択がある。一つは街へと俺に送り届けてもらい、親と平和に過ごす。もう一つは、俺の弟子になるつもりは無いか?もちろんレナもだ」
「え……?」
「弟子?」
アレンは、これも何かの縁だと思い、二人を弟子に考えた。
理由は、馬車の荷台で捕まっていた時に感じていた、〈魔法の素質〉が人一倍あったから。
アレンが作成した論文を教えて、それを元に魔法を使っても問題ないぐらいの素質を持ち合わせていると考えたのだった。
「正直、二人には魔法の素質がある。特にトウヤ、お前には素質が多すぎるぐらいだ」
「僕に、魔法の素質が?」
トウヤはそう言って、自身の両手を見つめる。
「ああ。まあ、今すぐ決めろとは言わない。これから君たちが住んでいた街を見に行くが、付いてくるか?」
「は、はい。行こう、レナ」
「うん」
アレンたちは、街へと向かう。
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