やる気なしの魔導士とその弟子達

瑜嵐

第1話

 ―――世界は戦争と紛争と武力の睨み合いが、平和を勝ち取るために常に起きている。


 互いの利益と権力のために国土の奪い合いや、何かしらの特別な力を持ち、それを独占することで他の国より有利な立ち位置になることで、相手に不利な条件で無理やり国交を結ばせたり。

 全ては自分たちの生きやすい世の中を創るために、日々いろんなことが起きているのだ。


「君の魔法に対する新たな考え方は非常に興味深い。だが、それは君以外に実現させることは、不可能だったんだ。君に任せられる教え子や弟子は居ないと思うが、これからも頑張ってくれ」


 とある大陸の東側に、魔法と魔術の研究とその力によって栄え、王者の様に君臨する都市国家がある。

 魔法と魔術の神秘なる国―――魔導都市アストレザ。


 広大な国土と、世界に一つしかないと言われる世界樹を持ち、様々な資源と自然豊かな環境が存在する。

 魔法や魔術に必要な自然魔力が豊富で、国民の殆どが生活魔法を使用し、魔力を多く持つ者は攻撃性の高い魔法や特殊な環境下で発生する魔法などを使用して、国の防衛や研究に従事していた。


 アストレザの首都となる都市中央には、辿り着いた者を見下ろすかのように巨大な城が建っている。

 その城は全てを魔法によって建設され、魔術によって朽ちることも無ければ陥落することも無く、最強の防衛が備わっている魔法と魔術の結晶であり、魔導都市アストレザの首都の象徴となっていた。

 アストレザの運営を行っている行政府になっているのだが、魔法と魔術を専門教育する魔法学園としても利用しており、その防衛力と反撃力は絶大である。

 周辺国からは、〈味方としては心強いが、敵としては恐怖である〉との認識があるとまで言われている。

 

 魔法学園最上階、学園長室はそこにある。


「アレン、君の研究に対する熱い思いは聞いている。なんでも新たな魔法を開発したようじゃないか。魔法理論の研究よりも、魔法の開発に研究の主を置けばいんのではないか?」


 そこには学園長と、黒髪黒目の青年の姿があった。

 アレンと呼ばれた青年は、魔法学園を最初に首席で卒業し、魔法界史上で最も魔力を有する魔導師で、現学園長の一番弟子だ。

 研究者思考で、今までいろいろな研究結果と論文を発表してきたが、そのうち実際に使われたのは一割程度で、他のモノはアレンだからこそ実用化できると言われたりしている。


 学園長は、アレンが提出した新たな魔法理論の論文に目を通す。


「『空間に認識による異空間生成の魔法理論』か……。空間魔法の研究は、他の属性魔法に比べて少ない。お前が数年前に書き上げた『魔法発動時における想像の干渉と条件』より良いんじゃないか?」

「私としては、その数年前の論文の発表を行ってもらいたいのですが」

「……確かに魔法を使うには、使う魔法のイメージを持てなければならない。だが、この論文にはその想像が必要ないとまで書いてある。こんなものを世に出せば、世界中にまた混乱と騒ぎが起きるぞ。前回のことを忘れたのか?」


 魔法学園学園長、アリス・ファクトビア。


 歳を取ってもいつまでも若く見え、現在の魔法学園の経営を行うトップであり、過去に数えきれないほどの立派な魔法師を育て上げ、その手腕は現在でも衰えることが無い。

 薄い赤い髪に、その先端が色抜けて白くなっているが、昔は全てが綺麗な赤色の長髪で、その姿から〈真紅の魔導師〉と言われていた。

 二つ名から連想できる通り、炎属性を得意とし、人類史上初めて広域殲滅魔法を単騎で発動させた人物である。

 孤児院で幼かったアレンを弟子に取り、育ての親でもあったりする。


「しかし、学園長。お言葉ですが、その論文の内容は事実でして……」

「私はそんなことを聞いているんじゃない。実際にそうなのかは実験してみた。だが、何も考えずに魔法を発動することはほぼ不可能であり、私でさえ得意な炎属性の魔法を一部発動しただけだった。もし、あの論文が正しいとしても、私はこれを世の中に広めるべきではないと考えているんだよ」


 アレンは学園長の言葉に、疑問を投げつける。


「……何故ですか?」

「その前に、お前が出した論文の騒ぎを忘れたか?」

「しかしあれは―――」


 学園長はアレンに冷たいまなざしを向けた。


「事実だった、か。実験を数千回、さまざまな場所で行ったが、結果はすべて失敗。さらには負傷者まで出る始末だ。事案の対処を素早く行えたから被害は小さくて済んだが、もしあれを魔法の心得の無い一般市民が使ってみろ。死人が出るぞ?」


 アレンは数年前、アストレザ全土から魔法師や魔法研究者が集まる魔法学術大会で『魔法と魔術の相互干渉による魔力増幅について』という論文を発表した。

 魔術と魔法を同時展開使用することによって、本人の保有する魔力量の最大値が大幅に増加する、という研究結果の内容だ。


 人々は生まれた時から個人それぞれに保有する魔力量が決まっている。

 その後の努力や修行により多少は増加するものの、魔法の威力が微力ながら強力になったり持続時間が少しだけ増えたりと、微々たる変化しか望めないのだ。

 

 最初に保有する魔力量が多ければ多いほど、魔法や魔術の使用できる回数や威力が増加し、少なければその逆で、酷い時は魔法を使用することさえ困難な場合もある。

 一生をかけても魔法が使えなかった人もいるというのだ。


 もし、アレンが発表した理論が正しいのであれば、人の認識を大きく変えてしまう第八件であり、魔法分野の発展は飛躍することとなった。


 当時の魔法学園はその理論の確立に動き、国内で有するいくつかの魔法研究機関にその理論の実験を依頼した。

 その結果、成功例は一つも報告されず、体内の魔力が不安定な状態へと陥り、想像以上の負荷と干渉をし、脳が焼き切れるという事態に陥った。

 すぐさまその実験は中止されたが、実験に参加した魔法士や魔法師は魔法の発動が困難になるという実験結果まで出てしまったのだ。

 上層部の決断によって、理論は不可能と判断され、研究の実施を禁止されたのだった。


 アレンの耳にもその実験のことはすぐに入り、急いで弁明したが、重傷者まで出した者の言葉を誰も信用することは無かったのだった。

 他の魔導師や魔法士、魔術士に嘘つきと呼ばれ、人を殺す死神とまで言われた。


 その話は、すぐに魔法を扱う者達に広がり、アレンに魔法を学ぼうとする者も居なくなり、最後には〈零の魔導士〉と変な二つ名を付けられてしまったのだった。

 そこから彼は、教え子や弟子を取ることをしなくなり、一人で自室にこもり研究に明け暮れるようになる。


 今回はその研究の成果がなかなか上がってこないことと、部屋から長らく出てきていないアレンのことをアリスが心配に思い、提出させたのだった。


「……前回の奴もそうだ。魔法の根底を覆すような内容が書かれているモノを、簡単にそれこそ世の中に発表できるか?」

「しかし……」

「まあ、焦るな。私は別に、お前を解雇したりするつもりは無い。これまでの実績で十分雇える条件は達している。魔導師としてのお前が優秀なのも、私は分かっているつもりだ。やすやすとお前を外に逃がしたりするつもりは無いよ」


 アレンは魔導師として結果が無いことから、講師業をクビにされるんじゃないかと考えていた。

 非常勤講師として勤務しているアレンだが、稼ぎがそれしかないため、ここでクビにされると、講師ようの寮に住むことができなくなり、自前で生活することが難しくなる。

 多少の腕はあるので、冒険者やどこかの国に宮廷魔法師として勤めるのも手なのだが、アレン自身があまり周りと関わろうとする性格ではないので、そんな繋がりも心当たりもないのだ。


 しかし、学園長はもちろんアレンをクビにするつもりはさらさら無い。

 むしろ自身の一番弟子で、その嬉しさから魔法や魔術に関する知識や応用を好きなだけ教えたため、魔導師としての戦力は今や学園長以上だったりするのだ。

 そんなアレンを外に逃がすなど、国を滅ぼしてくれと言っているようなものだ。


「学園長……」

「まあ、一部お前の在籍に否定的な連中もいるがね。私の権力で黙らせてやるから気にしないで良い。私の一番弟子だったお前を馬鹿にする奴なんて、何人たりとも許さないよ」


 アストレザの運営は議会を通じて行われている。

 現在の最高執行者が学園長も兼任しているアリスであり、行政でも学園でもそれなりの顔と力の融通が図れる。


 しかし学園経営のトップとは言え、一人でその全てを決めているわけではない。

 会同や会議を開き、そのつど議長が学園長となり、経営権は学園長が有しているが、実際の授業内容や指導方針などは会議にて決定しているのだ。


「学園長、いや―――師匠。俺は研究を続けていても良いのか?」

「そうだな。研究をするのは構わない。むしろお前の論文には個人的には気になっていることも多い。だが、せめて弟子を一人設けろ。教え子も弟子も居ない魔導師など、他の連中からは恰好の的だからな」


 アレンはそう言われて、頭を悩ませる。

 前回のやらかしの時に、教え子の殆どが手を離れていったのだ。

 理由は単純、師として恥ずかしいからとのこと。


 世間的には大規模な騒動に名は載っていないが、魔法士が実験中に何人もの大怪我を負うという事件が起きた。

 自身の論文の実験だから、直接的には関係が無いとしても、その論文を出したという時点で非難されるのは明確だった。

 だから、アレンが弟子や教え子を取ろうにも、望んでやってくる者はいなかった。


 弟子も教え子も居ない魔導師は、魔導都市の上層部の運営会議によって判断され、魔導師としての位が剥奪される。


 アレンの場合は、学園長が介入するので位が剥奪されることはほぼ無い。

 だが、魔導師とは教え導く者としての位であり、魔導師が一人いるだけで一師団クラスの戦力を有するとまで言われる。

 その権利は世界的、どんな国においても優遇されることが多い。

 ある程度の不祥事や問題なども魔導都市が関与し対応してくれたり、一部の国には力が働いたりもする。

 国王クラスの扱いを受ける国もあれば、神様みたいな扱いをする国もある。

 そんな魔導師は、魔法士や魔術士の憧れであり、魔導師になるために勉学に励んでいる学生も少なくはない。


「弟子、か……、今のところ良さそうな学生もいないしなぁ。教え子にするにも、俺の教育を受けたいと言うやつが居ない。まあ、探してみるよ」

「そうしてくれ。一応大まかな期限だけ付けさせてもらうよ。でないと、お前は研究に没頭し過ぎて探しに行かないからね」

「はいはい、分かったよ」


 学園長は、アレンが弟子か教え子を設ける期限を、今より一年とした。

 一年以内に探し出し、弟子としての最低限の教育や指導を行わなければならない。

 教え子だと教育が専門となるため、出来れば自身の研究も手伝わせることが出来る弟子が良いと、アレンは思っていたりする。


 因みに、教え子は魔法や魔術の分野の教育を行い、力を成長させることだけが目的として魔導師や魔法師、魔術師の直接的に基礎教育を受ける者のことを言う。

 弟子は魔導師のみが取れ、衣食住を共にし魔法や魔術に関する教育を専門的に行うことで、自分の研究の手伝いや家事などを行わせたり、社会的教育も行う。

 小間使いとして利用する魔導師も居るのだが、そこは弟子との信頼関係を築いた上での行動だったりするので、グレーゾーンだったりする。


「お前のことだ。優秀な弟子を見つけてくると期待しているよ」

「優秀かどうかは別として、俺は気に入ったやつを弟子にするつもりだ。魔法は威力や魔力量だけで決まる訳じゃないと、あの頭の固い老いぼれ魔導師どもに言ってやるさ」

「私をそこに混ぜないでくれよ。まあ、一応忠告したし、何が起きてもある程度なら庇ってやる。思う存分に探してくるといいさ」

「了解、じゃあ次は弟子と一緒に来るよ」

「ああ、楽しみにしている」


 アレンは軽く返事をすると、学園長の元を去った。

 学園長は机の中から、若き日のアレンを自分が写っている写真を取り出す。


「……お前の気持ちは良く分かる、か。私も同じような時期があったし、なんなら世の中を混乱に陥れてしまったんだ。私の時よりも断然マシだよ。アレン、期待しているからね」


 そう言って学園長は、事務業務へと戻るのだった。



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