いつどこで何をして
四
休日の学校にて。駐輪場に停められた放置自転車のリング錠に別の自転車の鍵がささっている、と遠野さんは主張している。
眩しい日差しから逃れるように、俺は駐輪場の屋根の下に入った。遠野さんと場所を替わり、リング錠にささった鍵を
「鍵穴が壊れてしまったのではないでしょうか」
「鍵が開けられなくなったから放置した、って?
遠野さんが
「鍵を壊したことなら一度だけある。鍵を失くした生徒に頼まれた」
と口にした。
教師が工具を使って自転車のリング錠を破壊している光景なら、俺も中学の頃に目撃したことがある。ボルトクリッパーだったか。その時は持ち主の生徒が鍵を失くし、本人の合意の上、行われていた。
「では、誰かの
俺が当てずっぽうにそう言うと、意外にも遠野さんは否定しなかった。
「かもしれん。だが、
遠野さんの台詞には一理ある。カゴに変なものを入れるとか、サドルの向きを前後逆にするとか、そういった持ち主を困らせるための行為であれば悪戯と断ずることは容易い。けれど、使えない鍵を入れたところで意味はない。それを抜いて正しい鍵を差し込めば済む話だからだ。持ち主に影響を及ぼさない無意味の行為。ならば、そこには何かしらの意図があって
「状況を整理しましょうか」
俺は基先生を見て、
「先生、ちょっとよろしいでしょうか」
と言って手招きをした。基先生が屋根の下へと入ってくる。
「識別ラベルを見る限り、この放置自転車は一年生のものです。ですが、ここは三年生の駐輪スペースですよね」
「ああ、そうだ」
この自転車を見た時に抱いた違和感の正体はこれだ。一年生の駐輪スペースに三年生が停めていれば、慣れということで理解できるけれど、その逆は納得いかない。入学して一か月にも満たない一年生が、三年生の駐輪スペースに停めるような真似をするだろうか。
俺の疑問を感じ取ったのだろう、基先生は深く息を吐いた。
「駐輪場のスペースには余裕があるはずだが、定位置をとられると全く別の場所に停める生徒がいる」
「あくまでもこれは一年生の自転車だということでしょうか」
「何が言いたい」
基先生がこちらへと鋭い眼差しを向ける。本人にそのつもりはないのだろうけれど、
「他の学年の自転車じゃないか、ってことだろう?」
代弁した遠野さんが俺に横目を向け、同意を求める。俺はこくりと
「三ツ谷高校に限らず、学生は学年ごとに色が決められています。俺たち一年生は紺、二年生は赤、三年生は緑のように。そして、その色は卒業するまで変わりません」
俺は放置自転車の識別ラベルに注意を向ける。紺色のラベルに白文字で識別番号が印字されている。
「色は有限です。中学の頃は三色で循環していましたので、三年生が卒業すると、翌年度の新一年生が卒業生と同じ色になっていました」
「なるほどね。色が循環するなら、卒業生の中にも紺色を使う生徒がいたってことか」
俺の
「色は全部で三種類だ。昨年度の卒業生が紺色だった」
と答えた。
「そうなると、卒業生の放置自転車かもしれませんね」
「とするとだ。この鍵がいつさされたのか、絞り込むのは難しそうだな」
遠野さんが
「放置自転車は年度の終わりに教師が確認している」
遠野さんは肩を
「確かに、春休み中も駐輪場は空いているな。先生方にとっては平日出勤で対応できるから丁度いいですね」
まるで基先生の休日を潰したことへの謝罪のように聞こえたけれど、考え過ぎだろう。現に、基先生は気にした素振りを見せず頷いている。
「では、放置自転車は一年生のものということですね」
「なら、どうして三年生の場所に停めているんだい?」
「理由はわかりません。ですが、目立たない場所に停めておきたかっただけかもしれません」
三年生の駐輪スペースは正門側だ。職員室がある校舎からは視認しづらい位置にある。
「一時的に停めておきたかっただけ、ということか。後ろめたい気持ちでもあったのかね」
「あるいは、三年生のスペースだから停めたかったのかもしれません。放置自転車が多いみたいですから」
遠野さんが周囲を見渡す。一年生のスペースには一台しか見受けられないけれど、三年生の駐輪スペースには放置自転車が四、五台ほど散見される。
「木を隠すなら森の中、ってことね。逆に言うと、昨日なんかにこの自転車があると悪目立ちしちまうな」
三年生の色は緑だ。紺色と似ているとしても、多くの緑のにぽつんと紺色が混じっていれば、遠野さんの言うとおり悪目立ちするだろう。
「そうですね。この自転車は昨日の放課後以降に放置されたと考えたほうが妥当でしょう。とは言え、はっきりとしたことは言えませんから、これ以上の追及は不要です。鍵を仕込まれたのがここ最近の出来事だった、ということがわかっただけで十分でしょう」
一呼吸置き、話を続けようとしたところ、基先生から割り込みが入った。
「早くしないと野球部が来る。まだ西駐輪場が残っているぞ」
しまった、とばかりに遠野さんが顔を
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