休みもそこそこに

 三


「正直、越渡こえど君は渋ると思っていたよ」

 遠野さんの声に釣られ、俺はアスファルトから面を上げた。正午に差し掛かった頃のことだ。

「休日に清掃活動なんて柄じゃないだろう?」

「ひどい言い様ですね」

「おっと、すまない。気を悪くしちまったかな?」

「いえ、気にしていません。仰るとおりですから」

 人付き合いは、広く、浅く、ほどほどに。遠野さんの言うとおり、これ以上の交流は俺の信条に反する。一方で、見知らぬ人との交流は俺の信条に合致する。城南川じょうなんがわの清掃ボランティアには興味があるのだ。その練習だと言われれば、参加しないわけにはいかない。時間は使うべき時に使うものだ。

「俺としては、先生こそ渋ると思っていました」

「ノリノリだったな」

「盛り過ぎでは」

 昨日、学校の清掃活動を行いたいと提案すると、はじめ先生は眉根を寄せた。普段からいかめしい顔つきであるから、渋い表情を浮かべたのは気のせいかもしれないけれど、発言の厳しさは気のせいではなかった。

「要は『社会奉仕部は便利屋じゃない』ってことを言っていたんだろう? そりゃそうだ。俺たちは『校内奉仕部』じゃない」

 校内の困りごとを何でもかんでも引き受けていれば、いずれ都合良く利用されるようになるだろう。便利屋あるいは雑用係と見られないよう、ボランティア活動を行う上で線引きが必要ということだ。

「だが、今日は練習だ。先生もそれをわかってくれたから、快諾してくれたんだろう?」

 遠野さんが基先生を横目に見る。当の先生は少し離れた場所で黙々とゴミを集めている。俺たちの監視は業務外のようだ。

「では今後、校内で困りごとがあった場合には、頼まれても断るのでしょうか」

「社会奉仕部としてはな。学校同好会としては快諾するかもしれん」

 随分ずいぶんと自由な線引きがあったものだ。学校同好会自体、遠野さんの理想のために創設された組織だから、何でもありなのだけれど。

 まあ、と遠野さんは俺の方を見て、

「友人相手なら、同好会なんて関係ないがね」

 と言った。

 それは俺も同意見だった。


 時刻は正午を回った。美化委員会による清掃活動が丹念に行われているおかげか、ゴミ袋を十分の一も使うことなく、東駐輪場の清掃が終わった。

 遠野さんが額に玉のような汗を滲ませ、清々しい笑顔を浮かべる。

「いやあ、いい汗かいたね、越渡こえど君」

「そうですね」

 同調する俺だったけれど、実のところ汗一つかいていない。代謝がとても悪いのだ。

「平気そうでうらやましいよ。燃費がいい証拠だな」

 物は言いようだと思った。

進捗しんちょく状況はどうだ」

 基先生がゴミ袋を持って、集合場所である東昇降口前へとやって来た。ゴミ袋の中身は俺と同程度だった。

「問題ありません。コツがつかめてきたところです」

 俺の返事に先生が小さくうなずく。せっかく休日を返上したのだから、何かしら成果を上げなければ、顧問教師としては思うところがあるだろう。清掃活動自体は手段でしかなく、本日の目的は清掃ボランティアの練習だ。成長できたことさえわかれば、先生にも満足してもらえるはずだ。俺が言わなくても、遠野さんがうまいこと言ってくれるとは思うけれど。

 遠野さんは、しかし俺が想定しないことを口にした。

「そう言えば一つ、気になることがあったんだ」

 遠野さんは先生ではなく、俺を見つめている。逃げ場はない。何があったかかねばなるまい。

 遠野さんは俺たちを正門方面の駐輪場へと案内した。指を差した先には、一台の自転車が停められている。後輪の泥除どろよけには学年ごとに異なる色の識別ラベルが貼られており、それによると放置自転車は一年生のもののようだ。紺色のラベルに白文字で『三ツ谷高校』と三桁の識別番号が表示されている。

「一年か」

 基先生が呟く。さすが学年主任。認識が早い。

 放置自転車を見て、俺は遠野さんが言っていたことを理解した。確かにこの自転車には違和感がある。

 遠野さんは自転車の前に立つと、リングじょうを指差した。

「鍵がかかっているんだが、開かないんだ」

 リング錠は施錠されていた。しかし、当の鍵はささったままだ。遠野さんが鍵をひねってみるけれど、ガチャガチャと音を立てるばかりで、一向に解錠される気配はない。

「押すタイプではないでしょうか」

 鍵を奥に押し込むことで解錠される種類もある。遠野さんが俺の指摘に従い鍵を動かすけれど、びくともしない。

「鍵がこの自転車のものではない、ということか」

 基先生が重々しくそう言うと、遠野さんはうなずいて俺を見た。納得がいかない面持ちで腕を組み、首をかしげてみせる。次に発せられる台詞は予想するまでもなかった。

越渡こえど君、どういうことだろう?」

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