やれる時とやれない時
二
翌日。土曜日にもかかわらず、俺は高校の駐輪場に自転車を停めていた。時計台の針が午前十一時四十五分を示し、太陽が天高く昇っている。半袖でも良かったな、と思いながら、制服の上着を折り畳んで自転車のかごに入れる。連休初日ということもあってか、自転車の影は
待ち合わせ場所である昇降口へ向かうと、遠野さんが既に到着していた。俺の姿に気付いたようで、大きく手を振っている。俺と同じように上着を脱ぎ、シャツの袖を
「おはよう、
「おはようございます。お待たせしてしまいましたね」
「そうでもないさ。俺も今来たところだよ」
遠野さんの
「先生はどこでしょう」
と話題を変えた。
休日に部活動を行う場合、顧問教師が付き添わなければならない。名目上の顧問だとしても、指導教師としての責務が発生するのだという。社会奉仕部も例外ではなく、
「先生、これから作業を始めます」
遠野さんが職員室の窓から基先生へと声をかける。
「先生もやるんですか?」
目を丸くする遠野さんの先で、基先生は軍手をはめてゆく。やる気十分といった様子だ。
「三人でやったほうが早い」
顧問教師としては、職員室から様子を見守ろうとも、自らの背中で指導しようともどちらでも良いはずだ。ならば、基先生の発言は後者を意図してのものなのだろうか。効率を重視するならば、せっかくの休日を返上してまで清掃活動すること自体、非効率的であると言わざるを得ない。
「言えてますね」
遠野さんが軍手をはめ、ゴミ袋を広げる。とても納得がいくような返答ではなかったものの、遠野さんは清々しい表情を浮かべていた。喜色が口の端に滲んでいる。
「それじゃあ始めますか」
遠野さんが拳を高く振り上げるのを真似て、俺も拳を上げる。基先生は応じなかったけれど、口の端は遠野さんを真似ているように見受けられた。
三ツ谷高校の駐輪場は学年ごとに区分けされている。昇降口の近くが一年生でその手前側が三年生の駐輪場となっている。一方、二年生の駐輪場は校舎を挟んで反対側にある西昇降口前に併設されている。
まずは一年生と三年生が使用する東駐輪場から清掃活動を始めることになった。三人がゴミ袋を一枚ずつ持ち、区域ごとに分担して行う。分別は清掃後にまとめて行う方針だ。
「休日の駐輪場は掃除しやすいですね」
ガムの包み紙をゴミ袋に入れる。危険物でなければ、基本的には手で拾うようにしている。大きいものならばゴミ拾い用のトングを使用できるけれど、駐輪場の隅を掃除するには手のほうがやりやすい。
「平日は部活があるからな。休日なら午前中で大体の部活が終わる」
先ほどサッカー部と思しき生徒が自転車を漕いでいた。遠野さんの思惑どおりというわけだ。
「野球部はお休みでしょうか。土日も一日中練習しているイメージでしたが」
「練習試合だよ。午後になったら戻ってくるから、それまでに終わらせようぜ」
「なるほど。だから、お昼前に集合だったんですね」
遠野さんが白い歯を見せて親指を立てる。日に焼けた肌と相まって、健康的なスポーツ少年に見える。
「自転車が停められていると、どうしても死角が生まれちまう。こうして自転車が少ない時のほうが作業しやすいだろう?」
俺は
「たまにはこうして
「また休みの日にやるつもりでしょうか」
「まさか。休みの日以外にも、こうして駐輪場が空いている場合があるだろう?」
手を止めて考えること三秒。俺は首を横に振る。遠野さんはにやりと笑って、
「試験期間中だよ」
と答えを示した。
背中に視線が突き刺さるのを感じる。振り返ると、基先生が潰れた空き缶を拾い上げながらこちらを凝視していた。怒っているのか、それとも眩しいのか、先生は目を細めている。
遠野さんは肩を
「冗談ですよ」
と言った。
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