何事も練習あるのみ
一
三ツ谷高校の社会奉仕部に入部して一週間が経つ。先日の勧誘活動の成果も実らず、部室内は
ままならない結果に対し、クラスメイト兼部長である遠野さんは、
「会心の出来だったんだがな」
と首を傾げていた。
「第二弾を考えるとするかね」
切り替えの早さは遠野さんの長所だ。再び勧誘ポスターを制作するにせよ、別の方法をとるにせよ、遠野さんは部員募集を諦めていない様子だ。
遠野さんは独自に設立した同好会の隠れ
俺は遠野さんに勧誘される形で社会奉仕部、そして学校同好会に所属した。遠野さんと同じ目的をもっていたわけではない。ただ少し、社会奉仕部に興味が
学校同好会の活動はいまだに行われていない。何をするのかもわからない。遠野さんとしては、社会奉仕部の部室で毎日たわいのない会話を交わすだけでも目的は達成されるという。ならば、他の文化部でも良さそうだけれど、遠野さんはそれを拒み、しかし社会奉仕部に入部した。理由は定かではない。改めて
五月にも入り、連休を明日に控えた金曜日。今日も社会奉仕部の部室には俺と遠野さんの姿しかない。
「よし、決めた」
遠野さんは彫りの深い顔をこちらへと向け、揚々と手にしたパンフレットを振ってみせる。
「
城南川と言えば、
俺はパソコンのモニターから遠野さんへと顔を向け、
「わかりました」
と即答した。
「いつでしょうか」
「来週だ。五月十一日の日曜日」
「連休中ではないのですね」
「連休中には意外と少なくてね。先生も張り切り過ぎるなと言っていただろう?」
顧問教師の
「
「構いませんよ」
遠野さんは頭をがりがりと
「参ったな。俺も構わないんだ。探し直すかい?」
パイプ椅子に背を預ける遠野さんへと、俺は椅子を回転させて身体ごと向く。西日が差し込み、遠野さんの横顔が朱色に染まっている。
「休める時には休みましょう。今からまた探すのは大変ですよ」
遠野さんはパンフレットを長机に伏せ、
「言えてる」
と笑った。
「それじゃあ、ボランティアの練習をしよう」
俺が首を傾げると、遠野さんは順を追って説明した。
「恥ずかしながら、俺は学校行事以外で清掃活動に取り組んだことがないんだ。だから、勝手がわからない。なら、練習するしかないだろう?」
実に遠野さんらしい。小学校、中学校と水泳部に所属していた遠野さんは土日すら返上して、毎日のように練習へと取り組んでいた。逆三角形の肉体美が努力の証だ。制服越しでも惚れ惚れとする。
社会奉仕部の一員となった今でもその勤勉ぶりは健在で、遠野さんは毎日欠かさず部室を訪れては活動日誌を読み
「わかりました。いつ、どこで、何をしましょう」
「論理的だね、越渡君」
「機械的なだけですよ。こうして答えを遠野さんに委ねているわけですから」
「言い出しっぺが決めるのが道理さ。さて、どうするかね」
遠野さんは壁に掛かったカレンダーに目を向ける。昨年度の卒業生が残していったものだろう。入部した時点で既に四月となっていたので、誰かが定期的に訪れていたに違いない。おかげさまで部室内は今でも清潔が保たれている。
遠野さんは膝を打ち、定位置となったパイプ椅子から立ち上がった。
「よし。明日、学校で掃除しよう」
「校内の清掃活動ですか。日々の清掃活動では不十分ということでしょうか」
三ツ谷高校では、昼休憩の後に全校生徒による清掃活動が始まる。教師も例外ではなく、職員室や校長室といった生徒の手が届かない場所についても行われる。
「いんや、毎日の清掃は問題ない。弓道場やテニスコートも各部がやっているし、屋上や手の届かない場所、雑草抜きなんかも美化委員会が月に一度行っている」
美化委員会は雑用ばかりしているなあ。同情してしまうけれど、雑用なのは他の委員会も同じか。『役割分担』と換言できる。
「そうなると、どこもやる場所がないように思えます」
「
清掃活動の穴は誇らしげに語るものではないと思う。その台詞は美化委員会への挑戦状でしかない。
「美化委員会をもってしても清掃活動が行き届かない場所、ですか」
「わかるかい?」
「いえ、わかりません。どこでしょうか」
「もう少し考えないかい? 謎解きは得意だろう?」
遠野さんが呆れた様子で笑う。今まで俺がいくつか疑問を解決してきたからか、遠野さんは俺のことをかなり誤解している。
「俺は手に入れた情報をまとめているだけですよ。ゼロから答えを導けるほど、想像力豊かではありません」
「そういうものなのかい?」
納得していない様子だったけれど、これ以上追及する気はなさそうだ。遠野さんは人差し指をぴんと立て、
「駐輪場だよ」
と答えを口にした。
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