婚約破棄からのざまぁ(なお巻き添え多数)

止流うず

婚約破棄からのざまぁ


 人類が版図を広げるリリリアル大陸。その大陸中央に位置する大国、ウェーリング王国の王都学園において、『対魔王戦のための諸王国と諸部族の同盟』。その一つの終わりが訪れようとしていた。

「アリシア・ダズモンド!! 貴様との婚約を破棄させてもらう!!」

 夏季休暇を前にして、祝祭日に行われた学生パーティーの席上にて、大多数の生徒たちの前で行われたウェーリング王国王太子、ジェームズ・ウェーリングのその言葉に、パーティー会場から物音の全てが掻き消える。

「ジェームズ王太子!? な、なにを……一体!?」

 金髪碧眼の王子様然とした王子の言葉に、同じく金髪碧眼の姫然とした姫、アリシア・ダズモンドは言葉を失いながらも、なんとか声を絞り出して王太子に問いかける。

 ジェームズはにやり、とそんなアリシアに対して意地が悪そうに嘲笑うと傍らに寄り添うようにして立っている少女とともにアリシアの糾弾を始めた。

「白を切っても無駄だアリシア。冷酷にして無情なる貴様の横暴は私の耳にも届いているぞ。自分の身分が高く、私の婚約者であることを良いことに学園での贅沢三昧。また、下級の貴族令嬢どもを装身具がごとくに侍らせて、お前の意のままに、奴隷がごとく使役していたというではないか。まだ婚約の段階だというのに、国母のマネごとは楽しいか? アリシアよ」

 詰問されたアリシアはまさしく唖然とした顔で、何を言われているのかわからない顔をしていた。ただ、それでもその屈辱的な言葉をそのままにしておけば、既成事実化されかねないと反論をしようとする。

「ジェームズ王太子! その言い方は無礼ではありませんか! ウェーリング王国が対魔王同盟の発起にして主体とはいえ、我がダズモンド大公国とウェーリング王国は対等な間柄! そもそも、いきなり証拠もなく、そのようなことを詰問されるとは――」「黙れ!! 黙れ黙れ!! いやらしく高位貴族令息に尻を振るあばずれ・・・・め!!」

「――あ、あばずれ!?」

 将来、数多の貴族を束ねる立場の男が公の場で言う言葉ではない。王太子の傍らに立つ少女から嫌な影響を受けている。アリシアが呆然とする間にもジェームズは「証拠ならある! 冷酷非情にして邪智暴虐なる貴様の振る舞いを私に訴えに来た勇敢にして可憐なるレーティア嬢だ!!」

 傍らにいる少女がアリシアに向けておずおずと顔を向けてくる。いや、おずおずとした振り・・だ。アリシアはレーティアの目に残酷な謀略を行う者特有の色を見つけて、自分がはめられたことにようやく気づく。


 ――まずい! ここは、逃げなければ――!!


 ジェームズとレーティアが寄り添いながらアリシアが如何にして横暴で、如何にして学園で下級貴族たちを虐げ、如何にして身分を傘に来た振る舞いをしてきたか糾弾する。

 だがアリシアはそんなことは耳に入らなかった。そもそも彼女は同盟国の王都に、婚約者との仲を深めるために留学にきたのだ。

 同盟を組んでいるとはいえ他国である。周囲は潜在的な敵ばかりであるし、そんな自分の敵を作る真似など断じてできない。

 だから詰問されている内容に覚えなどないが、王子がこうして手配をしているのだから、嘘の証言者などいくらでも作り出せるし、作り出したあとなのだろう。

 後手に回っている。事実無根の訴えは即日、既成事実化されるだろう。

 ゆえにアリシアが考えなくてはならないのは、現状についてだ。

 王子とこうして無防備にパーティー会場で対峙してしまっている現実。

(味方は……わからない)

 王子の傍らには彼の側近たる貴族令息たちがいて、冷たい目でアリシアを睨んでいる。

 王都の腐敗した貴族たちの令息はこれが敵の手による謀略であると気づいているのか。

 五年前に大陸の東側に急遽発生・・した知恵ある魔物。通称【魔王】。

 それは発生した直後からまとまりのなかったモンスターたち、弱小のランク0のモンスターから災厄級ともされるランク5とその上のランクオーバーモンスターを瞬く間に束ねると、魔物たちが今まで作ることのなかった村をつくり、街をつくり、国をつくり――軍団を作り、そうして人類や亜人の国家へ侵略を開始した。

 五年の間に数多くの国が滅ぼされた。人も亜人も多くは捕まり魔物の苗床として使われ、また魔物の餌や繁殖用とする人間や亜人を生産・・するおぞましき人間牧場なども各地に作られた。

 奪われた土地もまた魔王が発する強力無比な毒素を帯びた瘴気によって、広範囲に汚染された。

 それらは強力なモンスターたちが活発に活動するための栄養源ともなったが、同時に人類が行動不能になるほどの高濃度の瘴気は、魔王軍の占領地域に対する人類の奪還活動への対抗策カウンターともなっていた。


 ――このままでは、人類は滅ぼされる。


 この世界的な脅威に対抗するための同盟が、『対魔王戦のための諸王国と諸部族の同盟』だった。

 ウェーリング王国の王太子であるジェームズとの間に結ばれたアリシア姫との婚約も、この同盟の維持のため、長年の仇敵であるウェーリング王国とダズモンド大公国との間に和平条約と、対魔王同盟を結ぶために、大陸北方の宗教的権威を持つ聖王国の仲立ちを持って、結ばれた婚約だった、というのに。

 ゆえにこんな学生パーティーで破棄してよい婚約ではないし、できるわけもない。

 アリシア自身、性格の悪いジェームズのことは好いていないが、人類と祖国の未来を思えば安々と、はいありがとうございます承りましたなどと言えるものではなかった。

 だが、だが!!

 ジェームズ王太子が罪状を述べながら近づいてくる。逃げようと背後を見れば出入り口を騎士の一隊が占拠していた。

「さぁ、アリシアよ。罪を認め、レーティアに謝罪を」

「やってもいない罪など認められません。それよりもこれを陛下はご承知なのですか」

「ふふ、王妃殿下の署名入りの書類を見るかい?」

 明言できないことから、現国王の承認を得ていないことはわかる。貴重な神聖魔法の天恵ギフトを持つアリシアの【真偽判定】をごまかすための台詞だったからだ。

 だが王妃殿下の署名入り書類と聞かされ、アリシアは現王妃がアリシアのウェーリング王国の嫁入りを嫌がっていたことを思い出す。

 ジェームズ王太子の母親にして、ウェーリング王国の現王妃であるジェナ・ウェーリングは大公国と一部を隣接するジェスタ大公領出身の令嬢だった。

 長年の敵対国家の姫が愛息子に嫁いでくるなど冗談ではないと最後まで反対していたとはいえ、このような謀略をもってまで排除しようと考えていたなどアリシアには想像もつかなかったことだ。

「さて、では捕らえよ!!」

 王子の傍に控えていた貴族令息たちがアリシアを拘束する。

「離しなさい! お前たちごときが触れて良い身分だと思っているのですか!!」

 アリシアもそう叫びながら抵抗するも。


 ――ばきり、と音が鳴った。


「――――ッッッ!!!!!?????」

 それはアリシアの頬骨が拳で砕かれた音だった。王子の側近である騎士団長令息が拳を振りかぶって、殴りつけたのだ。

 ざわめきが消え去り、しんという静寂が会場に響く。

 最初から異様だったが、この時点でなにかの余興であるなどという可能性が本当に消えたことに、生徒たちが気づいたのだ。

 奇妙な圧迫感プレッシャーが会場中に満ちていく。気の弱い生徒たちは、これが何か・・の終わりであることがわかったのか、顔色を悪くしはじめる。

 隣国の公女を、こんな公の場で糾弾し、罪人がごとくに顔面を殴りつけ、地面に這いつくばらせている。

 断じて許されることではない。王太子であろうと廃嫡だけでは済まされない大罪である。

「殿下。どうぞ」

「――うむ」

 だが、王太子の側近であった貴族令息たちがアリシアを拘束し、地面に跪かせてしまう。

 ドレスが破かれ、肌が露わになる。

 それはこれから陵辱を始める、などという雰囲気ではない。


 ――否、もっとおぞましきものである。


「では、アリシア・ダズモンドよ。傲慢にして未だ罪を認めぬお前にこの私自らが判決を下す」

 王太子が叫ぶ。その手の平には、魔法が満ちていた。


 ――極刑・・、無期限の犯罪奴隷落ちとする!!


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 絶叫が響く。下級裁判官の資格も持つ、王太子の手から放たれた【裁判魔法】がアリシアの背に罪人の証を刻み込んでいく。

 そこに数人の生徒が駆け出していく。ダズモンド大公国と領地を接する領地の生徒たちだ。これが大公国に知られれば、最初に大公国によって滅ぼされるのは自分たちの領地だと気づいたのだ。

「で、殿下!! おやめください!! このようなことをすれば――!!」

「おらぁッ! 不敬罪!!」

 最後まで彼らが何かを言うことはできなかった。騎士団長令息と、王太子の傍に立っていた護衛の騎士たちが剣を振るったからだ。

 血飛沫が飛び散り、生徒の死体が転がる。確かに、王子に不躾に声を掛けるなど、身分差を考えればこれは当たり前のことだろう。

 ただし学園では身分による差を極力なくし、王太子であろうと下位の貴族と話すことはできた。いや、今もジェームズの傍で微笑むレーティアなどは男爵令嬢などという下級も下級の身分。

 そもそも男爵令嬢は貴族ではない。ただの貴族の子供である。

 彼女は本来、王太子の傍に立つことも許されぬ存在だ。不敬罪というなら、まるで王太子の恋人のように振る舞うレーティアこそ殺されてしかるべきだった。

 とはいえ、こうして血が流れた以上、生徒たちは何も言えなくなる。殺されるわけにはいかないからだ。

 そうして生徒たちは、公姫たるアリシアの背に奴隷の烙印が刻まれ、金糸が如くと貴族令息たちに褒め称えられた髪を罪人だからと刈り上げられるのを見ていることしかできなかった。


 ――ウェーリング王国の終わりの始まりはこうして訪れた。


 これが何かの謀略であることは誰にでもわかった。

 王太子ですらわかっていてやっている。愛妾代わりに使ってやっている傍らのレーティアにたぶらかされたという形をとっているものの、結局のところ生母がアリシアを気に入らなくてやったことだと。

 だが王太子はウェーリング王国の国力を理解していた。だから母に言われるままにこの凶事を行った。

 ウェーリング王国は大陸最強国家である。

 侵略国家だった過去の歴史から、周囲を敵国に囲まれ、ときに連合を持ってして攻められても、それらに独力で勝利してきた歴史を持つ最強国家である。

 一万を超える強力な戦闘の天恵ギフトを持つ騎士たち。

 広大な国家の全域から最大徴兵すれば百万を超える歩兵軍団も生み出せる。

 翼竜を操る竜騎兵は百を数え、王国中から選りすぐった魔法の天才たちによって構成された、宮廷魔導士たちが率いる魔導戦団もある。

 王太子には相手が魔王だろうがなんだろうが、一国で相手をできるという自負があった。

 対してアリシアの故郷であるダズモンド大公国のみすぼらしさよ。

 ウェーリング王国の一貴族だった大公領がかつて独立したことで生み出された大公国。

 周辺の中小国家の盟主と言えば聞こえはいいが、大陸東側の高濃度瘴気汚染地帯との緩衝としてわざとウェーリング王国が残している小国たちを纏めて調子に乗っているだけ。婚約破棄したところで問題はない。いや、むしろ魔王に対する壁として使えばいいのだ。

 彼らを散々に前線で消耗させてから、弱った魔王国諸共平らげてやればよい。

 痛みに気絶したアリシアを見下ろすジェームズ。最後に、一度も手を出さなかった令嬢だから余興代わりに犯してやろうかとも思ったが、顔面が拳の形に陥没し、剃り上げたことで毛がまばらに生えているその姿を見て、ブサイクだな、と呟き嗤えば犯す気も失せた。

 そうして傍らに立つ騎士に「奴隷商人に払い下げておけ」とだけ告げた。

 罪によって奴隷となり、永遠に解放されることのない犯罪奴隷の末路など変態趣味の貴族のおもちゃか、鉱山で労働者相手に娼婦がせいぜいだ。

 アリシアの生まれを考えればまぁどこぞの貴族が買うだろうな、なんて考えながらジェームズは栄えあるウェーリング王国から、敵国たる大公国の姫が王妃に立つという屈辱を味合わなくてよかったな、と内心で呟くのだった。


 ――彼は知らない。


 この数日後、いわれなき罪で公女を犯罪奴隷に落とされた事実を知ったダズモンド大公国の公王たるアルトマン五世が魔王と手を組み、大公国に隣接する王妃ジェナの生まれ故郷であるジェスタ大公領を奇襲によって陥落させ、領主貴族を含めた領民全てを虐殺するなど。

 その際に前線への視察に訪れていた対魔王同盟の立役者にして、王国の第一王女の婚約者であり、王国のあらゆる大戦略を構築していた大軍師カストルが殺害されるなど。

 また同じタイミングで王国が誇る東方の守りの要である東方大将軍たるサルーガ、その麾下の若き英雄にしてウェーリング王国の竜虎と称された英雄たちも魔王軍との戦いの最中に、いざそのときまで同盟国のふりをしていたダズモンド大公国軍によって背後を突かれ、揃って討ち死にすることを。

 ウェーリング王国はたしかに地上最強の国家だった。

 周辺国家を一国で相手にしてなお健在でいられるぐらいには最強だった。

 だがそこに超常の力を持つ災厄級のモンスター軍団が加わればどうなるのか。

 王国東方の守りが崩され、侵入してくる大量の魔物に加え、愛すべき姫を奴隷に落とされ、そのまま行方知れずにした王国に対する恨みで動く復讐者たちの群れ。

 数ヶ月後、この婚約破棄を嚆矢とした『対魔王戦のための諸王国と諸部族の同盟』の崩壊は、ダズモンド大公国を含めた周辺の国家や、長年の敵対亜人種族、そして魔王の軍勢によるウェーリング王国への大規模侵攻によって完全に崩壊するのだった。

 王妃ジェナやジェームズ王太子の誤算。

 それは、面子を潰された大公の怒りが魔王と手を結ばさせる程度には深く、魔王勢力が人間と手を結ぶことができる程度には理性的であったことだろう。


 ――こうして一つの婚約破棄によって、一つの超大国が滅びを迎えるのだった。


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